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鬼子母神の秘話とは?それが子授かり、安産、子育ての神として祀られる理由
- 鬼子母神は元々夜叉として恐れられていましたが、釈迦によって改心させられました。
- 鬼子母神は可愛がっていた末娘を釈迦にさらわれ、それに対する怒りと悲しみから改心しました。
- 改心後、鬼子母神は仏法に帰依し、子授かり、安産、子育ての神として祀られるようになりました。
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弱ったな~。 私が下手な説明するよりは、 原文と日本語訳を見てもらった方がいいのでしょう。 仏説鬼子母経 http://www.kagawa-konzouji.or.jp/okaruten/image/kishimokyo.pdf これを読めば、その経緯が分かってもらえるのではないでしょうか。 それから、 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E5%8F%89 も、よろしかったら読んでください。 鬼子母神は夜叉で、もともと、生命や豊穣と関係するインド土着の女神です。 インドにアーリア人が侵入し、それと伴って、鬼神にされちゃった哀れな女神さまです。 元々、そういう女神さまなんですよ。 ということで。
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- NemurinekoNya
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お礼、ありがとうございます。 仏説鬼子母経は、大正大蔵経DBによりますと、密教部に収蔵されているので、密教経典となるのでしょう。そして、形式と内容から、さらに密教を純密と雑密とわけると、雑密に入ることになります。 雑密は http://kotobank.jp/word/%E9%9B%91%E5%AF%86 さらに、 仏説鬼子母経は、 キサー・ゴータミーの伝説 や アングリマーラの伝説 の話を下敷きにして作成されているのであろう、という気がします。 キサー・ゴータミーの悲しみ http://www.teishoin.net/someya/howa12.html アングリマーラ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A9 仏教が異教の神をその内部に取り入れ、組織・体系化する上でのことなので、 説明に困ってしまうんですよ。 かなり無理があります。 ただ、相手は人間ではなく、鬼神とは言え、人間を超越する神であるということだけは、考慮に入れておくべきなのでしょう。 特に夜叉は、自然の勢力を神格化した、ヴェーダ以前から存在するインド本来の土着の神であり、人々に恵みとともに災いをもたらします。 これには、人間の道徳や都合、論理は整理しないので、 神に人間の論理などを当てはめていけないのでしょう。 歯切れの悪い回答になってしまいましたが、 少しでもお役に立ちましたら、望外の喜びであります。 ではでは。
お礼
再度の情報提供ありがとうございます。古代インドの精神世界はロマンの香で誘われそうですが、とてつもない長時空の彼方の世界なので短時間尺度の頭の私にとって気後れする対象でもあります。そうした時、理系の私ですので、宇宙ビッグバンの宇宙物理学を想起し、古代インド精神世界と云っても宇宙時間ではたかだか0.00...01秒前の世界ではないかと訳の分からない理屈で精神バランスを維持し、気後れしないようにしています。機会があればヴェーダのページも開いてみたいと思います。どうもご紹介ありがとうございました。
- kurinal
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SafetyFirst様、こんばんは。 「昔話」のうち、面白いものほど、宗教にも採用されているとか。
お礼
アドバイスありがとうございます。宗教は教祖が確立したものから時代とともに職業宗教化した教団組織(教団経営)の都合、即ち信徒獲得という目的で本来原典で意図されない勝手な解釈・方便・創作による枝葉が付けられるようです。これは世界のどの宗教でも同じだと思います。キリスト教、イスラム教、仏教の3大宗教も後世に無数に枝葉宗派が発生し、ひどいものはオーム真理教、イスラム国のように神の名を掲げて無実の人を殺傷するモンスターになってしまいました。鬼子母神の神話はそれらとは異なり、時代の宗派の他愛もない(でも都合のよい)土着神話の取り込みのようですね。惑わす宗教の虚飾は困ります。個人的には本物であれば飾る必要はないと考えます。どうもありがとうございました。
お礼
早速のアドバイスありがとうございます。仏説鬼子母経なるものがあるのを初めてしりました。原文と和訳を読まさせて頂きました。問題は子供喰いという想像を絶する極悪非道の大罪を犯しながら、悔い改め、仏法に帰依すれば鬼も神化され、祀られるという話ですね。釈迦が紀元前500年、釈迦の言葉が文字化され仏典となったのが紀元も初期の頃との理解です。また釈迦の仏教は本来哲学的な悟りと理解しており、釈迦以前からのバラモン教、土着信仰とは根本的に異なるものとの理解でもあります。仏教はその後バラモン教(後にヒンズー教?)との競合、さらに西洋から流れてインドにも到達していたキリスト教との競合にさらされて、信徒確保・拡大のために仏典化するときに手段としてバラモン教、キリスト教、土着信仰、民話を取り入れていき、この鬼子母神の話もそうした布教の助けとなる融合創作が加えられたのではなかろうかという心境になっています。嘘も方便は釈迦が本当にいったのかは知りませんが、仏法に帰依するという目的が達成されるなら鬼子母神の話は大罪を犯したものですら神の列に加えられ、祀られるという嘘は大変有効な布教拡大の方便だったのでしょうね。(曲解であればご容赦)鬼子母神に限らず、多くの仏教経典は同類の布教促進手法で本来ないものが加わって原点から時代とともに乖離し、大乗仏教、密教などに形を変えましたが、それが本来の教えを分かり辛い複雑なものとし、一貫した論理性が見えなくなった原因のような気がします。そのためバラモン教の流れを汲むヒンズー(民話風で論理はないが楽しく、わかりやすい)に負け、インドで仏教は衰退したのではという理解です。キリスト教、イスラム教などの世界の宗教はいずれにせよこの形の時代進行の風化や宗教組織での創作は進行したと思っています。今回の質問の目的は単純にこの鬼子母神の話の原典を知りたかったこと、そして原典でこの途方もない落差のいきさつが述べられているかを知りたかったことで、NemurinekoNya様の原典ご紹介で目的は達せられました。結果はやはり詳細のストーリーはありますが、大きな落差の下りは書かれていませんが、そのことにより、一層、布教目的の方便であることがわかった気がします。しかし日本にも多くの鬼子母神を祀る場所があり、文化としては微笑ましい気がしますし、癒し機能は立派に果たされているという気がします。どうも原典のご紹介、ありがとうございました。(ちなみに私の家系は浄土真宗で、葬儀のときには大変仏教にお世話になっています。また宮沢賢治フアンなので法華経にも敬意を表しています。)