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江戸時代位の口語

書き物などだと今と違う言葉遣いですが、普段はどんな話し方だったのでしょう。 和歌やふみ、本などはかなり発音しづらそうな感じです。 直接話し方を見るのが一番だと思いますので、再現できているドラマなどがあれば教えて下さい。

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noname#232424
noname#232424
回答No.7

追記。 あとで「あ,そうか」と思い出したもの。江戸時代と問われたので失念していましたが,狂言が中世の口語をかなり残しているはずです。 「これは,このあたりに住まいいたす,大果報の物でござる。今日(こんにッ)た○○をいたそうと存(ぞう)ずるに,太郎冠者よびいだし○○申しつきょうと存ずる。やいやい,太郎冠者はおるかやい。」「御前にさぶろう。」※と始まる短い笑劇ですね。 ※「私は,このあたりに住んでいる大金持ちです。今日は○○を催そうと思うので,太郎冠者をよびだして,○○を命じようと思います。おいおい,太郎冠者はいるか。」「参りました。」

tarutosan
質問者

お礼

こんにちは。 歌舞伎や狂言は何いってるかわからないっていいますよね。 あの辺になると大分今と違っていい感じです。いつごろのなんだろう。 昔の人と話す機会があっても意思疎通に自信がありません(笑)

その他の回答 (6)

  • staratras
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回答No.6

No.4です。少し補足しますと、江戸時代でも現在でも口語は地域や世代などによって違いがあり一筋縄ではいきません。どれとどれを比較するかで、「江戸時代と変わらない」とも言えますし「江戸時代から変化した」とも言えます。具体的な年代・地域・世代などを特定する必要がありそうです。 本居宣長が「玉勝間」に書いていますが、肥後(熊本)の国から来た人が、当時すでに一般には「見える」「聞こえる」などと言っていたものを、「見ゆる」「聞こゆる」というので、昔の雅な言い方が残っていると考えて、「お国ではみなそういうのですか?」と尋ねたところ、次のように答えたというのです。(以下引用) 「ひたぶるの賤山がつは皆、「見ゆる」「聞こゆる」「冴ゆる」「絶ゆる」などやうに言ふを、少しことばをも繕ふほどの者は、多くは「見える」「聞こえる」とやうに言ふなり、とぞ語りける。」(引用終わり) 山奥の田舎に住む身分の低い者はみな、「見ゆる」「聞こゆる」「冴ゆる」「絶ゆる」などというが、(社会的な地位があり)少し恰好をつけた言葉使いをするような者の多くは「見える」「聞こえる」というように言うというのです。 学校文法風に言えば、本居宣長が生きていた18世紀の口語では、一般に「見ゆ」「聞こゆ」など「下二段活用」の動詞の「下一段活用」化が進み、「見える」「聞こえる」などと言うようになっていたが、熊本の田舎などではまだそうなってはいなかったということです。 それから200年以上経ちましたが、熊本では21世紀の今も年配者を中心に「見ゆる」「聞こゆる」という言い方が健在で、下一段活用と下二段活用の混在も変わっていません。回答者が中学生だった1960年代には、教室で授業以外の時間に「共通語」を使うと「行かず東京弁」(行ったこともないのに使う東京の言葉(怪しげなものも含む)という意味)だと言ってからかわれました。「少しことばをも繕ふほどの者」が「ひたぶるの賤山がつ」に対して劣勢に立たされていたのです。

tarutosan
質問者

お礼

再びありがとうございます。 える、は、ゆる、から来てるのですね。 ゆるの方がかっこいいかも…

noname#232424
noname#232424
回答No.5

補足。 >三代目桂米朝・・・古い形式 たとえば,「案山子(かかし)」を「カガシ」と濁音で発音しています。もとは人形で脅かしたのではなく,焼いた毛などの悪臭で害獣を忌避させており,「においを嗅がせる」が語源です。また,「穴からキツネがでてきたらイカキで押さえ・・・」。イカキとは「ざる」のことですが,いまの関西人でも使わなくなった語彙です。

tarutosan
質問者

お礼

再びありがとうございます。 話す分には通じそうですね。 江戸弁がぴんときてなかったのですが、落語がそうなのですね。

  • staratras
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回答No.4

江戸時代の口語と一口に言っても、初めの頃と幕末では相当異なりますが、江戸時代の終わりに近くなるほど、現在の口語にかなり近くなっています。19世紀の初めに書かれた式亭三馬の「浮世風呂」を読むと、八割方は今の私たちが話す日本語と共通ではないかと思えます。 「浮世風呂」はもちろんフィクションですが、作者の式亭三馬は「話し言葉をできるだけ忠実に書き残す」ということに力を入れていて、同じ「が」の音でも鼻濁音の「が」とそうでない「が」をかき分けたりしていますので大いに参考になります。 以下の会話は、父親に頼まれて女湯へ母親を迎えに行った「八歳ばかりの女の子(お馬)」と母親の会話です。(二編巻之上) 馬「おつかさん、おつかさん」 母「なんだ、お馬か。何しに来た」 馬「あのね。おとつざ(鼻濁音でない表記)んが(鼻濁音の表記)ね。お客があるから、あのう、早くおあがりと。そして、あのう、何処へも道よりをせずに、たつた今お帰りと。」 母「アイ、アイ、今帰(けへ)ります。誰が来たのう。たまたまの湯へ来ても直にお迎ひだ。うるせへのう…(以下略)」 このほか「御隠居様はお目が御不自由だ」とか「ぷりぷりした鰹」だとか、私たちが現代風の表現だと思いがちな言葉がすでに使われています。

tarutosan
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 そうですね、思ったより普通なんだなぁという印象を持ちました。 ただ細かいとこも気になるので「へ」「ひ」とかは特にどうなのかなと思っています。 昔は小さい「つ」がなかったように記憶してますが、それも知らなきゃ「おっかさん」ではなく「おつかさん」と発音してるように見えてしまいます。

noname#232424
noname#232424
回答No.3

音声資料でほしいのですね? もちろん江戸時代には録音技術がありませんから,それに近い後年の口演となります。明治時代の落語の録音があります。 http://rekion.dl.ndl.go.jp/ja/ongen_shoukai_02.html 古い江戸弁や上方弁で話されたものが,江戸時代の都市の口語に近いと思います。落語通で筋を知っていないと理解できないくらい,語彙もしゃべりかたも違うはずです。 昭和の名人の録音では,三代目桂米朝(上方落語)や六代目三遊亭圓生・八代目桂文楽(江戸落語)が,文化保存の観点もあるのか,できるだけ古い形式で演じています。

tarutosan
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 落語は考えつかなかったです。 そう考えれば結構普通ですね。 疑問の解決には、平安位まで遡った方がいいかもしれません。 書いて頂いたこと、覚えておきます。

noname#231758
noname#231758
回答No.2

江戸時代の庶民の生活を描いた書籍もありますけど、図書館または購入したらいかが。

tarutosan
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 本では発音が伝わらないので音声がいいですね。

  • as9
  • ベストアンサー率15% (73/480)
回答No.1

東海道中膝栗毛なんかどうでしょう

tarutosan
質問者

お礼

早速のご回答ありがとうございます。 名前だけ存じてます。覚えておきます。

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