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心の葛藤

心の葛藤 エスが強く、自我が弱く、超自我が強い。 エスと超自我との狭間で葛藤が強くて自我が対処できない それで自我が弱くなってしまった 曖昧ですが幼少期の頃からと記憶していますこれが これが葛藤する理由だと思います どうすれば葛藤を減らせますか?

みんなの回答

回答No.3

わー、懐かしい、精神分析ですね。 だがフロイト、ユング流の精神分析は非常に難解であなたも かなり誤解していると思う、まずエスだがこれを用いたのは フロイトだけで英訳時にイドにされて仕舞った、いわゆる無意識 だが、強大で絶対動かせない、もちろん矛盾も抱えている。 超自我、スーパーエゴだが、社会やその他の「規律」を分担している フロイトがこいつを導入したのは最晩年。「安楽死」のすぐ前だ。 これらはあなたの基盤らしい、だが日本語がおかしい。 >エスと超自我との狭間で葛藤が強くて自我が対処できない 狭間で葛藤って何?エスと超自我との「軋轢が激しい」のだと思う。 さらにエス(イド)は自我が制御可能な物ではない、だからエスなのだ。 制御出来るなら精神疾患など起こるはずが無い。超自我は自我から「見える」 「あーあ、うっとうしい」と思うが排除し難い、刷り込まれているからだ。 そしてあなたは自我がエスの断面であることに気付いていない、 時々「自我はエスの奴隷」何て言う精神学者がいるがバカだ、 だって自我はエスの「一断面」であって完全に「包含」されており 自我とエスとは対立不能だ、これを知らない奴は研究者ではない。 なおエスの断面である自我は非常にヘンテコリンな断面で数学者 が狂う様なトポロジーだと思った方が良い、だが実際はエスに現実 的な「形」は無いから、断面のトポロジーに意味は無く適当に円でも 書いておけば良いのだ。 エスと超自我が衝突するのも本当はおかしい、超自我も自我から見えるが エスの一部なのだ、否定しても良いが、超自我も自我から操作できない。 あなたはエスの中で起きている「軋轢」を感ずるが、どうしようも無い。 「対処出来ない」とおっしゃるが、誰でもこんな軋轢は対処出来ない。 重要な事を申します。「自分を分析する事は禁忌です」これは精神分析で もっとも恐ろしい事でフロイトもユングも警告している。 あなたが精神神経科では無く精神分析を選ぶのは自由だが、 医師を探さねばならない。

  • sun-zoo
  • ベストアンサー率28% (86/300)
回答No.2

エスは欲求なので解消することによって変わります。 ただ解消しようにも超自我が強いので 欲求(エス)を外に出すことや感じること 自体が難しいです。 そして葛藤するわけですが、 これが無意識に行われているのが問題です。 欲求を出せたり、我慢をやめたり自分で コントロール出来れば世話はないんですが、 出来ないから病むんです。 なんにしろ感情や欲求は気付くだけでも変わります。 ただ無意識にあるものは気付きにくいです。 それに気付くには心の専門家の助けが必要になったりします。 余談ですが、よく「素直がいい」という言葉がありま、 欲求なり感情なり素直に出せる人は病みづらいでしょうね。 葛藤もおこりにくいと思います。 (まったくない人はいないと思うが) ただ社会に適応するためには時には我慢や自制も必要ですので、 バランス感覚も必要だったりします。 (本音と建前を使い分ける。)

回答No.1

出来そうであれば、相性の良いお医者さんを見つけましょう 心から信頼出来る対象を見つけることが一番大事

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