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家族の自由と権力への違和感
- 家族のことを自由と民主主義の国家といえども権力が容喙することに違和感を持ちます。
- 昔も保守の人の中には日本の心性や伝統ということを飾りにして、戦後の自由と個人主義をやり玉に挙げていました。
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krya1998様、こんにちは。 「世帯」単位で、物事が動いていることに、辟易しております。 「家長」制度なんて(年配者の「智恵」は、活用すべきだけど)・・・ 家族の在り方は、それぞれでいいと思うんですけど、 最終的には「個人」という点で、人権侵害をしないように心掛けないといけないと思います。
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- chie65536(@chie65535)
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>1.家族のことを自由と民主主義の国家といえども権力が容喙することに違和感を持ちます。 「国家権力が憲法を定めている」という誤解が、違和感の原因です。 憲法とは国家のあり方を決めたルールのことです。 これを決めるのは「国家権力」ではなく「国民」です。 国民が、自分自身に対し「我々国民は、こうあるべき」と憲法を定めても構わないのです。 憲法は「国民の、国民による、国民のための法規」なのです。 >私人の生活の内部や生活の仕方に口出しすることが権力として許されるのでしょうか? 国家権力が定めた「法律」が、私人の生活の内部や生活の仕方に口出しするのは許されません。 しかし「憲法」と「法律」は「異なる物」です。 この点を誤解したままでは、疑問は永久に解消しません。
お礼
ありがとうございました。 「憲法」と「法律」は「異なる物」です つまり、国会での議決の仕方が違うのと基本法である、事 そして国民投票でしょう。 いわゆる社会学のgesellschaftとgemeinschaftの認識もない全く、近代国家についてのど素人しかいないという、応援する自民とを嘆いております。
補足
【「国家権力が憲法を定めている」という誤解が、違和感の原因です。】 確かに国民が憲法制定するんですね。私の表現が不適切、不正確でしたね。 そこで決められた方式で権力が統治していきますね。 私の>1.はそのことを言いたかったのです。 【国民が、自分自身に対し「我々国民は、こうあるべき」と憲法を定めても構わないのです。】 そうですね、しかしその国民として、憲法でも法律でも容喙してはならない一線というものがありましょう。家族のことは文化であり、心性ですよね。 天皇制も文化であり、心性でありますが、国家の制度とされ機関となっていますが。宗教や文化、心性については国家の基幹たる国民たるものは慎重でありたい。という事なんですよ。自民党たる国民さんも当然に。
お礼
はいそうですね。 ありがとうございました。