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ルターとユダヤ人
いつもお世話になっています。 宗教改革を行ったマルティン・ルターは、最初ユダヤ人に好意的であったが、後からは、声高に放火や財産の没収などの迫害をさえ著書で訴えるようになったと聞きます。 これはどうしてなのですか? どうしてルターは、態度をこれほど変化・硬化させたのでしょうか? 理由はなんですか? それと、近年カソリックの方では、過去の非を認めるローマ法皇の会見があったそうですが、新教の方ではなにかそうしたことはあったのでしょうか?
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私の予想も含みますが。。。 ルターは急に態度を硬化させたのではなくて、ユダヤ人に対する考え方に紆余曲折があったものと考えます。 もともとキリスト教は、反ユダヤの立場を「神学的に」取っていましたので、ルターの心の中にもそう言う反ユダヤ的な考えがあったと思います。 だが、金儲け主義に走るキリスト教を批判する立場になったため、教会と対立が起こり、多くの支持者が必要となりました。そこで、ユダヤ人を批判しては彼らもまた敵に回ってしまうと考え、寛容な態度を取ったのだと思います。 そして彼の思想は、魂の救済は福音の信仰のみによるとの「聖書主義」「信仰至上主義」であったため、ユダヤ人も多く改宗すると考えました。 しかし、なかなか改宗しない事に業を煮やしたルターは、眠っていた反ユダヤの考えが首をもたげ、猛烈な反ユダヤ思想に走りました。 ユダヤ人が改宗しないために、晩年のルターは反ユダヤ化したと言うのは事実ですが、その根拠となるとイマイチ分かりませんので、私の考えも含めて書きました。 新教が過去の非を認めたか、、、についてはすみませんが分かりません。
お礼
回答ありがとうございます。 なるほど、最初からユダヤ人に対して反対的視点があって、(勢力関係等の利害から)暫定的に「好意的」であったと考えると、後年の激しいまでの批判もうなずけます。 単なる好意とはちょっと違うというわけですね。 本でルターのユダヤ人評、ユダヤ人への迫害宣言を、読んだところでは、ちょっと信じられないくらいの憎悪に満ちていて、日本で私たちが知るキリスト教聖職者とは、イメージがかけはなれているし、とにかく激しくて引きました。とても強い言葉でしたので、驚いてしまいます。 宗教って難しい・・。