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1945年前後

元兵隊の人の本を読んだりして思うのですが、アメリカにめちゃくちゃにやられて家族もバラバラになった方々も多いのに日本に反米思想は蔓延しなかったのでしょうか? 反米思想を持った人(特に兵隊)は既に戦死したから表に出てこないとかでしょうか? 普通反米になりそうですが、今の日本で野球が人気スポーツとされていたり、なんだか奇妙な世界だなと感じます (私自身は野球は興味ないですが)

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  • qwe2010
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回答No.5

アメリカ人が憎くて戦争したわけではなく、 日本が戦争を仕掛けて、負けたのです。 戦争を仕掛けた、日本のほうが悪いのです。 反米思想よりも、食べるものはなく、仕事もなく、生きていくのが精いっぱいの時代。 交通機関も未発達、車などなく、道も車が通るように整備されていませんでした。 電話などがある家は、各町村に 数件程度、 洗濯機、テレビ、冷蔵庫、ガスなどもなく、 ご飯などは、薪で火をおこして、炊いていました。 洗濯など、手洗いで、毎日洗うわけではありません。 情報が伝わるのは、ラジオ、新聞くらいです。 人の移動は、鉄道があるくらい、荷物は、船、鉄道で運んでいました。 アメリカから、憲兵もずいぶん入ってきて、取り締まりをしていましたが、 日本人全体は、生きるために精一杯働いていただけの状態が、その時代です。 つまり反米思想が、育つ余地などなかったのです。 日本では政治に反する運動は、学生運動、が主なものです。

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  • eroero4649
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回答No.8

そもそも日米開戦前の日本は、基本的に親米国だったんですよ。 日本でプロ野球が始まるきっかけになったのは、昭和6年にアメリカのメジャーリーグ代表が読売新聞の企画で来日して日本選抜と試合をしたからですが、そのメンバーは現代でもその名を残すベーブ・ルースやルー・ゲーリック、レフティ・グローブなどの錚々たる大スター軍団でした。彼らは船に乗って何ヵ月もかけてわざわざ日本に来てくれたのです。 また世界的喜劇スターであったチャールズ・チャップリンも昭和11年に来日しており、あやうく二二六事件に巻き込まれるところでした。 戦争中に日本軍の捕虜を尋問して日本兵の分析をした報告書が残っているのですが、それによると「個々の兵士は都会生まれの者は映画などを通じてアメリカに親しみを感じており、田舎出身の者はアメリカ嫌いが多い」とあったということです。 また戦後はアメリカはプロパガンダで、日本人に対して「あなたがたは日本の指導者たちに騙された被害者なんだ」と宣伝しました。実際に大本営は大ボラ吹いてたこともありましたから、国民の怒りは「殺したアメリカ軍」ではなく「アメリカ相手に戦争をおっぱじめた国の指導者たち」に向かうことになったのです。 とはいえ、マッカーサーが日本に赴任したら日本中から手紙が殺到したそうで、そのほとんどがマッカーサーを歓迎する内容だったみたいですよ。それには当のアメリカ人も「あんなにファナティック(狂信的)に戦ってた連中が何でこうなるんだ?」と戸惑ったようです。 イギリスのチャーチル卿は、狂信的な抵抗からのジャンピング土下座の様子に「日本人は、喉ぶえに喰らいつくかひれ伏すかのどちらかだ」とらしいコメントを残しています。 野球がらみで面白い話をすると、戦後のプロ野球の西鉄ライオンズで「神様、仏様、稲尾様」と呼ばれた大エース稲尾和久さんがまだ高校生だったとき、西鉄のスカウトたちが稲尾さんのお父さんに挨拶に来たときの話です。稲尾さんのお父さんは漁師さんで、戦争中は兵隊だったそうです。 息子さんをプロ野球選手にといったスカウトたちにお父さんは、「お百姓さんは畑を耕し、漁師は海に出て魚をとるものだ。ボールを追いかけて金を貰う?そんなことをやってるから戦争に負けたんだ」といったそうですよ。 「いやお父さん、アメリカには大リーグというのがありましてですね」と思わずいいたくなりますよね・笑。

  • Nakay702
  • ベストアンサー率79% (10004/12513)
回答No.7

以下のとおりお答えします。 敗戦国の日本が、最大の敵国であったアメリカに対し、反米思想よりむしろ親米思想を抱いた理由は、いろいろあると思いますが、私は次の2つを考えています。 ① 支援: 各種物資の支援、とりわけ《食料支援》は餓死寸前の日本人にとってありがたかったと思います。一宿一飯の義理を強く感じる日本人としては、飢えを救ってくれたアメリカ人に対して、この上ない恩義を抱いたものと想像するに難くありません。 ② 民主主義: それまでの帝国主義・全体主義は、天意として滅私奉公が庶民に圧しつけられ、人を人とも思わないお上によって、人々は家畜や将棋の駒のように扱われていました。そこへ、《個人の尊厳、基本的人権、公平・平等》などの思想がもたらされたのですから、政治・社会・学校のあり方が根本的に変わりました。庶民にとって、これはまさに天の恵み、いや、それ以上のものであったに違いありません。 以上の2つは、我々にとって、明治維新に勝るとも劣らない、一大《文明開化》になったものと確信しています。

  • 69015802
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回答No.6

アメリカは天ちゃんを戦犯として処罰せずにうまく利用して「アメリカは日本の伝統も大事にしながらいい国にするんですよ」と洗脳したからですよ。

  • takochann2
  • ベストアンサー率36% (2420/6678)
回答No.4

日本人が執念深くないこと。長いものには巻かれる性質なこと。 日本の軍部の情報戦略が愚直過ぎて反感を買った。 GHQが巧みな情報戦略で国民の反米感情を日本軍にすり替えた。 などです、詳しくは調べてみると色々出てきます。  米国の都市空襲は一般市民を標的に都市を焼夷弾で焼き払うのが目的ですから明らかなかなり非人道的な戦争犯罪です。当然原爆も軍事施設ではなく市民を標的にして、しかも放射線の危険性もある程度承知のうえでやっているので明らかに非人道的な戦争犯罪です。

  • runi_NGR
  • ベストアンサー率32% (333/1029)
回答No.3

じいさんから聞いた話 戦後、食べるものがなかった。道端に落ちてる釘を拾い、痩せた犬まで食べ、雑草まで食べてた。 その頃、アメリカ人が、おいしい食べ物を与え、復興に尽力し、 アメリカを討てと強いた日本政府より、平和と復興を支えてくれたアメリカを友好的に感じるのは当然だと思います。 ちなみにアメリカ人が与えてくれたその食べ物には、「ドッグフード」と書いてあったと聞きました。

  • sutorama
  • ベストアンサー率35% (1689/4748)
回答No.2

おらが村に鬼畜米兵がきたら、この竹槍で腹を刺すぞ さぁ今日もみんなで練習だ 練習に参加しないやつは、村八分だ といった、洗脳が解けたのでしょう つまりは、お国に対しての不満のほうが、デカかったと思います

回答No.1

露助というもっと酷いやつがいたからじゃないかな。 アメリカは条約破って攻めてきたたわけじゃないし、兵隊の抑留もしなかったからね。