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学歴、就職先に自信がもてません。

先月の終わり、私はひと月ほどの新人研修を終えて自宅に戻るため 電車に乗っていました。 すぐに隣に乗り合わせたおばさんが、初対面なのにしきりに話しかけてきて、内容がずっとずっと自慢話で、辟易してしまいました。 私がスーツ姿なのを見て、ぜひ自慢話をしようと思ったのかもしれません。 彼女には大切な一人息子がいて、音楽に秀でていて 大学時代には世界的に有名な音楽家達と演奏をしたことが何度もあるそうです。 ご主人は博士号を取得しており、家族なんでも話し合えるすばらしい家庭だそうです。 息子さんは音楽と就職との道に悩みましたが、最難関の私立大学を理系で卒業し、超大手の広告代理店に技術者として就職されたそうです。 … この話が延々続き、途中で辛くなって、気分が悪くなったふりをして 一度電車から降りて逃げました。合宿所からの帰り道、本当に辛かったです。 私自身は規模はそこそこ大手、でもあまり有名ではない企業に就職しました。 そこに入りたかったわけではなく、そこしか内定をもらえなかったから入社しました。就浪する勇気が無く、無理に留年することで将来に響くことが怖かったので、堅実な人生を送ろうと割り切ったつもりでしたが、やはり会社のランクを考えると今でも落ち込むことがよくあります。 大学もそこそこ難関私立大学ですが、国立や最難関にはとても及びません。また、私には特に特技なんてありません。普通に、無難に生きてきただけです。 新人研修で友達はできましたし、それなりに楽しい日々を過ごしました。働いてゆくうちに会社のことをすきになるかもしれません。しかし、学歴や就職先のコンプレックスはますますひどくなるばかりです。 友人には高卒ですが素晴らしい性格の持ち主もいますし、突出した取り得をもつ子もいます。学歴、社会的地位がすべてではないのは頭では理解できています。「高卒ですが」という言い方すらおかしいのも理解できています。でも、どうしてか学歴や地位へのこだわりをぬぐいきれないのです。 このような経験をお持ちの方、ぜひご意見を聞かせてください。 差別的な質問で本当に申し訳ありません。

質問者が選んだベストアンサー

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  • cyaboe
  • ベストアンサー率32% (550/1698)
回答No.6

年齢を重ねていろいろな人を見ていると、幸せだけの人はいないことに気づかされます。 人はいろいろな悩みを抱えています。 子供が優秀であってもご主人が浮気をしている、ご主人は優しいけど嫁姑の仲は最悪、家庭円満だけど健康上の不安が大きい・・・想像できないほどおびただしい数の不幸があります。 あなたが出会ったおばさんはなぜ初対面の人に延々と自慢話をしたのでしょう。 おばさんはけっして幸せではないのですよ。 何も知らないあなたに自分の幸せの部分を見せて、自分が幸せだと再認識したいだけなのです。 本当は誰にも言えない大きな荷物を抱えているように思います。 自分の生活の中の幸せと不幸せを差し引きして、まあ幸せと言えるかな・・・と思える人であれば、初対面の人に自慢話はしませんよ。 他人の賞賛は必要ないから。 幸せそうに見える人でも何かを抱えています。 そのような人に振り回されることはないのですよ。 コンプレックスから抜け出す道は、与えられた環境の中で精一杯に生きていくことだと思っています。

その他の回答 (5)

  • cheche100
  • ベストアンサー率12% (75/611)
回答No.5

どれだけ苦悩しようが、過去に戻る事が出来るワケではありません。 これから先、色々と学歴や就職先でコンプレックスを感じる場面はあると思います。 それはどうしよもないです。 あなたに出来るのは、そのコンプレックスを無視するか、それを言わせないぐらい仕事が出来る人になることじゃないかな? それと、職歴はこれからいくらでもよくできますよ。 一生懸命努力して、もっと大手に入る事だって可能ですしね。

回答No.4

お気持ちはわかりますが、トピ主さんは最難関の大学に入学したり有名企業に入社した人より今までの人生で努力してきていますか? たまに大して努力しなくてもトピ主さんがうらやむような経歴を手に入れてきた人もいるでしょうが、大多数の人はそれに見合う努力を人生の中でしてきていると思いますよ。 人をうらやましがる前にその人たちがしてきた努力も自分が出来たか考えてみてください。そう考えれば自分の今の現状もある程度納得できるのではないでしょうか? そして、現状に満足できないのであれば今からでも努力することが重要なのではないでしょうか? 今お勤めされている会社は大手ではないかもしれませんが、今与えられた環境でもっと努力すれば、将来は自分の理想により近い人間になれるのではないでしょうか?

  • bekky1
  • ベストアンサー率31% (2252/7257)
回答No.3

お気持ちはわかります。 口では「高卒でもすばらしい人は居る」とかは思っても、 できれば、大卒の学歴はほしい。 で、一流であればなおいい・・・と。 >学歴や就職先のコンプレックスはますますひどくなる。 コレの行き着く先は何でしょう? セレクトされて、一番の大学に入って、一番になって・・・ 確かに一番ではあるが、それは、100mの競争で1番であることが 人生で必ずしも1番である(どういう意味かはわかりませんが)ことではないように 受験というシステムで一番になったという『事実』でしかない。 ですので、そのシステムでの『1番』であることは素直に、すばらしいことだと認めてしまったらよろしいのでは。 一番は一番です。 いやー、東大、すごい、一流企業すごい・・・それだけ。 それだけの、事実です。 それがすべてを『物語る』ほど物事は簡単ではない。 東大に入れば、1番から100番まで居るし、 一流企業に入って、やはり、競争はある。 甲子園での野球の試合を見ても、どこにも負けないで、最後まで残るのは1校。 来年はわからない。 人生はコレをずーっと甲子園やってると思うと、誰も「常勝」できるほど甘くはない。 >どうしてか学歴や地位へのこだわりをぬぐいきれないのです。 「学歴・地位」がオールマリティだと考えるから、落ち込む。 どんな人にも、等しく24時間。 一番になる人はそれなりに精進もしているしそのために時間を費やしている。 甲子園も、東大も、一流企業も。 100mで一番の人は、重量挙げでは1番にはなれないのと同様に、 どれもいっぺんに一番にはなれない。 その代償として、何かを得る。 24時間という「お金?」を使って何を手に入れるか。 無償で「学歴・地位」を得られる人はまずいない。 あなたのうらやましいのは何? そこそこの努力で、そこそこの幸せと、給与と、待遇。 そして、そこそこの自由時間と裁量権というのも捨てたものでもないと思いますよ。 努力で一番になって、一番を死守するために切磋琢磨する毎日。 それの過程を楽しめれば、それで24時間の価値はあるが、そういう 一番で羨望されて、何が残るかな?

noname#187738
noname#187738
回答No.2

学歴や、社会的知名度に劣等感を抱く人は少なくありません。むしろ多数でしょう。いつの時代でも、一部の有能者とその他です。 有能者とは、自分のやってきたこと、今やっていることに自信を持てる人たちです。その人たちにとって、学歴や社会的地位は意味のないものだからです。 ちなみに、有能者ほど、もともとは劣等感の塊である場合も多いです。 生れながらにしてエリート(こういった言葉はあまり好きではありませんが・・)は存在します。ニュースになるくらいですから。逆に言えば、それだけ稀な存在であり、圧倒的大多数は平凡な庶民です。 100人いたとして、真剣にテストを受けました。 結果、1位と100位の人は、稀な存在であり、非凡な才能の持ち主です。2位~99位は、どこにでもいる平凡な才能の持ち主です。 平凡な才能に恵まれたことに自信を持つべきです。 このまま平凡に生きていれば、体調を崩したり、体力も落ちて行くでしょう。健康に生きられるすばらしさをそのうち思い知らされるでしょう。 応援してます。がんばって下さい。

  • gyamboi
  • ベストアンサー率11% (70/585)
回答No.1

気にしないことしか解決策なんてないですよ。 難関私立大出てるといっても国立出から見たらああ勉強できなかったんだ という感じですし、大手企業に就職してる人も、独立して成功している人 からしたらただのサラリーマン。そして、独立して成功している人には 中卒の人だって沢山います。 今の職場で自信につながる結果を残すことに、まずは集中するべきですね。

noname#37203
質問者

お礼

すぐに回答を戴けて嬉しいです。 考えすぎて、眠れなくなっていたので励みになりました。 自分の視野のせまさを改善しない限り、一生この問題は自分について回るのだと実感します。ううむ…。

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