入試現代文の弊害ですか?
4月から大学2年になる者です。
ここ1年以上非常に困っていることがあります。それは、「文章(文芸的・論理的なもの両方)が読めなくなっている」ということです。とても説明しにくいのですが、文章の「内容」がなかなか頭に入ってこないのです。ひどい時は「○章…」などの題名・章名などが頭に入らないときもあります。「内容」が頭に入ってこないので何度も同じ部分を繰り返して読んでしまうのです。「集中できてない」とか「文章自体が難しくて理解できない」のかもと思いましたが、「内容が頭に入ってこない」のであって「内容が理解できてない」わけではないのです。「書いてあることの意味」は理解できています…。自分の「感覚」の話なので非常にわかりにくいと思いますが…。
大学生なので学問の専門書とかも読みますし、趣味で小説や書籍をよみます。でも、こんな感じでいつも本が先に進まず、かなり気が滅入ります。
中学生のときはこんなことなどなく、色々な本をたくさん楽しんで読んでました。こんな感じなので、最近はもう読書に意欲がわかなくなってきました…。初めは「自分の頭が本も読めないくらいおかしくなってきているのではないか」などと真剣に考えたりもしましたが、考えてみると高校に入ったばかりの頃は中学のときのように楽しんで本を読んでいたのです。私の高校は進学校で低学年時から高度な現代文の文章を授業のときに読まされてました。それは学年が上がるにつれてより高度になっていき、最終的には大学入試につながっていました。
入試現代文でよりよい点数を取るために文章を読むテクニックを教えこまれ、そのテクニックを使って大量の文章を読み込ませる演習を繰り返したために文章の「内容」を無視したうわべだけの読解が身についてしまったのかもしれません。こんな風に文章の内容が頭に入ってこなくなり悩みだしたのは高校3年の秋くらいからだと思います。
これは入試現代文の弊害でしょうか?
お礼
ありがとうございます。助かりました。