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人間の心の源って?
人間の心の源って何なんでしょうか? 人間ももとをただせば原子の集まりで、たくさんの化学反応が起きてるだけに過ぎないと思うのですが、人のこころもその複雑な化学反応のたまものなのでしょうか? そうだとしたら、もし原子を人間と同じように並べて同じ様に化学反応を起こせば、それは心を持った人間となるのですか?
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「心」というものをどう捕らえるかにも拠ると思います。 「心」を単なる精神的な活動とみなせば、人間の精神活動は脳が司っているので、唯物論的考えが適応できるかと思います。 「心」はそれ以上に霊的な存在であると見なせば、そうは言えないでしょう。 ちなみに私個人的には、前者の考えを持っています。 その場合でも、単に「化学」の一言で片付けられるかどうか微妙ですね。もしかしたら広い意味での「物理」(化学も含む)と言った方がいいかもしれませんね^^ >もし原子を人間と同じように並べて同じ様に化学反応を起こせば、それは心を持った人間となるのですか? 詳しくはわからないのでなんとも言えないのですが、「原子」を同じように並べるだけでは済まないと思います。「原子」だけでなくもっと小さい単位の事まで考えなくてはならないでしょう(例えば電子など)。そしてそれを人間が一から一つ一つ組上げようと言うのは、まず不可能でしょう。 あっ、でも細胞の中にある核(DNA=デオキシリボ核酸を含む)を取り出して、それを別の核を取り去った細胞に入れて、未分化の受精卵と同じような状態を人為的に作り、それを発生させることによって、人間を作ることは論理的には可能なはずです。既に似たような方法によって、羊や牛などが生み出されています。 人間の精神活動も、宇宙が始まって以来連綿と続いてきた物理現象の一部であり、そういう意味では他の自然物と同じで、(そういう意味では)何も特別なものではないだろうとは思いますが、それ程単純なものでも無いでしょう。
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- 8942
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自論なんで非科学的ですが、 心って体の外に在る様な気がするんですよね。 たとえばテレビに映るタモリ、その時テレビを 壊してもタモリはいないでしょ。 人間の肉体って単なる端末のような気がしてきました。こころは別に存在する様な気がします。
お礼
>人間の肉体って単なる端末 と人間は操り人形って似てますね。 同じように考えている人っているんだなあって思いました。 昔、「うしろの百太郎」という漫画を読みました。人間にはご先祖の守護霊たちがついていると書いてありました。それを今になって思い出して、そもそも自分自身の心っていうのはなくてその守護霊たちが合わさったものが心で、この肉体を操ってるのかあ~って考えることがあります。 映画の「マルコビッチの穴」を見たときもそれに通じるものがあると思いました。
- sa_tomi
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面白いテーマですね。興味があるので少々お付き合いさせてください。 そもそも「心」とは何でしょう。 まず、私は心は体の反応や脳の発達と共に発達してきたのではないかと思います。現在地球上では人間だけが心と知能の両方の機能が高いですが、そのレベルを下げていくとサルやらカバやらといった動物たちになり、もっと下げるとミジンコやらゾウリムシやらになるんじゃないかと思います。そのレベルを文字であらわすのは難しいですが、例えばご飯をたべおわったとき私たちは満腹感の幸せを感じますよね。また、それはサルやカバでもある程度は同じように感じているのだと思います。ゾウリムシになると「お腹いっぱいの幸せ」なんかは感じていない気がするので、このへんで私たちが定義する「心」というものがあいまいになってくるのではないかと思います。 さて、ここまで書いてみて改めて私は「心の源」=「ある事象に対して発生する感情や感想」なのではないかという気がしてきました。そして、やっぱりそれはまわりの環境や体の各部の反応や脳が記憶している個々の経験などが様々に絡み合って発生するものなのではないかと・・・。 なので、私の意見としては原子を並べて同じように化学反応を起こしても心をもった人間にはならないと思います。可能性を否定はしませんが。 ※可能性という言葉を使ったのは、例えば骨を作ってお肉を並べて脳を作って(記憶などを持たない単なるタンパク質や脂質の塊としての脳)皮をかぶせてたものに光を当てたとしても、『はじめは』それを感じるだけで感情的なものなどは発生しないとは思いますが、それがきちんと「人の体」として機能し、経験を積んでいくことによって「心」を得るということは可能かもしれない、という意味です。 色々な意見があって当然の面白いご質問なので、他の方の考えも聞いてみたいですね。
- sa_tomi
- ベストアンサー率30% (34/113)
面白いテーマですね。興味があるので少々お付き合いさせてください。 そもそも「心」とは何でしょう。 まず、私は心は体の反応や脳の発達と共に発達してきたのではないかと思います。現在地球上では人間だけが心と知能の両方の機能が高いですが、そのレベルを下げていくとサルやらカバやらといった動物たちになり、もっと下げるとミジンコやらゾウリムシやらになるんじゃないかと思います。そのレベルを文字であらわすのは難しいですが、例えばご飯をたべおわったとき私たちは満腹感の幸せを感じますよね。また、それはサルやカバでもある程度は同じように感じているのだと思います。ゾウリムシになると「お腹いっぱいの幸せ」なんかは感じていない気がするので、このへんで私たちが定義する「心」というものがあいまいになってくるのではないかと思います。 さて、ここまで書いてみて改めて私は「心の源」=「ある事象に対して発生する感情や感想」なのではないかという気がしてきました。そして、やっぱりそれはまわりの環境や体の各部の反応や脳が記憶している個々の経験などが様々に絡み合って発生するものなのではないかと・・・。 なので、私の意見としては原子を並べて同じように化学反応を起こしても心をもった人間にはならないと思います。可能性を否定はしませんが。 ※可能性という言葉を使ったのは、例えば骨を作ってお肉を並べて脳を作って(記憶などを持たない単なるタンパク質や脂質の塊としての脳)皮をかぶせてたものに光を当てたとしても、『はじめは』それを感じるだけで感情的なものなどは発生しないとは思いますが、それがきちんと「人の体」として機能し、経験を積んでいくことによって「心」を得るということは可能かもしれない、という意味です。 色々な意見があって当然の面白いご質問なので、他の方の考えも聞いてみたいですね。
お礼
なるほど、「心」というのは「外からの刺激」と「自分が過去に経験した事の記憶」が作用して生じるものってことですか。確かに当たってると思いました。 でも、やっぱり疑問に残ってしまうことがあるんです。全ての記憶っていうのもそもそも原子と原子の反応ではないのかってって。 つまり記憶はそもそも五感を通して脳に入ってきた情報。例えば目に入ってきた光は網膜に化学反応を起こさせ、これとつながっている脳でまた化学反応が誘発されてコンピュータのように脳細胞に化学反応メモリーとして残る。 だから原子を同じ様に並べて同じ順序で反応させると同じ事をする。じゃあ、人間の運命もそもそもはじめから全部決まっていて人生の岐路で悩んだりして出した決断でもなるべくしてそうなっているのかな?そう思うと時々悩み決断することが馬鹿らしくなってくることがあるんです。 前の方への返事とは反対の結論になりました。
最近では、心=脳というとらえ方がされているようです。たとえば「好きな異性の前にいくと胸がドキドキ・・」などというのは、脳が興奮状態になるためにある種のホルモンの分泌が促され、胸がドキドキななるそうです。昔は胸に心臓があることから(昔は心臓はポンプという概念がないので)、その状態から「こころ」の判断にされていたようです。 でも、「こころ」のとらえ方は古代から現代までの永遠のテーマで、宗教・理性・感情・哲学・心霊・・などさまざまな分野から研究されていますね。私自身としては、心=脳よりも、「こころ」というものが独立していて、なかなかとらえられないもの・・という方がロマンがあっていいなぁ・・
お礼
>心=脳よりも、「こころ」というものが独立していて、なかなかとらえられないもの そうなんですよ、私もそんな気がしてならないんです。お腹がすいたから何かを食べようとかの欲求は脳の働きだと思うのですが、人と会話をしたり、人間が色々な道具を作ったり、科学者が色々な現象を解明したりというのは、そんな事が脳の中だけでいったい出来るのか?って思ってしまうんです。そういうことを考えると、幽霊などはあまり信じない方ですが、人間って操り人形のようにどこか遠いところから操られているのかなって思うことがあります。
お礼
確かに精神活動は脳が司っていると思ます。その範囲で考えて「心」が物理で説明できると言う事は、外からの情報に応答するロボットが今よりもっともっともーっと複雑になっていけば、いずれ人間が持つ「心」と同様に“自発的に”人を愛したり、憎んだりするようなものになると考えられるのでしょうか?言い換えると、普段私達が“自発的”に何かを考えているように感じることも単に「外界からの刺激に対して非常に複雑に“受動的に”反応している」にすぎないということになるのでしょうか? 話はちょっと変わりますが、全宇宙は乱雑さは増大する方向に向かっている(エントロピー増大の法則)と習った事があるのですが、その中で人間を含め動植物(単純であれいわゆる心を持った生き物)などのみが周りの乱雑さを増大させながら自発的に秩序化(精密な組織を形成していく)しているのを前から不思議に思っています。なぜ部分的に秩序化する必要があるのか? “秩序化する”→“心を有する”という事なのでしょうか?それとも人間がどんなに努力しても説明する事ができない物理を超えた“何か”が乱雑さが増大する宇宙のほんの一部を自発的“秩序化”させ、それを“心”と呼んでいるのか?と考えてしまいます。 クローンの話は分かりますが、それは途中からのスタートのような気がします。原子あるいは電子などを何とか人為的に並べて未分化の受精卵を作り、それが心を持った生物となるのであれば、“命”をつくる事が可能になるのでしょうかね。 おかげさまで自分でももう少し深く考えることができました。ありがとうございました。