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学歴コンプレックスとの付き合い

こんばんは 私立大学4年男です。 1浪しましたが、旧帝大に落ちて私立に通っております。 タイトル通りなんですが、これからの人生学歴コンプレックスとどう付き合っていくかということです。 大きく分けて、二つの質問相談があります。 まず、一つ目は友人から色々言われるということです。 私が通っている大学が私立ということもあり、指定校推薦や私立専願などたくさんの受験形式で受かった友人がいます。 私は塾講師のアルバイトをしていますが、その話題だと「お前も俺もたいしたことないよな」とか「お前の教えとる生徒が国立大志望だったら言うこと聞くか?」とか「中学受験組はオレやお前よりも賢いよなあ」とかそういう話になります。で、そこから発展して、「オレも数学やってたら○○大受かったかな」とか「現役では無理でも1浪したら受かるだろう」とかそういう話になります。 そういった話をする友人は数学さっぱりわからない私立専願の子です。 かたや私は5教科7科目センターで受けて、2次も英数国と受けてきました。 そういったこともあり、私は私立専願の友達に大したことないとか言われるのが正直嫌です。 確かに国立に落ちて、彼と同じ大学にいるということで学力で同格に評価されるのは仕方ないですが、国立を受けてもいない人間に国立は簡単だとか知りもしないことを言われるのはイラっとします。 これも器が小さいと言われればそれまでですけど。 で、二つ目、こっちのほうが本丸です。 私自身、学歴コンプレックスを持っていても何の得にもならないことはわかっていますが、それを捨てられず困っています。 実際のところ、私は幸いにも就職は決まりました。 そこは超大手ではありませんが、そこそこいいところで、私が落ちた国立の友人も受けましたが、落ちた人もいます。 ただ、やはり学歴コンプレックスは消えません。勿論、普通に生活していても、日々感じることはなにもありません。ただ、前述の友人と話していたり、あるいは他大学の友達と話していたり、高校の同級生と話しているときに少し感じます。 結果、就職や資格で挽回しても、消えないと言うことがわかりました。仕事とかスポーツ、恋愛とかとは分けて考える問題であるということです。 勿論、学歴や偏差値で飯が食えるわけではありません。仕事に必要とされるスキルは学力とは全く別でその何倍も重要なものだと言うことは理解しています。 だから学歴コンプレックスがあろうが無かろうが、自分の生活のために重要な仕事に力点を置いていくことは明らかなことです。 しかし、このままだと企業で例え営業成績がトップでも、学歴コンプレックスを持ち続けることだろうと思います。 私の中で、学歴コンプレックスは学歴でしか解決できない問題だと結論付けました。そして、これからまた大学へ行くことはないので、これは死ぬまで自分が付き合っていく問題だと同時に結論付けました。 実際、学歴コンプレックスを持っている人もいるとは思いますが、社会に出たら何か変わるんでしょうか? 仕事が忙しくなるとそんなこと気にならなくなるとも思いますが、ふと思い出したりするものなんでしょうか? 高校の同窓会なんかにいくと、どうしても意識してしまうような気がしますがどうでしょう? (実際、高校の頃、成績がすごく良くて、東大、京大、一橋、慶應にいった友人たちはだいたい外資系銀行、財閥系の商社、大手インフラ企業とかに就職が決まってますし^^;) どんな感じでしょう?経験談が聞きたいと思います。 お願いします。

みんなの回答

回答No.4

良い大学に行く意味は、およそ2通りだと思います。 1つは、自分のやりたいことをやるために、学歴が必要な場合。 これは、この質問には当てはまらないと思います。 もう1つは、より確実にお金を稼ぎたい場合。 社会的な立場から見ると、学歴が高い人より、収入が高い人の方が、立場は上です。 当然ながら、良い大学を出ている方が、職業の選択肢も広がり、従って高い収入を得る手段も広がる。 ですが、広がるってだけで、高い収入への道は学歴が全てでは無い。 東大を出てニートやフリーターをしている人より、中卒でも高収入の人の方が、立場は上。 学歴がコンプレックスなら、高学歴の人間を見下せる収入を得ればいいと思います。

回答No.3

約30年前ではありますが受験に失敗した者です。 まず質問者様が目下学歴コンプレックスが強い最大の要因は、まだ学校しか知らないからなんですよ、きっと。人生を過ごした時間の中で学生時代の時間割合はこれからどんどん減っていきますから視点は絶対に変化します。 それと、たしかに世は学歴社会ではありますし学歴は一生ついてきます。 しかし学歴は無くても一芸に秀でた人とかスキルが高い人、元々頭が良いのに何かの因果で学業を疎かにしたために学歴がたいしたことない人、さらには中高年限定かもしれませんが賢いのに家庭の事情で大学へ行けなかった人とかも大勢居るでしょ? そうした人たちにはユニークな人が多いです。 スポーツ(同僚とのゴルフや社内サークル以外)かアート系の趣味を持つとユニークな人と多く知り合えますからおススメです。それに会社の人間以外と付き合うのも視野が広がっていいです。 なお私の例で恐縮ですが出世コースから離れた実務畑ですから、工業高校などを出て現業一筋で来た人達などと一緒に仕事してます、たしかに無教養な人も居ますが感心するような職人技を持つ人も居ます(職人技を持つ人もまたユニークな人が多いです)。逆に本社では某旧帝出身が幅をきかせてますが頓珍漢も多いです。尻拭いをするのは私ら。学歴偏重企業の先が見えた感じがします。 そして独断で申し訳ありませんが、コンプレックスと優越感は同一人格に宿るのではないでしょうか? ですので、もし仮に私が受験に失敗していなかったなら、低学歴の人に対しては上から目線で接するようなイヤな男になっていた可能性も高いです。 その一方で、仮に旧帝に受かっていてもT大・K大などにはどこかにコンプレックスを持ち続ける。 なので、きっと神様が「もう少しましな人間になれ」と不合格にしてくれたのだと思っています。 質問者様は私のようなひねくれ者では無いと思いますが、気持ちの持ち方の一例として。 なお、正直言うと質問者様は何十年たっても心のどこかにはコンプレックスが残っているかも知れません。正直言うと私もそうなのです。しかし人生の豊かさや幸福感は学歴とは別次元である例が多々ありますから、そうした現実を知れば知るほど気持ちは穏やかになりますよ。 そうなるキッカケは何度も言いますが、ユニークな人との出会いですね。

  • tourisuga
  • ベストアンサー率24% (62/255)
回答No.2

境遇としてはあまり良くはないですね(笑) 私の思う頭の良さとは論理的思考力や理解の早さだと思っています。 学力と相関はあるが、例外的な人も一定割合はいると思われます。 学問自体に興味がなかったり、努力する能力が欠如した人など。 あなたが頭の良い人と仮定すると同じ大学の同級生は物足りないでしょう。 同時に、難関校に進学した友人からは下に見られることもあり歯がゆい思いをすることもあるでしょう。 結局、相手があることですからね。 あなたが、いまさら何かをしたら変化することだとも考えにくいです。 ちなみに日々の仕事の中では気になりません。 実際の仕事の能力が高ければ学歴が売りの人間をいくらでも押さえつけれます。 (もっとも大企業だと学歴がないとチャンス自体がもらえないこともあるとは思います) でも、同窓会とかだと自分が会社内でどんな仕事をこなしているかなんて伝わらないですからねぇ。 一発逆転するのであれば独立起業して成功することぐらいでしょうかね。

  • histrie22
  • ベストアンサー率26% (84/323)
回答No.1

「学閥」とかがある会社ならともかく、普通の会社に入れば気にならなくなります。 「同窓会」に行くと思い出し、少し意識してしまうかもしれませんが、 結局は「その時の生活・経済状況」が重要になります。 今は「学生」の知り合いと「学歴」くらいしか比較する要素がないので仕方がないと思います。 会社で「営業成績がヒドい、でも高学歴」なんて何の評価にも自慢にもなりません。失笑ものです。 「あいつ東大出て良いとこ就職したけど、独身のままだし、ハゲてきたなぁ・・・」とか今後は色々ありますよ。

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