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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:職場に馴染むのに時間がかかり、仕事能力も上がりません…)

職場での馴染み方と自信喪失の対処法

このQ&Aのポイント
  • 職場での馴染み方や自信喪失時の対処方法について相談です。
  • 職場での馴染み方や自信の喪失に悩んでいます。
  • 職場での馴染み方や自信喪失時の対策についてアドバイスをいただきたいです。

質問者が選んだベストアンサー

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noname#25230
noname#25230
回答No.2

補足です。 イケイケなノリと静かなノリ、それぞれ好き嫌いは当然ありますね。やはり。プライベートでは、前者との付き合いはどうしても私も避けてしまいます。 ただ、仕事ということに関しては、これは余り関係ないというのが実情かと思います。むしろ、仕事を通して、普通は付き合わないタイプの人たちとも交流することができるという面で、私は仕事は面白いと感じます。実際、仕事がなければ付き合わないような人たちと会話し、一緒になにかをするようになったという経験は結構あります。 ただ、いつもうまくいくかというと、そうでもありませんね。やはり仕事だけに失敗することもあれば、お互いにミスで相手に迷惑をかけたりすることもあります。逆にそれがきっかけで、一緒に問題を乗り切って仲良くなることもあれば、もう二度と話したくないような関係になることもあります。いいときもあれば悪いときもある、もしかしたら1年2年の単位で悪いときが連続するかもしれません。でも、それも貴重な人付き合いの経験だと思うんです。 何にせよ、仕事というのは、金銭的な目的も当然ありますが、会社という組織を通して、また仕事という共通の目的を通して他人と触れ合う良い機会でもあると思うんです。これをうまく利用して、人間関係に関する経験を重ねていけば、普段の生活での人付き合いが下手であっても、すこしずつ事態は変わっていくのではないかと思います。 最後に、やはり、誰とでも仲良くというのは無理です。お書きになっているとおり、やはり人間というあやふやな生き物同士の関係ですから、うまくいかない人、そりの合わない人もいます。みんなと仲良く、という変な完ぺき主義に陥ると、何も出来なくなるので気をつけましょう。 まとまりの無い文章になりましたが、何かを変えるきっかけになれば幸いです。

noname#11013
質問者

お礼

ありごとうございます。ありがとうございます。 つまづきながら、傷つきながら、お互い様々な感情を処理しながら経験を重ねていく。 そして皆と仲良くという変な完ぺき主義から少し力を抜き、自然と人が集まってくるような人間になりたいと思います。 人付き合いの大きな大きなアドバイスをいただきました。 本当に本当にありがとうございます。これ以外の適当な言葉が見つかりません。 ありがとうございました。

その他の回答 (1)

noname#25230
noname#25230
回答No.1

受身過ぎる感じがあります。 「居場所を見つけられない」とありますが、居場所は見つけるものではなく、作り出す、みずから確保するもの、という考え方はできませんか?もちろん、運がよければ居心地の良い居場所、仲間が転がり込んでくることもあるでしょうが、いつもみんながそういう目に遭えるとは限りません。みなさん、仲間作りや自分の能力を生かして存在感を確保するなどといった努力をやっています。 自分の力を仲間や職場、果ては会社のために活かして貢献することなく、周りからそれなりの敬意と賞賛、仲間としての意識を確保することは無理です。それを望む人は嫌われますし、いじめられます。 人のことより、まずは自分自身のことを気にすべきではありませんか?自分は何が出来るのか、今の自分にできる精一杯のことを職場にぶつけ、貢献してこそ、相手は「彼/彼女はこういう仕事ができるのだ」「この人にはこれを任せても大丈夫だ」といった信頼を得ることができるのです。 自分があってこそ、その周りに自分を取り巻く環境が気づきあげられるのです。居場所は、相手の周囲にできるのではなく、自分の周囲にできるものだと考えられませんか?周りの人は、あなたの周りにしっかりとした土台が見えたとき、はじめて「あなたという人が居るんだ」ということを認識してくれ、意識してくれるのです。何もせず、じっとしている人の周りには何もありません。周りの人はあなたを嫌っているのではなく、あなたを意識する必要がないだけなのではないですか?

noname#11013
質問者

お礼

とっても説得力のあるわかりやすいアドバイスありがとうございます。 居場所は作るもの。 教えられました。ないではなく見つからない、と前向きになっていたつもりが、前者は与えてくれない後者は自分で探しているという意味で受身ではないと思い込んでいました。 「作り出す」というもっと進んだ考え方ですね。 「ない・見つからない」なんて言い方が違うだけだと思い知らされました。 自分では努力していたつもりが、その努力がいつも「仕事」に重点を置いていた気がします。仕事場だから仕事と。これが生真面目と紙一重なのかな。 良い意味での仲間作りが重要とは思っていても、仕事もできないのに同僚や先輩後輩と仕事以外の話をしたり無意味に盛り上がったりなんていけないことだと思ってました。 色々考えすぎて、あれもこれもと焦ったり、空回りしたり、落ち着きをなくしたり。 お給料をもらって仕事をしに行っているとはいえ「仲間作り」の努力が仕事の上での努力より大切だったのかもしれません。 ただ、人間相手なだけにいわゆる'肌が合わない'ってあると思いその点が怖いというか。 極端に言えば、イケイケの人と落ち着いた静かな人の場合最初から、 イケイケの人は「なんか違うから苦手」静かな人は「きつそうだしテンポが違いそうだから苦手」と暗黙の内にある程度グループ化されていると感じるのは、まだ意識改革が足りませんか。 そこから歩み寄っていくって、職場での人間関係では相当の時間と努力と根気が要るような。ここの努力が足らないのかな? 根本的にまだ間違っていますか。もし間違っていたら、今後の為どうかどうかご指摘願えませんでしょうか? 正職員時代は確かに存在感はない方だったかも。 仕事はバリバリではありませんが、自分で見つけ自分で静かにやっていたとは思ってます。なので逆の意味では存在感はあったかもしれませんが。 ただ総務の女性が皆人事にまで力が及んでいて、社全体を自分の友達や後輩を建前上は公平にでも9割コネ入社させていて(その上実業団かと思う位社同士の親睦チームまで作っていました)、居られなくなり退職せざるを得ませんでした。私だけではありません。 この事も必要以上に、人間関係に気を使ってしまう一因かも。(すいません余談でした)。 とにかく気付いていない部分に気付かせて頂き、感謝いたします。

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