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昔の寺社仏閣の巨大さの理由とは?
- 昔の寺社仏閣が巨大だった理由を考えてみましょう。
- 昔の人々は巨人を神と崇めていた可能性があります。
- ネフィリムの骨が発見されていることからも、その存在が示唆されます。
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>何故、昔の寺社仏閣は巨大だったのか 為政者・時の権力者の「権威・力の象徴」だからです。 「俺は、こんな巨大な建造物を造る力・権力がある!」とね。 古墳も同じです。 始皇帝の墳墓も、大山古墳(伝仁徳陵)も力の象徴ですよね。 >今世界中でネフィリム(巨人)の骨が発見されています。 確か、人類が生まれる前の時代の地層から発見されていますよね。 が、学者の世界では「根拠のない現実は、認めない」とい法則があります。 日本史でも、日本書紀・古事記に反する発掘品・古文書は「偽物」と見做されますよね。 中国・韓国では、反日思想に従って時の権力者に都合の良い歴史でないと「正しい歴史ではない」事になります。 >昔の人は巨人を神と崇めていたのではないでしょうか。 たぶん、未知なる力=神だったのでしようね。 日本を含む全国各地で「巨人伝説」が残っています。 日本では、「だいだらぼっち」ですね。 >昔の寺社仏閣はその神(巨人)の体格に合わせて作っていたと思うのです。 色んな説があり、これが正解という答えはありません。 日本は、某反日国家と異なって「信条・思想・教育の自由」がありますからね。 神社仏閣が大きいのは、時の権力者の権威付けと大きい建造物・仏は「それだけ、力が強い」と考えたからです。 戦前の戦艦でも「大きい事は、良い事だ」と、大和・武蔵・ビスマルク・ミズーリを建造しています。 力の象徴です。
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現在の建物の方が大きいと思うよ。
お礼
回答ありがとうございます。 そうですね、今の建築物は上に伸びているので、相対的に 今の方が大きいと感じます。 がしかし、木造で同じものが現在の建築技術でできるか?。 と言われれば不可能のようです。 東大寺だけでなく、清水寺や東寺などもどうやって建てたのか 謎です。
- chiha2525_
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シークレットブーツってご存知でしょうか? 動物というのは、自分よりも大きいものと命をかけて戦うのは非常にハイリスクなわけです。なのでデカく見せるというのは、威嚇としては非常に有効なのです。これが人間も同じで、背の高い人と合い対するとぺこぺこしちゃうわけです。逆に相手がチビだと文字通り見下すわけです。白人コンプレックスとか言われたりもしますが、底にはこういう原理があります。さてこれを宗教でもっとも取り入れているのが、仏教なのです。くそでっかい仏像を作って人々に見せるとそれだけで効果覿面、人々は心服して入信するんですね。 なので仏教はでっかいものを作ることに熱心になって、五重塔なんて中にほとんど人が入れないのですが、無理してあれだけ高い建物を建てて人々に見せびらかせて人々をひれ伏せさせてるんです。でも、そういうのを作る技術ってのも仏教の力となって、一緒に渡来してきたわけです。なので、今では葬式くらいにしか関係してないのですが、昔は知恵と技術の一大体系だったわけです。 でっかいのに戻すと、神社の社や鳥居があれだけでっかくなったのも、この仏教の影響です。またキリスト教にも影響を与えていると言われていて、協会がでっかい建物になったり、マリア像やキリスト像のでっかいのが造られているのも、この仏教のでっかいものを見せつけるというのを取り入れた結果(ではないか)と考えられていたはずです。(あまり言うとキリスト教徒はヒステリーを起こす、かもw)
- sentencespring
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巨人がいたわけではなく、仏神を崇拝の対象とするために 絶対的に大きなものであるという風に伝えられ、 その大きな物が宿る場所は大きなつくりということになったのでは。
No.3の追記。あなたが本当に知りたかったのは,以下ですよね? >今世界中でネフィリム(巨人)の骨が発見されています ぼくも面白半分でネットで画像を検索してみました。全身骨格(とくに大腿骨)が見えているものでは,ぼくらヒトの骨格をそのまま画像拡大したように見えますね。 なにがいいたいかというと,かりに身長が4倍になり体型が変わらないとすると,体重は4の3乗=64倍になります。いっぽう,骨の断面積は4の2乗=16倍にしかなりません。つまり一定の断面積に,ぼくらの4(=64/16)倍の圧力がかかることになります。巨人たちは,ずいぶん骨折や関節痛に悩んだんじゃないですか 笑。 なお,奈良時代や平安時代にそのような巨人が存在しており,そのサイズで建築物を建造したのであれば,当然にそういう文書記録が残っているはずです。ぼくは,冗談の落書きでさえも,そういう記録の存在を知りません。
お礼
回答ありがとうございます。 そうですね、奈良時代の地球は今と同じ重力だろうと思います から、こんな巨大な人が生存するのは不可能です。 では、どうして巨人の伝説が生まれたのでしょうか。 おそらく二億年前から現在の人類に似た人類が発生しては絶滅 を繰り返していたのではないでしょうか。 その伝説は当時奈良、京都の人々を苦しめていた鬼伝説となり 数々の物語を生んだと思います。 ちなみに二億年前の地球の重力は今の月よりずっと弱かったこと が分かっています。巨大恐竜が生存できたのも同じ理屈です。
補足
世界樹で発見されている巨人の骨は人間のものとは明らかに 違う所があります。 それは、あばら骨の本数です。多いですね。見た感じでも多いし 数えてみれば多いですよ。 それから、頭蓋骨の形が違います。 人間のものより縦に長いです。 これは、人間の骨の写真を拡大した物ではありませんね。
- tiltilmitil
- ベストアンサー率22% (1871/8250)
>現実に発見されているものを否定するにはそれなりに理論づけ無くてはいけないと思うのです。 逆です。『これはt確実に巨人の骨であり、それ以外であるとは考えられない』ということを説明しなければいけないのです。そうでないなら『なんか変なもん持ってきた変なヤツがいる』でしかないのです。 あと『学会』ってのは発表の場であるから、どんな荒唐無稽なものでも手続きに沿ってさえいれば発表はできます。そして学者ってのは基本的には『自分が真実を見つけ出す』ってのが最高の名誉だから、嘘をついて認められても仕方ないってのが多勢。それだから検証が難しくてそれなりに筋が通ってれば明白な嘘が認められちゃったりするんですよね。ちょっととしいった考古学好きなら『ゴッドハンド』の異名をとった人物の話を苦い記憶として覚えているでしょう。
宗教が政治と密接にむすびついていた状況下では,人心を掌握するためには「でかい寺院や仏像」を見せつけて圧倒する必要があったということでしょう。もっとも,近世城郭の天守閣も現代東京の都庁やスカイツリーも,「でかさ」を誇示しているようにも見えますが 笑。 じゃあ,でかいほどいいかというとそうはいかず,力学構造設計や建築資材・労働力調達の制約があります。天にも届くバベルの塔はできない。じじつ,京都盆地周辺では,古代都市や寺院の建造のために周辺山地の森林が破壊されたことが,花粉分析結果から知られています。
- nekosuke16
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聖徳太子の時代から、儒教と仏教を両輪とする政治理念の中で、特に聖武天皇の時代に仏教に対する信仰の度合いが最大化しました。 天皇と形成途中の国家像に、数百万人とも言われる前代未聞の大量の人員を導員することにより、具体的なかたちを持った権威の象徴としての大仏の建立や、それに伴う大仏殿のような巨大建築物の建造を可能にし、民衆に対する権力を鼓舞すると同時に仏教に熱心な光明皇后から引き継いだ仏教への帰依をさらに促進し、鎮護国家としての理想と、中央集権という政治手法、政治運営の基礎を形づくったのではないですか。
- trytobe
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神ではなく、仏の大きさに、慈悲にすがる思いの人々と信心でたどり着ける極楽浄土を、現世のうちに見せることで、信仰を広め厚くしようとした、 と大仏・大仏殿などの建造理由が語られています。
お礼
回答ありがとうございます。 大きさはイコール力の象徴ですか。それも一理ありますね。 特に奈良時代は源頼光と頼光四天王の鬼退治が有名です。 それらも藤原氏の威光を知らしめることに利用されたのでしょう。 それが武家政権発祥の礎になったと思います。
補足
日本にも巨人の骨が偶然見つかっています。 宮城岩手地震の際に、崖崩れを映していた報道のヘリコプターが 崩れた崖の側面に巨人の骨があるのを映していました。 あくる日には青いシートが被せられていたようです。 これはネットの動画で今でも見られます。