今でこそ貧困国のイメージのある北朝鮮ですが、朝鮮戦争で南北分断の後の復興時期はむしろ重工業中心の工業国で、軽工業と農業中心の韓国よりある意味発展しているように見られていた時期もあるのです。
朝鮮半島は比較的平地の多い南半部と、山がちで農業に向かないが水力発電や地下資源の豊富な北半部に分かれており、それぞれが韓国と北朝鮮の領域として分断されたのですね。
朝鮮戦争後、軍需産業の必要性を痛感した北の指導部は豊富な地下資源と日本帝国の遺産である発電所などのインフラを生かし、重工業中心の国として戦後復興を果たします。
明確な敵があり、それに対して挙国一致できる状況では、指導部のもと一方へ皆が向く共産主義体制はいっときは非常に有効に働くことも見られます。独ソ戦当時のソビエト・ロシアが湧き出るが如くT34戦車の洪水的生産を果たし、ドイツのティーガーやパンテル戦車を数の暴力で押し流したように。
しかし戦争の情熱は去り、日常生活が台頭してくると、重工業中心の民生品が貧弱な経済は次第に活力を失ってきて、現在に至ります。
また、豊富な地下資源と水力発電に適した北朝鮮の土地は、農業生産にはあまり向いていない山がちな土地柄で、そこを無理して開発した結果、脆弱な段々畑の乱開発が起こり、この弱い段々畑がここ近年の洪水による被害を受け、これに加えて地力の保全を無視した化学肥料の多用による土地自体の生産力の低下が起こり、これが北朝鮮の慢性的な食糧不足に関わっているとも言われています。
段々畑の開発も、実は農民の欲と二人連れで、なんとかして田畑を増やしたいという思いで少しずつ山の上まで開発して、強い段々畑や棚田が出来上がるわけです。日本の棚田や段々畑はこうして幾世代を経て作り上げられてきたもので、ノルマで強制されて帳尻を合わせるような開発では永続的なものはできないのでしょうね。
結局、朝鮮半島の国は南北合わせて食糧生産と工業生産のバランスが取れる成り立ちであると考えられます。その意味では分断国家としての現状は朝鮮半島に住む人々にとって悲劇であると申せましょう。
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