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2閣僚、靖国参拝(from 朝日新聞)

山谷/有村両大臣がA級戦犯が合祀されている靖国神社に参拝した。菅官房長官は例によって「あくまで私人として参拝 . . .」と言っている。但し署名は国務大臣としてしたそうだ。何故大臣になると人は参拝に赴くのか、私には解らないので、詳しい方がいらっしたら説明して下さい。「そうだったのか」の池上彰氏に質問すれば一番いいのだが、「私人」としてはなかなか難しい。 上記両女性大臣は、大臣になる前、或は当選して議員になる前から私人として参拝していたのだろうか。そうなら理解出来る。しかしそんな事は信じられない。実際私の家内(72歳)も遺族である。父が戦死したので母(私の義母)は遺族年金を受給していた。彼女もとうの昔に亡くなっている。家内は未だに参拝はしていない。昔、橋本総理の時は遺族会の圧力が強い云々の話を聞いた事がある。でも、今や上記家内の話の通り、遺族の皆さんも大半は亡くなられその圧力もそんなに強い様には見受けられない。それなのに、何故大臣になると参拝するのか。近隣からの批判を知り乍ら敢えて決行するには、何か理由があるのか。どこからかの強いプレッシャーがあるのか。この辺を知りたいので、宜しくお願いします。

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  • lions-123
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回答No.3

>2閣僚、靖国参拝(from 朝日新聞) 何故大臣になると参拝するのか。 近隣からの批判を知り乍ら敢えて決行するには、何か理由があるのか。 どこからかの強いプレッシャーがあるのか。 ↓ 高市総務大臣も参拝したようです。 個々の女性大臣(偶然なのかマスコミが強調して取り上げるのか分からぬが)の心境・信条は良く分からないが、推測する所では・・・<順不同> ◇元からの遺族や有縁の方の慰霊の為の参拝 あるいは、個人・私人としてのお国の為に身命を投げ出された方への感謝と慰霊、現状の報告と平和を誓う為に参拝。 ◇各々の選挙区の事情や支持団体・支援組織に遺族会とか戦友会等が有り、有力支援者やその縁・繋がりから例年、例大祭や催事に参拝している。 ◇みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会に所属していて、多くは合同で参拝している。 それが、大臣就任で、より注目されたり、スケジュールとセキュリティの関係で単独に参拝の形式に成っている。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BF%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%A7%E9%9D%96%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE%E3%81%AB%E5%8F%82%E6%8B%9D%E3%81%99%E3%82%8B%E5%9B%BD%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E5%93%A1%E3%81%AE%E4%BC%9A ◇推測だが、女性議員に強硬な保守論客が多いイメージがあるが、強さや安保に弱い・関心が低いとかのレッテルを嫌う意識・潜在心理があるのでは? ◇私の靖国神社考<既投稿> 靖国神社の参拝も自由なら、参拝しないのも自由です。 あくまでも、今日の平和に対する犠牲・殉難に対する感謝と慰霊であり、それを他国から束縛・干渉・外交カードにされるのは心外です。 同時に、軍国主義や戦争美化に便乗利用したり、声高に靖国神社問題を喧伝し参拝を誇示するのも、靖国の杜に眠る同胞・先人・御霊に対し、冒涜非礼であり、一部の周辺国への当てつけや挑発に便乗するかの街宣車や大音響のスピーチも、過激なヘイトスピーチ同様に賛同しません。 靖国バズーカとはどのような事柄を言動を指すのかは存じ上げませんが、私には特亜からの干渉も遺憾に思うが、同時に国内での靖国の政治利用や示威的な扱い利用にも疑問です。 由縁の方や心ある方が、誰からも指図されず自由意思で、静かに感謝の誠を捧げ慰霊のお気持ちでお参りするのが設立・存続の意義&基盤ではないのかと思います。 余談ながら、私の靖国神社考は・・・ 靖国神社は 先入観なしに、色んな意味での全国各地にある護国神社の一社であり、国の為・家族の為に命を捧げ犠牲となられた御霊を祀った杜である。 そこに、遺骨は無くとも、多くの方(男女や年齢や身分の違いを分け隔てなく)を祀り国家としての崇敬の念と慰霊を行い、将来に不戦・平和を祈願する所だと思います。 そして、由縁の人が、多くの同胞が、慰霊と子孫としての不戦の誓い、近況報告、平和祈願の為に参拝する社でもあります。 政治利用する者も、批判の為の批判をする報道機関、我が国の宗教観や人生観に外交カードにしたり内政干渉する特亜(中韓)の姿勢にも疑問を持ちます。 「靖国神社」を政争の具や外国への迎合追従のプレゼントに利用は許せない! まるで戦争犯罪人を祀った戦争賛美の軍事化の象徴のように忌み嫌ったり、特別な周辺国に配慮し秘匿するような巣窟扱いは、尊い犠牲となられた先人・御霊に対し誠に申し訳なく恥ずかしい。 死者に御霊に非礼・冒涜する事になり、ご家族や関係者への心無い非情な発言、同胞として恥ずかしい心根だと思います。 参拝する自由も、参拝しない自由もあり、それは国民一人一人の思想信教信条の自由であり、歴史観や価値観にも繋がる事かもしれないが、他国や特定の政治団体等から参拝の自由&不参拝を束縛強制干渉される事では決してないと思います。 誰でも、心ある人が、参拝できる時に参拝していただけば良いのであり、殊更に誇示・喧伝する事柄ではないと思う。<総理等の参拝はSPの問題が有り、ある程度の広報と準備が必要と思うが、なるべくは立ち寄る程度に済ますのが混乱を避け、本意にもかなうのでは・・・報道は参拝・慰霊の事実を結果報告で十分> 靖国神社は250万余の御柱の眠られている静謐な杜である。 戊辰戦争:3,588柱以降 その後の佐賀の乱・西南戦争・日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・満州事変・支那事変・第二次世界大戦で戦死・傷病死された方々。 安政の大獄や禁門の変に倒れた方々、吉田松陰・橋本左内・坂本龍馬・高杉晋作・頼三樹三郎・真木和泉守・清川八郎・武智半平太・中岡慎太郎等の維新の志士、従軍看護婦を始め、沖縄で戦没したひめゆり・白梅等の七女学校部隊、樺太真岡の自決殉職された電話交換手の女性の御祭神も57,000余柱、小・中学校の児童生徒。 シベリア抑留中に死亡された軍人軍属方々、戦争終結時に責任を負って自決された方々、戦争犯罪人として処刑された千余命名の方々(その後、国会での全会一致による名誉回復・人権尊重の主旨で昭和殉難者と呼称)・学童疎開で潜水艦に撃沈された対馬丸の学徒・空襲下で軍需工場や防空防火活動中の爆死者等、私たちの先人であり、今日の安寧の為に身を捧げられた方々である。 このように、我が国には死者は神仏になって土に還る、そして現世の子孫を見守って下さるとの思い、慰霊と感謝の気持ちから、由縁の方々を戦死・戦傷病死された軍人・軍属ばかりでなく、民間の方、女性や児童も含めて多種多様な御祭神をお祀り申し上げているのです。 そして、御霊の由縁の方々は日本全国に津々浦々に遺族・戦友・関係者が居られます。 明治天皇が命名された「やすくに」には「国を平安(安の字は靖に通ずる字)にし、平和な国をつくり上げる」というお心が込められている。 そして、霊ジ簿と言う和紙に一人一人の神様(死者)の名前を記し綴じ納められている、遺骨を納め祀っているのではない。 その神・仏と成られた御霊は→祖国永遠の平和とその栄光を願いつつ、掛け替えの無い尊い生命を国に捧げられた同胞たちで、これらの方々は身分・階級・職業・年齢・性別・信仰等にかかわりなく等しく祀られているのです。 個々の方々の遺骨は故郷や由縁の地に埋葬されており、靖国神社は戦友・同志・献身の人々の魂が霊ジ簿に記され、集い、国の行く末を見守り、子供や孫が後事を託した私達の訪ねて来るのを楽しみに待っていて下されている。 その御霊・英霊が静謐なる杜におわすと信じるからです。 そんな靖国神社を、戦争遂行のシンボルだった、軍国主義の復活への道だ、A級戦犯が合祀されている、他の宗教信者である、A級戦犯(我が国に戦犯は居ない国会でも全会一致で名誉回復:昭和殉難者とした)は出て行けの分祀合祀論、中国や韓国がクレームetcで参拝拒否?は信じられない。 誰のための誰が祀られた社なのだろうか・・・愛する国家・家族の為に身を捧げ、犠牲となられた方を国家が国民が(無論、天皇陛下や皇族の方々も含め)今日の平和を感謝し、これからも不戦を誓うのに、家族子孫の近況を報告するのに誰に憚る遠慮せねばならないのだろうか? 国難・存亡危急の時、国の為、家族の為、子孫の為に生命を捧げ犠牲となられた方々へ、外国への配慮だとか分祀云々は→国家として、同胞として、否、人間・個人として余にも軽薄・無責任な発言だと思う。 非難する国が有れば、堂々と祖先を慰霊し、平和に感謝し、不戦の誓いを行い、子孫の近況を報告する為の社であり、参拝だと言えば良い。 それが言えぬ、思わぬなら、日本人として、心の中まで、死生観や死者の慰霊まで、信念・信条・矜持を忘れたのか持てぬのかと、問いたい糾したい・・・。 あくまでも、人間として日本人として個人として、誰からも指図や強制されずに自己の信条・心情・真心で、他人にも押しつけるものではなく、自由意志で参拝するもしないも決めれば良いのである。 ことさらに8月15日の参拝だとか公式参拝だと政治家が騒ぐのは迷惑であり、その思いが有るならば、何時でも静かに靖国神社や千鳥ヶ淵や各地の護国神社や平和記念公園に行き、<閣僚等のSPの問題は別だが>手を合わせれば良いし、実際に行くことが叶わない場合にも、心で慰霊と平和への誓いをすれば良いのだと思う。 個々人の感性と価値観であり、何も仰々しく大勢で押し掛け、靖国参拝や慰霊をデモンストレーションする必要はないと思う。 私は、「後を頼む」と無念・非業の死を迎え旅立たれた御霊に対して、今日の平和に対し、生命を捧げ礎となられた方々へ、慰霊の心、感謝と責任を申し上げ誓う為に、これからも機会を作り靖国神社へ参りたいと思います。

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  • 92128bwsd
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回答No.6

どこかからの強いプレッシャーというよりは、個人個人の出自と信条の問題と思います。ひと昔前には、支援者としての右翼団体からのプレッシャーもあったのではと考えていましたが、今では右翼団体もそれほど大きな勢力にはなり得ず、靖国参拝をやめることによって政治的なダメージを受けるとは思えません。山谷/有村両大臣は大臣になる前から靖国参拝はしていたのでは無いでしょうか?少なくとも有村治子は昔から頻繁に参拝していたようです。また山谷えりこは、首相に参拝を促す活動をしているくらいです。公人として参拝するか私人として参拝するかは政教分離の原則の曖昧な境界線の判断の話なので実質的な意味は無いと思います。 靖国神社は、戦没者を国のために戦った英霊として顕彰する場所で、戦争を美化する一面があります。併設する遊就館の展示を見ればそれが色濃くわかります。一方で靖国神社がほぼ唯一の戦没者を合わせて慰霊する施設でもあり、その限りにおいては議論はあっても政治家の参拝は理解できなくは無い。しかし、戦没したわけでは無いA級戦犯も英霊として祀るというのは明らかに矛盾で、A級戦犯が本当に裁かれることをしたかし無いかにかかわらず理屈にあいません。 昭和天皇、今生天皇が、戦犯の合祀以来靖国参拝をしていない理由は明らかで、心情はお察しするしか無いものの、靖国を参拝する政治家はそこをかんがるべきだし、それでも参拝するのであれば”平和を祈ってきた”と言うような綺麗事ではなく、きちんと信条を語るべきと思います。

回答No.5

日本人として国民の代表として参拝するのは当然でしょ

  • dragon-man
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回答No.4

いや、彼らは大臣になる前から参拝していますよ。プレッシャーでも何でもありませんよ。靖国というと色眼鏡で見るのはよくありません。そんなことをしているから、中韓に利用されるのです。さあ、あなたも参拝しましょう。

  • hekiyu
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回答No.2

大臣だから、国家の重鎮だから参拝するのでしょう。 ある中国人の学者が次のようなことを言っていました。 「中国政府は、靖国を批判するべきではない。  見習うべきだ。  日本人の団結力は、ああいうところから醸成  されるのである。  それに比べて、我が中国はどうだ。  戦争で死んだ人のことなど誰も想わないではないか。  だから、中国人はバラバラで、まとまらず、日本に  負けてばかりいるのだ」 国家からみた場合、国民のまとまり、というのは 非常に重要な問題なのです。 国家というのは、頭の中にしか存在しません。 だから、普段から国家を意識させておかないと、人は 国民になれないのです。 途上国が途上国なのは、これが主な原因です。 イラクなどはその典型で、国民に国民意識が無いから 年中テロだ、紛争だ、とやっているわけです。 ちなみに、国体などを税金で実施するのもそういう 意味があります。 オリンピックもしかりです。 天皇もそうです。 天皇に接するとき、天皇の存在を目にするとき、 人は日本を想い、日本の歴史を想います。 靖国参拝もその一環です。 戦争で死んだ人を想うとき、人は否応なく国家を 想い、日本の歴史を想い、国民としての自覚が醸成 されるのです。 だからこそ、中韓は靖国に反対するのです。 日本の強さである団結力を少しでも弱くしたいからです。 事実、彼らの努力が功を奏し、靖国が原因で国が 二分しているではないですか。 中韓の庶民ならともかく、政府が、感情で靖国に 反対するはずがないとは考えませんか。 そこには、靖国を外交カードにしよう、という 思惑があります。

noname#218778
noname#218778
回答No.1

安倍からの指令じゃね。(´・ω・`)中国に泣きついて首脳会談したからバランス取る為じゃね。

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