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「戦没者」の定義

小泉首相は靖国神社参拝について「戦没者に哀悼の誠をささげ、二度と戦争を起こしてはならないとの決意のあらわれとして参拝する」と繰り返し述べています。 この言葉を聞くたびに不思議に思うことがあります。 戦没者の「戦没」とは広辞苑によると「戦死、戦傷死、戦病死の総称」とあり、さらに「戦死」とは「戦争で死ぬこと」とあります。 そうしますと、「戦没者」は戦争で亡くなったすべての人のことであるということになり、長崎や広島、そして各地の大空襲で亡くなった方も戦没者と言うことになります。ですから、8月15日に東京武道館で行われる「全国戦没者追悼式」は言葉の定義通りでなんら問題もなく、外国からも何の抗議の声も上がりません。 ところが、靖国神社はご存じの通り、軍人軍属の方を祀った神社です。(魚雷で沈没した船に乗っていたごく限られた民間人も少数祀られているという話も聞きますが)。この神社の参拝を、あたかも戦死者すべてに哀悼の誠を捧げているかのように表現するので、問題がこんがらかるのではないかと思います。 むしろ、はっきりと「戦争で亡くなった軍人軍属に哀悼の誠を捧げる」と言った方が国民にわかりやすのではないかと思います。 このように書くと、靖国参拝の是非を問う意見表明のように思われ、「教えて!」のコナーにふさわしくないのではと言われそうなので、整理します。 1)戦没者とは、どの範囲までを言うのか、定義がありましたら教えてください。例えば靖国神社側の定義など。 2)靖国神社に祀られている方が、限られた方であるのであれば、むしろはっきりと、そのような呼称で、そのような方に哀悼の誠を捧げるといった方がいいと思いますが、あえて戦没者と言うあいまいな言葉を使うのには、いま適当な言葉がないからか、あるいはなにか理由があるからなのでしょうか?

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  • buchi-dog
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回答No.4

戦没者追悼式典での「戦没者」は「戦死者+民間戦争死者=戦争犠牲者」と言う概念です。 一般には、 戦没者=軍人軍属の戦死者=英霊=靖国神社の合祀者 と言う認識であると思います。「戦没者追悼式典」での用法はやや特殊であると思います。 第二次大戦以前の戦争では、軍に属さない民間人が大量に死ぬことはあまりありませんでした。莫大な人的損害が出た第一次大戦でも、犠牲者のほとんどは軍に属する戦闘員であり、民間人の犠牲者はあまり存在しません。 靖国神社も、そうした「第二次大戦より前の戦争」を前提に運営されていました。靖国神社のHPによると、靖国神社は「外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた人達を祀ることになった神社」です。 http://www.yasukuni.or.jp/annai/index.html 現状では、軍人・軍属(日赤の従軍看護婦、ひめゆり部隊員など)で、戦死・公務死した人が合祀されています。大東亜戦争で100万人程度発生した民間の戦争犠牲者は合祀されていません。 ちなみに、東條英機元首相が、東京裁判の結果として処刑される前に、公表されることを意識して書いた「遺書」が残されています。 その中に 「我々の処刑をもって一段落として、戦死傷者、戦災死者の霊は遺族の申し出あらば、これを靖国神社に合祀されたし」 というくだりがあります。東條氏は、大東亜戦争で大量の民間戦争犠牲者が出たことを重く受け止め、靖国神社の合祀範囲を拡大するべきと考えていたわけです。私も、それが妥当だと思います。 残念ながら、東條氏の遺書は靖国神社とその関係者には伝わらなかったようで、戦前の合祀基準がそのままになっています。 実務的には、政府に詳しいデータがあった軍人軍属の戦死者は合祀が容易だが、民間戦争犠牲者を政府が把握するのが困難であるということもあります。特にソ連占領地域では、ソ連参戦後の地獄の様相の中で家族が全滅し、消息が誰にも分からなくなった例も多いでしょうから。

micky_january
質問者

お礼

大変ご丁寧な回答ありがとうございます。 説得力のあるバランスのとれたご説明に隠れた逸話も初めて知り、大変勉強になりました。

その他の回答 (6)

回答No.7

2)について。 小泉さんが「不戦の誓い」といったり村山談話を繰り返しつつ参拝するのは、本来的な靖国神社の趣旨を考えると矛盾があるかもしれませんが、 本人としては内外の批判を回避するためにバランスをとっているのでしょう。 この点小林よしのりさんなどは批判しております。 また靖国神社の趣旨が変化してきたというか人々の捉え方がかわってきたというのも問題を複雑化させているのではないかと思います。

micky_january
質問者

お礼

ありがとうございます。2)については、バランスをとっているという意図が働いているのではという推定はあたっているかもしれませんね。 政治家としては当然のことかもしれませんが・・。

noname#22689
noname#22689
回答No.6

小泉さんに限りませんが、(右翼と言う意味では無く)右思想の人は、国を守る為の戦争で亡なった方達は総て英霊だと思って居るのだと思います。(一般国民の戦争犠牲者は、戦いで死んだ訳では無いので当然英霊では無い) 第二次世界大戦(大東亜戦争)では本土でも外地でも、多くの一般国民の死者が出ています。長崎、広島に限らず、東京大空襲などでも。又敗戦に依り外地に在住して居た邦人も本国(日本国内)に引き揚げる前、或いは途中で無くなった方達も多数居ます。 --------- 本位ならば、こうした戦争犠牲者をひっくるめて、慰霊祭を国も国民もこぞって行うべきだと感じますが、戦没者、と言う言葉には特別な意味が有ります。 戦没者、家族には長年に渡って、お金が渡されて居ます。今年の戦没者慰霊祭には、とうとう、戦没者の両親の出席者は居なかった(歳を取って両親は皆んな亡くなって居るので)併し、戦没者家族への年金は今もって支出されて居ます。←誰が受け取って居るかと言うと、戦没者家族(家)←を継承する長男が存在する限り、未来永劫にお金が渡されるのです。←今現在ですと、戦没者の孫や曾孫でも、長男で有れば毎年お金が貰えるのです。←何故そんなにお金をあげたがるのかと言うと、与党への選挙母体(戦没者の家族=選挙の票)だからに他成りません。若し遺族年金の支出を廃止すると政府が言い出したら、遺族会は与党に投票しなく成るでしょう。 -------- 与党の票田は、嘗ては、お百姓さん・戦没者家族・と数万の宗教団体(創価学会では有りません)と高額所得者←この中でも戦没者家族の票は今でも見逃せ無い存在なので、遺族年金の支出と、体裁としての靖国神社への参拝で、票を繋ぎ留めて置きたいのだと思います。

micky_january
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 なるほど、戦没者とう言葉の陰に、このような事実もあるのだと知らされ、また一つ視野が広がりました。ありがとうございます。

  • Diogenesis
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回答No.5

#3です。 気になって少し調べてみました。 大戦中の空襲などの戦災による死亡者は 法令用語では「一般戦災死没者」と呼ばれています。 総務省設置法 第四条 九十一 一般戦災死没者(今次の大戦による本邦における空襲その他の災害のため死亡した者をいう。)に対して追悼の意を表す事務に関すること(厚生労働省の所掌に属するものを除く。)。 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H11/H11HO091.html 法令用語としての「戦没者」は軍人・軍属とそれに準ずる者だけを指すようです。 たとえば「戦傷病者戦没者遺族等援護法」。 この法律に「戦没者」の定義は見当たりませんが, 対象が軍人・軍属であることは明らかで,その詳細な定義がなされています。 戦傷病者戦没者遺族等援護法 第一条 この法律は、軍人軍属等であつた者の公務上の傷病に関し、国家補償の精神に基づき、特に療養の給付等の援護を行なうことを目的とする。 第二条 この法律において、「軍人軍属」とは、左に掲げる者をいう。 一  恩給法 の一部を改正する法律(昭和二十一年法律第三十一号)による改正前の恩給法 (大正十二年法律第四十八号)(以下「改正前の恩給法 」という。)第十九条 に規定する軍人、準軍人その他もとの陸軍又は海軍部内の公務員又は公務員に準ずべき者(戦時又は事変に際し臨時特設の部局又は陸海軍の部隊に配属せしめたる文官補闕の件(明治三十八年勅令第四十三号)に規定する文官を含む。以下「軍人」という。) 二  もとの陸軍又は海軍部内の有給の嘱託員、雇員、よう人、工員又は鉱員(死亡した後において、死亡の際にそ及してこれらの身分を取得した者及び第三項第六号に掲げる者を除く。) 三  旧国家総動員法(昭和十三年法律第五十五号)(旧関東州国家総動員令((昭和十四年勅令第六百九号))を含む。)に基いて設立された船舶運営会の運航する船舶の乗組船員 四  もとの陸軍又は海軍の指揮監督のもとに前三号に掲げる者の業務と同様の業務にもつぱら従事中の南満洲鉄道株式会社(南満洲鉄道株式会社に関する件(明治三十九年勅令第百四十二号)に基づいて設立された会社をいう。)の職員及び政令で定めるこれに準ずる者 (以下略) http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S27/S27HO127.html 厚生省引揚援護局(当時)が作った「戦傷病者戦没者遺族等援護法」と「恩給法」の適用対象者名簿が 1956年から1976年まで靖国神社の合祀者選定の根拠となっていたようです。

micky_january
質問者

お礼

再度のご丁寧な回答、ありがとうございました。 「戦没者」というたった一語に対して、アカデミックな解釈、靖国、総務省、厚生労働省の解釈など幅広い定義と解釈をみなさんから教えていただき、大変勉強になりました。

  • Diogenesis
  • ベストアンサー率49% (859/1722)
回答No.3

結論には同意できる点がありますが,引用が不正確です。 手元の広辞苑第五版では次のようになっています。 せん‐し【戦死】 戦闘で死ぬこと。うちじに。 せん‐ぼつ【戦没・戦歿】 戦場で死ぬこと。戦死・戦傷死および戦病死の総称。「―者」 [広辞苑第五版] ちなみに第四版でもまったく同じ記述です。

micky_january
質問者

補足

お礼をかねて、補足させていただきます。 No1さんにも補足させていただいたのですが、私の使っている広辞苑が、あまりにも古いものだっだので、このようなことになったようです(恥ずかしい!)。 詳しくは、NO1さんへの補足をご覧下さい。 新しい版に買い換えなくてはいけませんね。ありがとうございました。

noname#15025
noname#15025
回答No.2

靖国神社の定義は以下の通りとなっているそうです (ウィキペアによる) 1. 軍人・軍属 * 戦地、事変地、および終戦後の各外地に於いて、戦死、戦傷死、戦病死した者。 * 戦地、事変地、および終戦後の各外地に於いて、公務に基因して受傷罹病し、内地に帰還療養中に受傷罹病が原因により死亡した者。 * 満州事変以降、内地勤務中公務のため、受傷罹病し、受傷罹病が原因で死亡した者。 * サンフランシスコ講和条約第11条により死亡した者(戦争裁判受刑者のことで、政府では「法務死者」、靖国神社では「昭和殉難者」という。ABC級に関わらず死刑になった者)。 * 「未帰還者に関する特別措置法」による戦時死亡宣告により、公務上、負傷や疾病にかかり、それが原因で死亡したとみなされた者。 1. 準軍属およびその他 * 軍の要請に基づいて戦闘に参加し、当該戦闘に基づく負傷または疾病により死亡した者。(満州開拓団員・満州開拓青年義勇隊員・沖縄県一般邦人・南方および満州開発要員・洋上魚漁監視員) * 特別未帰還者の死没者。(ソビエト連邦・樺太・満州・中国に抑留中、死亡した者・戦時死亡宣告により死亡とみなされた者) * 国家総動員法に基づく徴用または協力者中の死没者。(学徒・徴用工・女子挺身隊員・報国隊員・日本赤十字社救護看護婦) * 船舶運営会の運航する船舶の乗務員で死亡した者。 * 国民義勇隊員で、その業務に従事中に死亡した者。(学域組織隊・地域組織隊・職域組織隊) * 旧防空法により防空従事中の警防団員。 * 交換船沈没により死亡した乗員。(つまり、「阿波丸事件」のことを指す。) * 沖縄の疎開学童死没者。(つまり、「対馬丸」のことを指す。) * 外務省等職員。(関東局職員・朝鮮総督府職員・台湾総督府職員・樺太庁職員。) ------------------------------------------------------ これから見るとそれなりに民間人が入っていると思われますので「ごく限られた民間人」と言うのは言い過ぎじゃないかと思います。 もっとも「民間人」の定義をどうするか次第ですけど。

micky_january
質問者

お礼

ありがとうございました。 靖国神社側の定義がよくわかりました。 これによって、合祀の基準を定めているわけですね。 普通は、あまりここまでは考えないので、勉強になりました。

回答No.1

本当に広辞苑にそう書いてあるとしたら、広辞苑は一般とは異なる定義を採用していることになると思います 一般には、『戦死』とは『戦闘員が戦闘で死ぬこと』であり、『戦没』が『戦争で死ぬこと』です 靖国神社側は『外国との戦争で日本の国を守るために、斃れた人達を祀る』としていますので、『戦死者』より広く、『戦没者』よりは狭い範囲を対象にしていることになりますが、一語で表せる適当な言葉となると見当たりません 強いて言えば、やはり『英霊』といったあたりになるでしょうか

micky_january
質問者

補足

お礼をかねて補足させていただきます。NO3さんも指摘されているのですが、私の引用が古いということが、今回の質問とみなさんの回答からわかりました。 私の使っている「広辞苑」は叔父が使っていたものを譲り受けたのもので、1965年に発行されたものです。 そこには、明らかに「戦死」とは「戦争で死ぬこと」とあります(1224ページ)。(それで、あのような私の質問になったのです)。その後、このコーナーと同じように、「戦死とはなんぞや」という議論が岩波書店のなかであったのではないかとおもいます。 そして、「戦闘で死ぬこと」という厳密な意味での定義になったものと思います。最新版の広辞苑を見ていれば、私の質問はなかったかもしれませんね。ありがとうございました。

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