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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:「教える」という沼)

「教える」という沼

このQ&Aのポイント
  • 教室を開設して10年が経過しましたが、教えるという職業が深く、気が遠くなることがあります。
  • カリキュラムの変更を繰り返し実験している間に、学習者の混乱を防ぎ、最小限の負担で学び進める方法論を作り上げました。
  • 教える者として学べば学ぶほど、まだまだ知らないことがあり、気持ちが沈みます。しかし、学習者はそれなりに言語を習得していく可能性があると思い詰めることもあります。

質問者が選んだベストアンサー

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  • kon555
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回答No.4

>>その備えのために私自身が振り回される必要はない  そうですね、そのような感覚でよいと思います。  そもそも学習する側も、何かしらの目的があって学習するものですから、例えば「日本で暮らす間、買い物に困らないレベルで」というような明確な目的に対して過不足なく教えられれば、まずは教育する側としては充分なのだと思います。 >>「自分にはあとどれほど埋めるべき伸び代があるのだろう」と、そちらに気持ちが向き、非常に不安になります。  この辺りについては、正直なところ『その時その時のベストの教え方をするしかない』ですよね。  ただ教えながらも「ここは非常に確度が高く、ほぼ絶対と言っていい領域」「ここは高いレベルでは議論が分かれる部分」「ここは自分の個人的な所感レベル」というように、自己の中で整理しつつ、そうした確度の部分について誤解のないように伝えていくのが大事だと個人的には思っています。 >>知らないことに過剰な不安感を持つ必要はない  どんな物事も知らないよりは知っている方がいいのは間違いないのでしょうが、全知全能の教師以外は人に教育する資格がないならば、むしろ学ぶ機会を喪失してしまう人が増える一方です。  教育する側としては「あくまで自己の知見の範囲内である」「絶対不変の真理ではない」という事を念頭に置いていれば、ひとまずは満足すべきかなと思っています。  また生徒側が自学自習するような人間であれば、いつか教師側の間違いに気づき自ら是正するでしょうし、そうした姿勢がない人間なら多少の過ちはそもそも問題になりません。  神ならぬ身で人を教え導く(私の場合はそんな大層なものではないですが)以上はそうした、ある意味開き直っておく姿勢が現実的な落としどころかなぁ、と思っています。  専門の教師でもあるまいに適当な事を述べてしまい汗顔の至りですが、何かの参考になればと思います。

Rozsy
質問者

お礼

こんばんは。 昨晩 #4のご回答と、私の補足欄の追記が入れ違いになり、失礼致しました。 度々ご丁寧な回答をいただきまして有難うございます。 > 明確な目的に対して過不足なく教えられれば、まずは教育する側としては充分なのだと思います。 とてもびっくりしました。「明確な目的に対して過不足なく教える」ーまさにその通りですね。それこそが一番大切な基本であると初心に立ち戻った思いです。 > そうした確度の部分について誤解のないように伝えていくのが大事だと個人的には思っています。 確度、そうですね。母国語でありながら「この助詞を用いても誤りではない、そこにはどのようなニュアンスの違いがあるのか」などを調べ続けると、投げ出したくなることが多々あります。しかしそのようなケースにきちんと説明が出来るかどうかに、母国語教師の真価が問われると思っています。 > 全知全能の教師以外は人に教育する資格がないならば 本当に kon555 様のお言葉には驚くばかりです。私はいつも全知全能でない自分を恥じ、その自分が教える立場にあっていいのかに迷い続けてきました。しかしこれは前述のアドバイスにあります「明確な目的に対して過不足なく(+ベストを尽くして)教える」ことでカバーしていきたいと今は思えるようになりました。 > 教育する側としては「あくまで自己の知見の範囲内である」「絶対不変の真理ではない」という事を念頭に置いていれば、ひとまずは満足すべきかなと その通りですね。知識が浅い場合、つい目先のルールを断定してしまいそうになります(したくなります)。それは断定した方が学習者にとっては学びやすいためです。しかしそこは「私:知っている人」対「あなた:知らない人」のスタンスに陥ることなく、変化を遂げながら(これまでも、そしてこれからも)脈々と続く言語史上の通過点に私たちも存在しているという「不確かさ」ーこれを私がきちんと理解していれば、自ずと説明の仕方に反映されるのではと思いました。 > 『その時その時のベストの教え方をするしかない』 > 神ならぬ身で人を教え導く以上はそうした、ある意味開き直っておく姿勢が現実的な落としどころ 毎回その時点で可能な限りの very best を尽くす。1年後に去年はまだ甘かったと気付いたとしても 、自分は確かにベストを尽くしてきた、そう真摯に思えるかどうか。そしてそれがいつの日かさやかな誇りになればと思うようになりました。 kon555 様が私の上司(またはメンター)でいてくださったら、どれほど心強いことかと今日1日中考えてしまったほどです。多くの気づきを授けてくださり、有難うございました。 昨晩入れ違いになりました私の補足、および今回の理解に、もし何かございますようでしたら是非またご意見をお聞かせくださいませ。 特にないようでしたらそのままでも構いません。 有難うございました。

その他の回答 (3)

  • kon555
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回答No.3

 技術職です。自分の専門分野について、誰かに教育するという機会がそれなりに発生します。  そんな程度の僅かな体験で申し訳ないのですが「底無し沼にいるよう」という貴方の感覚はよく分かります。  そもそも技術であれ知識であれ、何か一つの物事を探求する事自体が底なしの沼です。教えると言う事は、その底なしの技術知識を歪みなく伝える、という事ですから、本当に難しいものだと思います。  ただ私としては、教えるという行為には何よりも『機』が重要だと感じています。それはカリキュラム云々とはまた別の、学習者側の「知りたい」と思う欲求という『機』です。  私の場合は業務上で必要な知識・技術を教えているだけですから、基本的には「〇〇の時には××する」といった、当座の業務を進行させるための教育が主になります。  そうした中でも「~~は何故ですか?」といった理論面的な疑問を持つ人が出てきます。そうした疑問に対してキチンと応えると、技術の習得も記憶の定着も早いです。  しかしそうした疑問を持たない人間に対して、深い理論面の教育をしようとしても、中々ペースは上がりません。  そういった『機』というのは中々来るものではありませんし、ずっと持続するものでもありません。また、あまりにも高度過ぎる領域を教えても理解できる物でもないでしょう。  なのでそうした『機』が訪れた時に、速やかかつ適切に教育する事、出来るような知識・技術を蓄えておく事が教師として(私は専任ではないですが)重要なのだと思います。

Rozsy
質問者

お礼

こんばんは。 ご回答をどうもありがとうございます。 投稿後に質問を読み返した際「このような内容では、回答はいただけないかもしれないなぁ」と、ぼんやり思っていました。 ところが幸い、本日まで3名の方々からお言葉をいただき、そのどれにもハッとするものがありました。 無駄な混乱を防ぐためにも「教え過ぎはいけない」ーこのことは私も少なからず理解しています。 ご回答者様が意図されたことは、いつ来るともわからない「機」に備えることは重要であっても、その備えのために私自身が振り回される必要はない、そのような解釈で正しいでしょうか。 確かにその部分(備え)が増えれば増えるほど、教え方が明瞭化していく実感はあるのですが、一方で「自分にはあとどれほど埋めるべき伸び代があるのだろう」と、そちらに気持ちが向き、非常に不安になります。 (これは主に、日本語の変遷に驚くべき発見 [と現代文との整合性] があった際に強く起きます。) でもご回答者様がおっしゃている備えとは「機が訪れた時の袖の下」とすればいいこと(知識が増えることにより、知らないことに過剰な不安感を持つ必要はない)・・・と、どんどん私の都合がいいように(?)拡大解釈しているような気もしてきました。 ちょっと疲れているのかもしれません。 もし私の理解が及んでいないようでしたら、どうぞご教示くださいませ。

Rozsy
質問者

補足

お礼を投稿した後で補足入力を致しまして、申し訳ありません。 さきほどのお礼欄に「これは主に、日本語の変遷に驚くべき発見 [と現代文との整合性] があった際に強く起きます」と打ち、実はその時にドキッというかギクッとしました。 質問を投稿した際、私はいつも通り困惑していたのですが「上述の一文こそが焦点をあてるべく私の不安要素であり、カリキュラムの話は全く関係がない。私は異なる2つの要素を混在させて質問(相談)していた」ことに気が付きました。 私は現地の言語(英語)で日本語を教えています。 日本語はある程度のレベルまでは、理路整然とした教えやすい言語ではあるのですが、ゆえに時折現れる例外がやや悪目立ちします。 「これはそう覚えるしかない」と言えばそれで済むことで、かつては私もそう言い放っていました。 ところが経験を重ねていくうちに、日本語の変遷を当時の社会背景と合わせて調べていくと、実は明快に解決するという経験をしました。 当初は電球がピカッと光ったようで嬉しかったのですが、これを契機にことあるごとに例外をしつこく調べる癖がつき「全ての例外には、ほぼ全て理由がある(ように見受けられる)」と思うようになり、さらには矛盾とは思っていなかった事項にまで驚くような背景を見つけたり・・・を繰り返していくうちに、いつしか発見(解決)が喜びではなく漠然とした大きな不安に取って変わり、自信なんて持てようはずがないと思うようになっていきました。 ・・・と、ここまで打ち、私の持つ「沼」が具体的に見えてきました。あとはどのようにこの考え(負のスパイラル)を修正すべきかが課題なのだと思います。 自分の質問に自分で回答しているような奇妙な展開で、誠にお恥ずかしい限りですが、これはkon555様のご回答を繰り返し読み理解に努めていた過程での気付きで、非常に感謝しております。「機への蓄え」というキーワードがヒットしました(始めは「機」への理解に時間がかかりました)。 お礼欄に「私の理解が及んでいないようでしたら、ご教示くださいませ」と打ちましたが、この時点でもし特に補足がありませんようでしたら、無視していただいても構いません。 示唆に富んだご回答をくださいまして、誠に有難うございました。

  • hahaha8635
  • ベストアンサー率22% (800/3610)
回答No.2

言語 というもの自体が底なし沼(進化し続ける)ので 考えること自体無駄です 日本語以外はBASIC と C言語 とマシン語しか理解しませんが 昔 人工無能を作ろうとして挫折しました https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E7%84%A1%E8%84%B3

Rozsy
質問者

お礼

こんばんは。 「言語 というもの自体が底なし沼(進化し続ける)ので 考えること自体無駄」ーそうかもしれません、というか・・・きっとそうですね。 変化し続ける、この部分がそうなのです、かなり厄介です。 日本国内でも地域によって年代によって差がありますし。 リンク興味深く拝見しました。面白いサイトですね、会話ボットの手法の部分が特に。 そうですね。 「考えること自体無駄」ーもう本当にそこに尽きるのかもしれません。 しばし反芻してみます。 どうも有難うございました。

回答No.1

少し中学の家庭教師をしていました。 振り返れば、ほめてやる気を出させるだけで、大して教えてなかった気がします。 それで伸びた生徒もいました。 問題はそれで伸びない生徒です。 例として、80点は取れるけれど、もっと上を目指したい生徒がいました。その生徒は既存のテキストを復習していましたが、もっと上を目指すには、いろんな経験をしたほうがいいと判断しました。 「そのやり方ではJ2では優勝できてもJ1に上がってから勝てない」 そうサッカーの世界に比喩しました。 ですが、最終的にはその生徒は既存のテキストを復習することにしました。そうしたほうが楽なのはわかるが、それではよくないと指摘したその日を最後に、私はその後生徒から外されました。どうなったかは知りません。 私のような二流の先生は、合う合わないでうまく切り分けてもらっていいと思いました。 生徒には先生を選ぶ権利と自由があります。 うまく教えられなかった生徒は私も今でも覚えていますが、ぴったりの先生に変えてもらったほうがお互い幸せなのだと感じています。 もしうまく教えられない生徒がいて沼だと感じたのであれば 自分の限界ではなく相性であったと考えたほうが楽です。 参考になれば幸いです。

Rozsy
質問者

お礼

こんばんは。 日本は深夜過ぎですのに、早速にありがとうございます。 ご回答を拝読させていただき「あぁ、なるほど」と思いました。 複数の先生が関与する場合の教育方針は、非常に難しいですね。 家庭教師でいらしたということは、その生徒さんには中学校での担任や副担任の先生方がいらして、仮にその方々が「既存のテキストの復習で十分」と断言されたとしたら、軍配はそちらに上がってしまいますものね。 例に出してくださった「80点は取れるけれど、もっと上を目指したい生徒」についてですが、私も個人的には他の方法も取り入れた方がいいような気がします。応用力をつけるために。 でも「複数冊をあれこれするのではなく1冊を入念に」という意見もありますものね。 個々人の実力と環境(学校のレベル)によって千差万別ですので、一概にどの考え方が正しいかとは一般論では言い切れない部分があるものの、先ほども申しましたが複数の先生が関与する場合の教育方針が非常に難しいことは想像に難くありません。未成年であることも難しさの要素ですね。 学習者との相性、それも確かにありますよね。 万人の心に届く(理解を促す)説明ができるようになることは容易ではありませんが、出来るだけ最大公約数を見つけていきたいと思います。 どうもありがとうございました。