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日本とドイツの戦後政策の違い
竹島問題が契機となって日韓の間で過去の問題が再燃していますが、戦後60年を経過しようとしている現在にいたってもなぜ解決には至らないのでしょうか? ドイツの新聞に対し韓国の大統領が日本とドイツの戦後処理は違うというようなことを述べていたのですが、実際にはどのような違いがあるのでしょうか? 個人的には、フランスとドイツとはともにEUの指導的立場であり、関係も良好だと思うのですが、オランダやポーランドではまだ感情面でドイツを快く思っていない人も多いと思うのですが。
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お答えします。 「戦後60年を経過しようとしている現在にいたってもなぜ解決には至らないのでしょうか?」 それは一言で言うと、日本が敗戦で弱腰だったからですよ。特に中・韓に対して。いや非常識な国、北朝鮮に対しても、弱腰でした。だから、いまだに「横田めぐみ」さんをはじめとする多くの日本人同胞が還って来られないのです。完全に舐められ、あなどられているのです。わが日本国が馬鹿にされているのですよ。 戦後の早い時期に日本が国家の主体性を回復していれば、こんな領土問題や拉致事件などといった国の根幹にかかわる重大な事件など起り得なかったはずです。 以上が私の意見でした。 日本とドイツの戦後処理の違いは、日本はフィリピン・ミャンマー・タイ・韓国などに国家賠償をしています。一方ドイツは個人補償をしています。これが大きな違いです。 当然ですが、日本国政府・町村信孝外務大臣は日韓の賠償問題は1965年の日韓基本条約で既に「解決済み」との立場を取っています。当然です。もしこれが破られるならば今後韓国との条約・協定などの締結は極力回避する事になるでしょう。一旦結ばれた国際条約を反故にしようというのですからね。
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- bigskull
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>オランダやポーランドではまだ感情面でドイツを快く思っていない人も多いと思うのですが。 他にもユダヤ系の人たちにも、未だに快く思わない人がいます。 先日ホロコーストの記念行事で、シュレーダー首相がイスラエルの国会でドイツ語で演説したところ、議場からブーイングが沸き起こったそうです。 国家賠償か個人賠償かという事のほかにも、 どれだけ言論の自由を制限してきたかという事もあります。 日本は「国体」を維持する代わりに戦争を放棄しましたが(もっとも、必死になって守ろうとした「国体」は本来の意味での国体では無かったわけですがhttp://nippon.zaidan.info/seikabutsu/2003/01291/contents/208.htm)、 ドイツは戦争を放棄しない代わりに部分的に言論の自由を放棄しました。 つまり、過去の問題をどれだけタブー視してきたか、過去の問題をどのように位置付けているのかという違いです。 精神論を重視したか、或いは実利実益の方を優先したかという違いでもあると思います。
お礼
回答ありがとうございます。国と国とで解決しても国民感情というものは、難しいようですね。日本の場合は現代の対立と結びついているのでさらに、困難な状況に陥っているようです。この点他の方も指摘いただいたように、戦後日本の外交政策の是非につながるのでしょう。 今回皆さんの意見を聞いて、私の知識が深まりました。この場を借りて改めて御礼を述べたいと思います。
- modoki666
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中国や韓国は、日本の敗戦まで、自国の出発点までの歴史は非常に詳しく教育されていますが、戦後日本と結んだ基本条約や当時の責任者の認識等は、あまり詳しくというか、隠している部分が多いので、戦後の日本との、歴史認識は、一般レベルではないに等しいと思います。 例えば、竹島問題では、戦後の日本と連合国の出発点であるサンフランシスコ条約での竹島の処理と日本と韓国の出発点である日韓基本条約での合意内容より、それ以前の連合国指令までを、教え込まれる。 他方日本でも、戦後の歴史を詳しく教えないで、(戦後の日本が結んだ条約を含む日本の歴史を教えて、戦後の日本として)国際的な視野を持たせる教育が行われていない状況があります。 戦後の日本としての歴史を否定したい人たちは、(戦前へ戻したい)、つまり戦後の国家としての日本の歴史を否定する人たちは、当然の事ながら、戦前の否定から、始まる日本を否定することから、 戦前の日本に、基本的な足場があります。 自分の思いは思いとして、自分はどこに足場があるのかがわからない人が政治家になっているために、本来 明確に(戦後の日本)としての立場を、ドイツのように推し進めれば、いいのですが、そのあやふやさを突かれて竹島問題等を歴史認識に絡めて、戦後の歴史を認めない日本を、(戦前の歴史しか認めない国)を戦後の機関としての国連の常任理事国には、できないと、主張されているのでしょう。 戦後の国家としての利益を追求するべき立場にある人間が、国家の防衛よりアメリカの利益ばかりに奉仕して、拉致されたし、竹島に韓国が軍事基地を建設するのを黙認してきて、戦後の国家としての利益を失わせたにもかかわらず、反省もせずに、自分の思いだけを追求するのが、日本です。 他方ドイツは明確に戦後国家としてのドイツを打ち出し、政治家は、戦後の国家の上での国家的利益を追求している。 当然のことながら国家としての戦略が、個人の思いより優先されるのという、当たり前のことを、理解していない政治家を選んできた国民の責任も大きいと思います。
お礼
回答ありがとうございます。
- millennium-man
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中国や韓国が今、理不尽なことをやっているにももかかわらず、まだこの二国を擁護している人がいます。それにも飽き足らず、ドイツとの比較までして日本は何もしていないと言い張る人がいる。もう少し勉強してもらわなければいけませんね。賠償して貰ったことを忘れて、金儲けをしようとたくらんでいる人がいます。その最たる人物は韓国の大統領その人です。NO3の回答にあるように、ドイツと日本の賠償の違いは日本が国家賠償に対してドイツは個人賠償です。別の回答にも書きましたが、日本が韓国には賠償金を払う時に個人賠償もその中から賄うと言う約束でした。しかし韓国政府は実行していません。猫ババ行為です。まだ個人賠償を払えといっているのです。 ドイツの戦後処理は次のUTRが詳しいです。ドイツのしたたかさをじっくりと味わってください。 http://www2.aaacafe.ne.jp/free/nsan/main.bbs http://okweb.jp/kotaeru.php3?q=1292566
お礼
回答ありがとうございます。過去の質問も提示していただき恐れ入ります。
- ss79
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ドイツは誰がみても「完敗」という状態でまけましたので初めから敗北から出発しました。 これに対し日本は同じ完敗であったのを終戦と表現し、曖昧なまま、戦前の組織、思想を残したまま戦後を迎えました。 この思想が現代も色濃く「聖戦」説が残っている訳で、それも無理からぬ面もありますが国際的に通るとはおもえません。 この根本的な考え方の相違がドイツと日本にはあるのです。 日本人には物事に直面することを避け、曖昧にして、先送りする国民性があります。 これが領土問題に吹き出したのが現状です。 ドイツに対しオランダやポーランドがそれほど敵意をむき出しにしないのは、ポーランドはかなりのドイツ領を編入しましたし、オランダには賠償をしています。 日本は賠償はせず援助として行っているし、陳謝もしていないと思われているのが現実なのです。
お礼
回答ありがとうございます。表記の問題の話を提示していただきましたが、個人的には言葉の問題を槍玉にはしたくはないです。終戦記念日を敗戦記念日としたら、臥薪嘗胆の話のようで先の戦争の惨禍を思うというようなことにならないでしょうし。
それは、日本の領土の範囲がはっきりと示されないまま、新制「日本」が独立ししたためでしょう。 北方領土問題や、尖閣諸島問題、竹島問題、すべて曖昧なまま来てしまって、今揉めています。 日本が独立(GHQからの統治を抜けた後)に 日本の領土を現在の「本州・北海道・四国・九州とその周辺の諸島」 という表現にしたので、揉めているのです。 また、日本は、事実上「アメリカ軍を中心としたGHQの一つの管理下」に置かれましたが ドイツは「連合国の分割統治」のような形で処理されました。 ですから、ドイツが統一する前は 「ドイツ連邦共和国(アメリカ・イギリス・フランスの西側政府の共同統治)」と 「ドイツ民主主義共和国(ソビエト共和国連邦を中心とした東側政府の統治)」に 分離していました。 ですので、東ドイツ(社会主義)から西ドイツ(民主主義)への亡命者が後を絶ちませんでしたし、 今でも、旧西ドイツ地域と旧東ドイツ地域の経済格差はあると言われています。 また、ナチスドイツは第二次世界大戦中、オランダやポーランドに侵攻して、 その地域に「ユダヤ人収容所」を建設し多数の「ユダヤ人」やそのユダヤ人を匿った「オランダ人」などを 「大量虐殺」しました。 そのために、いまだドイツの復活を快く思っていない感情があるとは思います。 それから、日本についても「分割統治計画」があったことは一般には知られていません。 これは、NHKが放送した番組で出ていたのですが 現在の本州を、アメリカ(主に西日本)とソ連(主に北日本や東日本)で分割して、 四国をイギリスが、九州を中国(中華民国)が統治する案を、一時あって研究されていたそうです。
お礼
お礼を書くのが遅れてすみません。原因として領土問題が今日にまで解決できないからというのにはうなずけます。戦後の比較をあげてもらい参考になりました。
お礼
回答ありがとうございます。今までの日本政府の立場は、相手国の国民感情を配慮するということだったと思うのですが、主張すべきことは主張すべきということなのでしょうね。