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子供の「さびしさ」に応える教育
以前観た日本映画を思い出したのですが、その中で中学一年くらいの女のもらい子をした夫婦の話で、夜中むつまじくやっていると翌朝女の子が不機嫌そうにその褥のことについて思わせぶりにいう。するとその親父が怒ってぶん殴るという場面がありました。これ観たときからひどいなぁと思ったんですが、結局女の子は「寂しさ」を問題にいていたんですよねえ。それを親が「こいつませた口利きやがって」とかぜんぜんその心に入っていかない。「お前も一人で寝たくないんだろ?」というようなちょっとディープな突込みがあってもよさそうなものです。 それは例としてですけども、こういうことが茶飯にあるのではなかろうかと。もちろん性的な問題だけでなく、なにか子供が抱えている「さびしさ」を素通りしてしまって、表面だけつくろうような教育接し方をしている親がどんなに多いことだろうと想像してしまうのです。かつて自分もそういう経験がなかったのでしょうか?
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その映画のそのシーンについては さびしさというより 性的なことに感ずいた女の子を おやじが叱った。ということでないでしょうか? 質問者さんの問いを素通りしてしまうかもしれませんが、そういった性隠蔽の野蛮教育はいかがなものかと思っていました。こいつませた口利きやがって とはなんと野蛮な!(笑 日本は、白昼堂々風俗にバンバンいくオトナで溢れてるのに、親の子供に対する性隠蔽は何ともおかしい。と思いませんか さびしさ に関しては大人も何かとさびしい時代なので いっぱいいっぱいですし しょうがないかなと思います。多分 大人の方がさびしいんじゃないかな。だったら子供が頼りにしてくれるわけないよね。。。
映画の話ですから何とも言い難いのですが、中1と言えば性交渉というものの存在を知る事で、なおかつそういうものに不潔感を感じる年頃です。映画の親子の日頃の関係が分かりませんが、単に親が不潔な(だとその子が思う)行為をしていた事に不機嫌になっただけで、寂しさというものはその場合関係ないと思います。 父親が怒ったのも、子供が夫婦の営みや性的な事情に口を挟んだからではないでしょうか。(映画の筋書きが寂しさを生み出すようなものならその映画では寂しさが原因かもしれませんが、一般化はできないと思います。) さて、親が子の寂しさに応えられるかどうかという問題については、自分が子供の時親からどう接せられたか、という事に大きく依ると思います。虐待等が無くても、子供の時親と余り触れ合わなかった人は親子の関係というものが分からず、子供とどう接して良いか分からない、という場合が多いそうです。ある女流棋士のエッセイにそのような事も書いてありました。 こういう親が多いかどうかは、個人の経験や想像ではなく、なるべく統計を取って判断した方が良いと思います。 あと余計なお世話だと思いますが、ANo.1は「補足要求」です。「補足への回答」なるものがあるでしょうから、それで答えないとお互いすれ違うだけです。
お礼
映画はよく覚えていませんが、しかし、もらい子の寂しさをテーマにしていたようです。この寂しさと嫌悪感疎外感が一体となったところに問題があるのではないかと感じました。3人というのはよくないんですよ。3人デートなんてないじゃないですか? 父親もそれに気づかずにいることでだいぶ終わってます。 私は、もし、自分がさびしい思いをして育ったならば、その反面教師性が生きるのではと思いますね。もしそうでなければ、つらい目にあった人はやさしさなんて身につかないじゃないでしょうか?
- cse_ri2
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難しいですね。 男子であれば、論語や孟子でも読ませて、 「自ら省みて縮(なお)くんば千万人といえども吾ゆかん」 という気概をつけさせるのですが、女の子となると…… まあ、基本としては、きちんと両親が子供の相手をしてあげて、夫婦の営みをするときには、添い寝でもしてあげながら早く寝付かせることでしょう。 私が小学生の低学年のときは、田舎と言うこともありましたが、夜の9時には消灯させられました。
お礼
早寝を強制されるのは、健康にはいいでしょうね。 結局子供に見せるものじゃないというのは、見られたくないし、見ると少なからず傷つく要素が多い。
- jamiru
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だからこそ、子供同士でたくさん遊んで子供同士で支えたって成長していくんじゃないでしょうかね。 今の社会、そんな子供たちが安全に遊べる場所がそんれほどあるとは思えませんが。
お礼
もちろんそうですね。ただ、すべての子供が孤独に陥らないとは限らず、不幸な境遇に陥ることもあるので、ケアをどうしたらよいかと。
- lemaylinda
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で、あなたは、親ですか? 子ですか?
お礼
ちゃんと質問に答えましょう。「人間」です。親とか子とかは子の場合関係ない。あえていえばどちらでもない。
お礼
まさにその通りでして、割合からすると、性隠蔽の非道さのほうが大きいのかもしれません。それがむしろかぎなのかもしれない。性をおおっぴらにできない、ましてや子供に自分の一番恥ずかしく核心的なところなど、微塵も感づかせてたまるか!という傲慢さに満ちている表現だったようです。 しかし、依然として寂しさに対するケアはお粗末ですね。性から寂しさを払拭していくのが本当に革新的かも知れないんですけどね(お前にも相手を探してやろうか?)という革新的な姿勢。