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日本で麻薬、と言えば?

中国では清王朝(確か・・。)時代に阿片が蔓延していました。 でも日本では阿片がそれほど問題にされたと言うことは聞きません。(今は麻薬などが問題ですけど) 日本では歴史上、麻薬のようなものはそれほど流行らなかったのでしょうか。

質問者が選んだベストアンサー

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  • hiroki0527
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回答No.3

No2です。 現在も麻薬等の大流行期ですよ。 芸能人等の逮捕がよく流れていますが、逮捕者で増えているのは女性です。 主婦等にだんだん浸透しており、最近では中高校生にも浸透しつつあるそうです。(麻薬取締官の回想録等によるとだけど) http://www.nco.go.jp/regular/prevent.html 麻薬とは言わず「エス」「やせ薬」「疲れ取り」等で浸透していっています。

その他の回答 (5)

  • gametan
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回答No.6

終戦直後、横浜のある地域でヒロポンが大流行しました。 昼間からヒロポンを打ったりしていて、治外法権みたいな地域がありました。 今は、主婦と未成年によるスピードやハッシュ(大麻)が、不法外国人により簡単に入手する事が出来ます。 昔と違って、今は見た目が普通の人が行うのです。 やり方も今は、あぶる方法が主流なので悪いと言う意識が全然ないのです。

  • kodon
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回答No.5

昭和15年頃だと思いますが私が小学生の時、隣のお屋敷の小父さんが裏庭でケシを栽培していました、綺麗な花がさいていたのをおぼえています。蕾か実かしりませんが剃刀で傷をつけると白い汁が出てきた記憶があります、当時ケシ栽培が禁止されていなかったのか、べつに隠れて栽培しているわけでなく、その裏庭には近所の子供達がよく遊んでいました。観賞用に栽培していたのかケシ汁が麻薬になることはその小父さんから聞いたようですが麻薬の需要はなかったのかもしれません。

  • sosdada
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回答No.4

社会問題として取り上げられなかっただけでして、満州は一大アヘン生産地でした。「狭い日本にゃ住み飽きた」とうそぶいて大陸に渡った大正時代の「大陸浪人」などはたいていこれ目当てでした。横溝「犬神家の一族」の犬神製薬のモデルはアヘンで儲けた大日本製薬です。覚せい剤は特攻兵に支給されてました。沖縄戦で日本兵が泣く赤ちゃんを「アメリカのスパイだ」と殺したのもシャブ中のなせる業です。戦後、アヘン供給ルートは蒋介石が押さえました。軍資金調達のため。これがインドシナ戦争時にベトナムへ流れ込み、多数のアメリカ人をヘロ中にしまして、旧満州での生産ができなくなると援蒋ルート沿いの「ゴールデントライアングル」で栽培が始まりました。

  • hiroki0527
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回答No.2

No1の方が書いている薬が終戦後大流行しております。

  • hajike
  • ベストアンサー率34% (15/43)
回答No.1

ヒント:Googleで「ヒロポン」