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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:傾聴、カウンセラーなどは役に立つ?)

傾聴やカウンセラーの勉強は仕事に役立つのか?

このQ&Aのポイント
  • 傾聴やカウンセラーの勉強は、仕事に役立つ可能性がありますか?
  • 高齢者と接する仕事に就く予定の人が、傾聴やカウンセラーの勉強を考えていますが、役に立つのでしょうか?
  • 傾聴やカウンセラーの資格を取ることで、仕事のパフォーマンスを向上させることができるのかについての疑問があります。

質問者が選んだベストアンサー

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  • hue2011
  • ベストアンサー率38% (2801/7250)
回答No.3

変なテクニックを学ぼうとか思わないでください。 こういう仕事は相手にとって自分を信頼してもらうというのが前提です。 余計な知識をもって、こういうことをしてやろうなんて思うと嫌われます。 ポイントは「聴く」だけです。 「今日は元気ですね、ご飯食べましたか、うまかったですか、気分がよいようだから外に行きましょう」とやったらダメです。 「おはようございます。今日はどうしましたか?」と訊いてください。 別にどうもしないと思われるのではないか、と思うなら相手の位置を理解していないのです。 あなたがたとえば電車で会った人に「今日はどうしましたか」と言われたら、「はあ?」でしょう。 なぜそう思うかというと、この人と会話をしようと思わないのに自分の土俵に乗り込んでこられたからです。 電車内のあなたにはあなたという時間が流れ続けていたのです。 電車を降りたらどうするとか何をしようということがあって電車に乗っているのです。 グループホームだとかデイサービスの人は、うまくかみ合ってくれる人を喪失していることが多いのです。 グループホームはそうかもしれないと思うでしょう。一緒に居る仲間はコミュニケーション能力にすでに衰えがある。 だけどデイサービスなんかは家族がいて、ごはんでもお菓子でももらっているだろうと思うでしょう。 でも会話相手がいないのですよ。 息子は勤務にでかけ、嫁は家事と育児でさけびまくっていて、孫はジバニャンに夢中だという状況で、「今年の梅は遅いんじゃないか」なんて聞いてくれる人はいないのです。 ましてそれにこたえて「そうですね、去年は今頃は散りかかってましたね」という応対もない。 「今日はどうしました?」というのは、はっきりあなたの言葉を今受け取りますよ、という呼びかけです。 おそらくその日初めてそのスタンスで自分に向かってくれた相手ということになります。 何を言うかわかりませんよ。でも何かを話すはずです。それをじっと聴きましょう。 意味を捉え状況を想像して、何かひとこと言いましょう。ここで会話が成立するのです。 往、復、往、で、テニスボールはいったん受け取って相手に返されたのです。試合が成立しはじめました。 こんなことにカウンセラーの勉強も資格も要りません。 エラソーな専門家づらをして目の前に誰かがきたら蹴り倒すだけです。 聴こうとする態度だけです。 傾聴力というのはこれに尽きるのです。 まあ、相手の言っている内容を深く理解し、仮に問題があればその解決法を自分の知識経験を使ってアドバイスするというのもアリですけど。 なによりも、あなたの問題を私は聴きますよという存在がいるということが重要なのです。 自分のことは言わない。相手のことを質問し、ただ聴くのです。 教育評論家の尾木ママが言っていましたけど、登校拒否児童だとか引きこもりを救うたったひとつの魔法のことばがあると。 これを聞いて「なんだそんなこと、バカじゃん」と思うようなら、未熟者です。 それは、 「どうしたのー」 だけだ、と。これが尾木ママの経験からでた、奥義です。 引きこもりは、社会から見放されている、誰も自分を見てくれない、自分の存在価値なんてないんだ、と思っているわけです。 自分のほうで社会を拒絶して穴にこもったのだとしても、穴の中でしみじみ情けなく思っているのです。 そこで「どうしたのー」と訊いたら、あ、自分を認める人がここにいるんだ、と思う。 そのあとのことはともかく、当人がそう思ったことは、穴からそとに出られる掴み場所を握ったということになるのです。 アメノウズメノミコトが踊って皆が大笑いをして手をうっているので、外はなんだろうと扉に手をかけたのです。 私はコンサル仕事をしていますが、評価されるポイントは傾聴力以外にないと思っています。 知識も経験も、発信力とか説明のうまさというのも周辺にあるでしょうが、傾聴力がなければ一切の信頼はありません。 どんなりっぱなことでもこちらから発信したら、状況を知らんものが勝手なことを言っているとしか見えません。 なぜなら、実際に状況を知らないからです。 相手はその業務をずっとやっています。 私らが横から調べたり分析したりするよりも深いことが見えているはずなんです。 だから、「どうしたのー」なんです。「問題はなんですか」というような言い方になりますけど。 外注先が言うことをきかないとか社員が勉強がたらないとかいう愚痴を聴かないといけません。 聴きながら、これはくだらない、とか勉強がたりないんじゃないか、とか考えたらいけません。丁寧に聴くのです。 途中途中で「契約はどうなっていますか」とか「休憩時間はどういうサイクルですか」というような質問をする程度で相手が話すことのほうが長い。 相手がしゃべるためには自分の頭で事態を整理しないといけません。 こちらを理解させるために自分がまともであることを信じさせようとし、言い方を工夫します。 こちらがずっと聴いているうちに、解決策や対策が見えてくることが多い。 もちろんそれが思いつきの軽薄なものであることもありますが、それもまた聴き続ける。そうすると自分でそれにツッコミをいれだします。 自分ひとりで議論を繰り広げているようなことになります。 これだなと思うところで「それ、」と指させば、その方向にお客様は舵取りを決め、私を切れ味のよいコンサルだと評価するのです。 もちろんこちらに相手の話を理解できる教養は必要になりますから、常時何冊もの本を読んでいる必要はあります。 自分の世界を広げる努力をする必要はあります。 相手が池波正太郎のファンだとわかったら、文庫本でいいからその全部を読みとおす努力程度は必要です。 そんなもん、町の図書館にいったら無料で何冊も借りられます。 それはカウンセラー資格を取る、みたいなくだらないこととは比較にならないことです。

noname#204079
質問者

お礼

ありがとうございます。 いろいろと探すうちに体験したいことや読みたい本ができたので、そちらはやっ てみようと思いますが、それはそれとして、資格うんぬんにこだわるのは止めて おきます。 私の文章力が足りずにうまく質問できなかったにも関わらず、私が一番困ってい たことについてたくさん教えて頂けて、本当に感謝しております。 頂いたご回答をずっと忘れずに、頑張ります。 他の皆様もご親切にありがとうございました。 お陰様で前向きな気持ちになれました。

その他の回答 (3)

回答No.4

私はカウンセリングを学ぶことには意味があると思います。 傾聴は基本スキルではありますが、ただ話を聴いてさえいれば良いというわけではありません。 単なる同情ではなく、相手に共感したり、受容したり、感情を拾ったり、そういうことが自然に身についている人もいますが、苦手な人はやはり学ぶ必要があります。 また、カウンセリングの実習でクライアント役をやってみることで、相手の気持ちを実感として理解できます。 心理学を学んだり、自己理解のアセスメントをやってみることで、自分自身についての理解も深まりますし、セルフコントロールも出来るようになりますから、勉強して役立つことはあっても、無駄になることは決してありません。 ただ、カウンセラーは民間資格で、スクールも玉石混交なので、よく調べてから決めてください。

noname#204079
質問者

お礼

ありがとうございます。 民間の講座や資格はいろいろとあるようで不安でしたが、 お陰さまでやはり実際にやってみないとわからないことが多いのだと気が付きま した。 まずは傾聴やカウンセリングがどんなものか、よく調べてみたいと思います。 ありがとうございます。

  • gouzig
  • ベストアンサー率25% (536/2078)
回答No.2

「カウンセラー(臨床心理士ではない)の資格は「役に立たない」「胡散臭い」というのが一般的なイメージのようですね」 →それは不勉強な考えです。 カウンセラーや臨床心理士の最も大切なことは「傾聴」なのですよ。 決して人生相談ではありません。 もっと本質を勉強しましょうね。

noname#204079
質問者

お礼

ありがとうございます、もっと良く調べてみたいと思いました。 ネットで探すだけではいまいちわからないので、自分に合った本から探してみよ うと思います。 ありがとうございます。

  • TOTOKEKKO
  • ベストアンサー率27% (44/160)
回答No.1

何が役にたつのか、自分で選ぶ分野だと思います。 個人的な感想ですが、カウンセラー、教育心理、教育原理など、大学での講義も先生によりさまざまでした。 だから、テストではなく、役に立つ勉強の仕方と、役に立たない勉強の仕方があるように感じています。 歩きながら考えろという言葉があります。 役に立った授業もあったし、たたなかった授業もありましたが、、 役に立たない授業を受けることで、「本当に自分が求めている知識は、これではなくて何だ」 と気が付かされたこともありました。そういう意味で役に立ちました。 資格云々は、学び始めてから目標を設定すると良いかもしれません。 個人的には、、カウンセラーの勉強は、、 私は感情的に怒る方ではないのですが、 肯定することで悪化していくケースや否定することで悪化していくケースなど、 自分の性格と切り離して客観的に、作戦的に対応できた時には、、 勉強してきたことが役だったと思いました。 また、教育心理や原理の授業は、自分とは違った発散方法や、自分とはちがった理解の仕方なども、 相手に合わせて使いやすいものを準備出来たり、役に立ちました。 例えば、、数の理解というのは、3つある。 まずは、ミカンが3個、リンゴが3個、ものが3個という理解と、文字の「3」と、 1の次の2の次の3という数の構造の概念。この3つが関連付けられて理解している。 また、覚え方や忘れ方にも個人の特徴があります。 どの部分の理解が深く、どの部分の理解が浅いかにより、文字情報のメモをわたすと良い方と、 絵文字いりのお手紙やパネルの説明が良い方。 それから、、本人がお気づきではない「触覚障害」からくる不快感をやわらげて対応でき、 資格の勉強とは関係ありませんが、たまたま授業の中で同じ症例を見ていたため、 役だったと思いました。 資格云々より、まずは勉強を始めてみることをお勧めします。

noname#204079
質問者

お礼

ご親切にありがとうございます。 私は今から大学へいくことはできないので、自分で本を探すか民間の「何々講座」 というようなところで調べることになるかと思いますが、それでも自分に合うも のを探してみたいと思いました。 前向きな気持ちにさせて下さり、ありがとうございます。

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