西洋ではキリスト教の教会の発生当時から、葬式に限らず教会や修道院の日々のお勤めの唄というのがありました。未明からはじまって、日の出、朝、昼、夕方などなど一日7回ぐらい、それぞれお勤めの種類によって違うフレーズをちょうどお経を読むように唱えていたそうです。おれに加えてミサのような特別儀式の時もいろいろなフレーズを式の進行にあわせて唱えていた、という土台がありました。7世紀ごろにこれがグレゴリオ聖歌としてまとまってきました。この頃はまだ使う音の数も4つか5つぐらい、わらべうたのような節まわしだったようです。リズムも単調でした。10世紀ごろからその節の最後を高い音と低い音の和音に分けてうたうようになり、そこから「和声」や「和音」といったほかの文化ではあまりみられなかった方向に音楽が発展しました。これが西洋音楽が構成のしっかりした音楽文化へと発達した一番の要素だといわれます。
教会文化は宗教儀式と密接に結びついていましたので(カトリックのことです)儀式のための音楽というのが専門家によって作曲されるようになり、特別の聖歌隊や楽団や演奏者が養成されることになりました。
いってみれば祭事や儀式ごとの目的別のお経が歌となって発展していったようなものですね。仏教では唱えるお経は宗派によってだいたいいくつかきまっていて、念仏として単調に唱和していくことになります。そして明確な音程や和声をもった音楽としては発展しなかったというところでしょう。
また、長唄や地歌のようなものは、おめでたいこと、お祭り、余興といった場で歌われて「祝、楽」の要素があり、労働歌(田植え歌や子守唄)なども「発散」の要素から発生しているので、死者のための宗教儀式にはとりいれられなかった、というところでしょう。ミサを行なうのはカトリックかルター派などの一部のプロテスタントで、一般の人がなくなった場合、たいていは小さな教会や葬儀場でわりと静かにお葬式がとりおこなわれます。国や場所にもよりますが、結婚式のようにみんなで賛美歌を歌う、というのもあまりなかったり。身内や友人に悲しいときは盛大な歌なんか歌えないですものね。