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もの自体としての月の住人
{もの自体としての月の住人は創造的虚無である}、という表現は正しいでしょうか?
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noname#15238
回答No.1
また、また、難問ですか。 >{もの自体としての月の住人は創造的虚無である} 単純に考えれば、正しいでしょうね。 ところで、いつも素直に答えていては、「バカ」見たいです、 実は「バカ」ですが(汗。 「もの自体としての『価値』は創造的虚無である」 こう書き換えると、少々厄介になりますね。 話は飛びます、無関係のようですが、私的には関係します。 遺伝子の情報は、ある意味では記憶です、しかし、 私たちは、その記憶を、見ることも、聞くことも、感じる事もできません。 しかし、私の個々の細胞は、正確に、遺伝子の記憶を聞き取ります。 物理学上の「階層性」?この辺りに、「もの自体」と「現象」の間の 広い闇が横たわっているのでは、などと、バカな事を考えています。
お礼
どうもありがとうございます。 質問の意図をご理解いただきありがとうございます。 我々の思惟の限界性の認識が重要であろうということです。 「バカな事を考えています。」的自覚があるからこそ月の住人が火星の住人に、火星の住人が金星の住人に,といった想像による無限の変容が可能となるわけですね。 思惟のうちにあるものが月の住人や火星の住人であれば危険性が無いわけですが。
補足
どうもありがとうございます。 {もの自体としての神や不滅の霊魂の理論的認識の不可能性}や{その想像力の非現実性}を省みることの無い哲学カテゴリーの投稿にいささか辟易しているところがあります。 お礼文は後ほどさせていただきます。