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SMMでマリアがどうしてロマの信仰の対象になったのでしょうか?
ローヌ河口のデルタ地帯カマルグ地方の西端に位置する都市、Saintes-Maries-de-la-Mer で、3人のマリアが祭られているという。そしてその修道院のひとつは、ロマ(旧称ジプシー)の信仰の対象となっているという。驚くべきことに、祭られているマリア像は黒人のそれだ。 どういった経緯でロマの信仰の対象になったのでしょうか?
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1番の方の回答を見まして、思った事です。 ヨーロッパ各地に、「褐色のマリア」信仰が存在します。 その元になったのは、エジプトの大地母神であるイシスと言われています。 ローマ時代に、ローマ帝国内いで、エジプトのイシスを幅広くあがめられたそうです。 キリスト教が入ってくると、聖母マリアと重ねあわされ、「褐色のマリア」として、各地で信仰の対象となります。 その最大のものが、メキシコのグアダルーペ寺院の褐色のマリア「グアダルーペ」です。 このグアダルーペの元になったのが、スペインのエストゥレマドーラ地方のグアダルーペ村にある褐色のマリアです。 メキシコでは、白人支配に対するコンプレックスを吹き払うために、褐色のマリアは、積極的に信仰されました。 それと同じ事が、ロマにも有ったと思われます。 ロマ人は、インドが発祥とされ、エジプト経由でヨーロッパに入ったと言われています。 そのため、肌の色が、ヨーロッパ人よりも褐色であったため、この褐色の聖人を信仰の対象とするようになったと思われます。
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はじめまして。 調べてみましたが、確かにサン・マリード・ラ・メールには 3人のマリアとその召使いがこの町へ船で流れ着いたそうですが、 三人のマリアとも白人のようですよ。 お話されている「黒人」とは、三人のマリアのうち、 マリア・サロメと、マリア・ヤコベに従った、 召使いのサラではないでしょうか。 この召使いのサラは黒サラと呼ばれ、褐色の肌をもち、 そのためにエジプト系黒人、ないしインド系の人間ではないかとされ、 そこからロマの守護聖人にされているそうです。