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昔の旅人 手に白い布

録画していた時代劇を見ていると、 昔の女性の旅人が、手の甲に白い布をしていました。 あれは、何の意味があるのでしょうか?

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  • chiychiy
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回答No.2

こんにちは 女性だけではなく 長旅の武士や商人、飛脚もつけていたようです。 参勤交代などの長旅の人たちもそうですね。 今みたいに道路があるわけではない 山も上ったりするため、今でいう手袋と同じような 役目だったようです。 そういえばドラマの水戸黄門もしていますね。 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E7%94%B2

id_koneko
質問者

お礼

ご回答、ありがとうございます。 「手甲」って名前なんですね。 「汚れ、外傷、寒さ、日射などから肌や体を守るため」 ということで、やはり書いていただいてたように、今で言う 手袋のような物だったんですね。 種類もいろいろあったようで、昔が偲ばれます。 どうもありがとうございました。

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  • hazark
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回答No.3

こんばんは 亀大仙様の ご回答を 拝読いたしていて 伺いたくなり 参りました。なにとぞ よろしく お願い申し上げます。 その女性の旅人は 白い手甲(てっこう と読むのですね…知りませんでした…)と共に 足にも白い脚絆を 捲かれていたのでは ありませんか… これらは お遍路さんの正装と されているようですが…「四国おへんろ 巡礼の衣装と道具」(https://www.shikoku88.net/ohenro-guide/tool.html) ただ、白衣(はくえ または びゃくえ)すなわち 死装束(しにしょうぞく)が お遍路さんの装束として 定着したのは 昭和の頃に なってからの ことらしく… 「お遍路の服装:白衣に込められた意味」白衣が着られるようになった歴史 (http://ohenro-88.com/ohenro/byakue.html) 「近世風俗志」や 巡礼について 調べておりましたら、六部(ろくぶ)に 行き当たり… 六部(仏教)とは 六十六部の略で、本来は 全国66か所の霊場に 一部ずつ納経するために書写された 66部の『法華経(ほけきょう)』のことを いったが、のちに、その経を納めて 諸国霊場を巡礼する 行脚(あんぎゃ)僧のことを さすように なった…おそらく鎌倉末期に始まったもので、室町時代を経て、江戸時代にとくに流行し、僧ばかりでなく 俗人もこれを行うようになった。男女とも 鼠木綿(ねずみもめん)の着物に同色の手甲(てっこう)、脚絆(きゃはん)、甲掛(こうがけ)、股引(ももひき)をつけ、背に仏像を入れた厨子(ずし)を背負い、鉦(かね)や鈴を鳴らして 米銭を請い 歩いて 諸国を巡礼した。 [藤井 教公/日本大百科全書(ニッポニカ)の解説/コトバンク https://kotobank.jp/word/%E5%85%AD%E9%83%A8%28%E4%BB%8F%E6%95%99%29-1440587] 広重の浮世絵から 遍路像を抜き出し 解説してくださっている、面白い論文にも出逢うことが でき… 「遍路の図像学」内田 九州男(http://henro.ll.ehime-u.ac.jp/wp-content/uploads/2001/12/ee13eb846a7d8f08430d91a2dc3f6ac3.pdf) ここにも 六部や お遍路の像、そして 「近世風俗志」の 記述が 出てきます… …なので…この女性の旅人は おそらく 六部の巡礼である ことを示す…ための 手甲なのではないかと… 巡礼の旅における 手甲 自体の意味については、これらの人々は 金剛杖というものを 手に携えて歩いた わけですが… 3 金剛杖(こんごうづえ) 巡礼において、手に持つ白木の杖。四国遍路では、金剛杖は弘法大師そのもので、宿につくと 先を足のように洗って 床の間に置き、尊像として礼拝する。単に杖としてのみでなく、野犬などからの護身用にもなる。巡礼の途中で死亡した際は、そのまま墓標になった。死出の旅路の身支度として、死者の棺に入れることもある。また、金剛杖には霊力が宿っており、身体の不調なところを加持すると治るという。(「遍路の図像学」15~16頁) 金剛杖 巡拝用品の中で 最も大切なもので、杖は すなわち お大師様で、常に 自分と行を共にして下さいます。宿に着けば、まず、第一に 杖を洗い清め 床の間などに立て掛けます。また、大師ご巡錫の際、橋の下で一夜を明かされた ところから 橋の上を通る際は 杖を つかないこと。(「四国おへんろ 巡礼の衣装と道具」) …金剛杖を突いて歩くと 足の負担が軽減されて マメを予防し、歩行に必要なエネルギーを節約してくれます…草むらを杖で突いて マムシを追い払うことや、野犬と戦うための 武器としての使い方もあります…金剛杖の柄の部分は 卒塔婆を模してある…かつてのお遍路さんは 死を覚悟していたからです…お遍路には「同行二人」という考え方があります。同行二人とは、たとえ一人でお遍路をしていても 側に弘法大師がいて 見守ってくれている というものです…お遍路中に 一番身近な金剛杖を 弘法大師の化身としてとらえています…お遍路さんは 金剛杖を大切に扱い、休憩するときも 杖を休めた後で 自分が腰を下ろします。(「お遍路の服装:金剛杖に込められた意味」 http://ohenro-88.com/ohenro/kongodue.html) このように 神聖で大切な 魂の同行者であり、それゆえ また 難路を行く 身体と歩みを 実際に支え 守ってもくれる 重要な助けを 携えるに あたり、杖を捧げ持つ手を清め、同時に 杖を握り続け 突き続ける こわばりや 衝撃から手を守る意味で、巡礼の難路を歩き続ける足を しっかりと保護し支える 脚絆と同じく、共に捲かれていたのではないか と…荷物を背負う肩のところも 擦り切れやすいので 白衣の上に袖のない笈摺(おいずる)を着た とあるように…もともとは 亀大仙様の仰られておられますとおり、あらゆる旅の道中、衝撃や摩滅、直射日光や雨霰、植物や岩石による擦り傷や肌荒れから 身を守るための工夫から生まれた 装束の一つだったのでしょう… 長いこと 曖昧なまま 考えることも なかった事柄に、手甲(てっこう)という 由緒正しき名称を ご教示いただきましたことから、色々と興味深い資料に出逢え、たいへん 勉強に なりました…まったく知らないことを 長々と引用させていただきましたことを どうか お許しください…御質問者様と 御回答者様の皆様に 厚く御礼申し上げます…いつも まことに ありがとうございます

id_koneko
質問者

お礼

ご丁寧なご回答、ありがとうございます。 この「手甲」ひとつから、いろいろと掘り下げていくと 奥が深くて興味深いですね。 質問することなく済ませていればそのままだったのが、 何かと広く知ることができて、勉強になりました。 どうもありがとうございました。

  • kamejrou
  • ベストアンサー率17% (191/1107)
回答No.1

こんばんは 恐らく「手甲」の事を仰っておられるのでしょう 手首の保護のため、あるいは日焼防止の爲と諸説あるようですが どうもはっきりした事は分からないようです ただ、昔も現代でも女性は日焼けするのを嫌うようですから これは私の推測ですが日焼け防止の爲であったかも知れませんね 「色の白いは七難隠す」と言いますから 女性は気をつけたのではないか?と思います

id_koneko
質問者

お礼

ご回答、ありがとうございます。 やはり日焼けよけなんでしょうかね。 たまたま見たのが、必殺仕事人の「りつの母親、せん」でしたが、 そう言えば他の番組で、男性がしているのも 見たことがあるような、ないような・・・。 どうもありがとうございました。

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