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生きる意味と意義とは何ですか?ヒト全人類についても

(1)「(自我の)生きる意味と生きる意義」と、(2)「ヒト・人類の存在価値並びに、その存続の意義や正当性や合理性」とは何でしょうか?皆々様の御回答を御待ち致しております。

みんなの回答

  • kurinal
  • ベストアンサー率10% (128/1195)
回答No.9

こんばんは。 この質問の後の、アナタ様の「議論」の進め方を追いますと、 (5/25現在) 「それが無ければ、「(仮称)X(絶滅しても仕方ない存在)」と見做します」と、問われて居ます。 誰が、アナタ様の価値観に拠る必要が、あるんでしょうね。 ヒト全人類についても

  • tknkk7
  • ベストアンサー率11% (378/3310)
回答No.8

〇生きる意味と意義は、何ですか.。?:社会貢献。〇 (1)「(自我の)生きる意味と生きる意義」。?:世界平和貢献・維持。 (2)「ヒト・人類の”存在価値並びに、存続の意義や、正当性や合理性」とは、何ですか。?:人類が霊長類、正当性:生物平等、合理性:勝者必勝。

  • Nouble
  • ベストアンサー率18% (330/1783)
回答No.7

不完全、だから こそ 改善の、余地が あり 新たな 未だ、無い 構造の パーフェクトを、目指せる とも、見れます よね? と、 見た、上で 宗教、宜しく 何等かが こう、創造した と、する ならば わざと 不完全に、作った と、見るべき ならは 其の、真意は ニューバランスパフェクトの、担い手 ですよね? とある、宗教に 擬えれば 使途、其のもの かも? ニューバランスパフェクトを 担う、期待が かけられた、存在が 滅される、べき とは にわかには、ならない で、しょ? 愚か、だから こそ 目指せる、ものが ある ただ、永遠に グマンの、まま なら 話は、変わる かも、知れません がね

回答No.6

(1)「(自我の)生きる意味と生きる意義」 特にないと思いますが、自分で付けるのは自由です。 (2)「ヒト・人類の存在価値並びに、その存続の意義や正当性や合理性」 特にないです。 意義とか、意味とかは人類が発生してから思いついた概念なので、人類が誕生する際(=まだ存在していない)時点では、意味とか、意義とかはありません。

  • tknkk7
  • ベストアンサー率11% (378/3310)
回答No.5

(1)時間の有効活用 (2)考える葦、未来への貢献

回答No.4

物質に「目的」はありません。 しかし、その「無目的=エントロピー増大」は淘汰となり、二次的に進化を導きます。 「いや違う!」と主張する事は可能ですが、厳しい生存競争の中で、生き残るために努力しない個体の遺伝子が次世代に伝わり、種の形質となる事はなく、進化は常に、「生きる事」を目的とするよう導くのです。 一方、そうした外的な価値がないならば、生きる事は自律的な意志の発露以外ではあり得ません。 どのような行動も、本質的には任意=意志の充足であり、「意志の充足じゃない!」というのも一つの意志として、精神的充足の追及という方向性から逃れることはできません。 生きる事の本質的目的は、人生を通算した充足量の最大化(生理的拡大×欲求の強さ×それを「人生通算での最大」にコントロールする認識力×その達成度×それを把握する認識力)に収束します。 「精神的充足感のため」というのは、刹那的な快楽主義に帰結するのではなく、最大限の大きな目的、最大限の愛と、最大限の認識を兼ね備えたものになるのです(短絡的な快感の帰結は麻薬だが、それが最大充足でないのはご存知の通り)。 であるならば、人が生きるのは、物質的豊かさのためではなく、精神的充足感のためであり、人が働くのは、お金をもらうためではなく、助け合い=愛のためです。 生物として、「生きること」が唯一の目的であるが、社会生命=助け合うために集まっているものとしては、働くことが生きること。 しかし今、そうした「他人を助ける」=愛のために働いている人が、どれほどいるでしょう? 人がとらわれているのは、“お金(や、その源泉としての出世)”という虚構の価値であって。 原始共産制の助け合いから、組織が分業化&拡大する上で、人の意識の社会性を発達させずに、お金や権力といった“馬車馬の目の前のニンジン”で、他律的に社会行動をとらせる道をとったのです。 お金は、本来助け合うために集まったはずの社会において、自己チュー的な意識のまま社会行動をとらせるための“矯正具”として発達したものなので(社会生命として生きる事である労働(助け合い)を、お金をもらうために嫌々働く)、当然、自由意志を束縛する機能があります。 本来、社会的生命として助け合うために集まっている人々をして、弱肉強食のジャングルに変える、悪魔のツール。 本来それは、分業=助け合いに於ける“感謝のしるし”であるにもかかわらず、いつの間にか(助け合っているはずの人々と)それを奪い合い、お金をもらうために仕方なく働くようになってしまっているのだ。 (その錯覚の端的な例が、取引きに於いて、役に立つものをもらう=助けられている方ではなく、手あかで汚れた紙切れ(お札)をもらう方が、お礼を言う奇妙) その結果としての“自己チュー”な意識において、死は絶対的な敗北となり、人生は必ず敗北に尽きるものになってしまう。 地球上の生態系の本質は、日光によって励起された化合物の合成(光合成=植物)と分解(消化=動物)の連鎖反応です。 植物が成長(合成)するためには、二酸化炭素と水、窒素などの、化合反応の材料が必要であり、動物抜きの分解(紫外線による分解や大気中の酸素による酸化)より、動物による能動的摂食による高速の分解の方が有効なのです。 生命の進化とは、いかなる“強い種”の創出でもなく、地球に降り注ぐ日光が輻射によって再び宇宙に還って行くプロセスに於ける、生態系としての多様化=地球上の熱容量(物質循環量と速度)の増大だと言えるのです。 生態系全体の進化は、エントロピー減少だと言えますが、それも太陽の核融合というエントロピー増大の一環である、「日射>光合成>摂食>消化>酸化>輻射」という一時的な地上の熱滞留としての、開放系ゆえのもので、結果的にはエントロピー増大を加速するものです。 先にあるのは太陽光=植物による光合成であり、動物はその有機物の分解を加速して植物の光合成の原料にする(物質循環の加速)ための寄生的な存在に過ぎません。 生態系全体で一個の生命として、「地上の熱容量の増大」=生態系の多様化こそが、真の進化なのです。

  • stmim
  • ベストアンサー率24% (57/236)
回答No.3

他の人の答えと似たようになってしまいますが、哲学的に考えるなら(1)の生きる意味とか意義はもともと存在しないものです。(2)の人類の存在価値や意義も存在しません。あるといえばその人にはあるのでしょう(主観的に)。もともと存在しないものですが、あると思うのは本人の自由です。 社会的に考えたら個人には生きる権利がありますし、行動の自由もあります。いくら哲学的には意味がないものと言っても他人を消して(殺して)しまっていいものではありません(念のため)。 哲学的に考えたらもともと存在しない生きる意義をどう考えるかは個人の自由です。〇〇が人間の生きる意味だ、と個人で考えるなら、その個人にとってはそれが生きる意義なのです。意義とか、意味とはそうしたものです。

  • hekiyu
  • ベストアンサー率32% (7193/21843)
回答No.2

(1)「(自我の)生きる意味と生きる意義」    ↑ 堕胎された子や、産まれてすぐに死ぬ子が沢山 います。彼らには意義などあったのでしょうか。 そんなものはありません。 人間などただの動物です。特別な存在だ、なんて のは思い上がりです。 ネズミや猫に意義がないのと同じく、人間にも そんなモノはありません。 それじゃいやだ、という人が理屈をつけているだけです。 欲しければ自分で創るいがいにありません。 (2)「ヒト・人類の存在価値並びに、その存続の意義や正当性や合理性」 とは何でしょうか?    ↑ 従って、そういうモノは人間が適当に創る だけです。 人間が進歩発展して神になる。 それが意義であり、正当性、合理性である、という 具合にです。 AIが発達して自我が誕生し、更に新しい宇宙を 人間が創り出せるようになれば、神と言えるでしょう。

回答No.1

生まれて来たから生きるだけ。