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恋愛マニフェストのメリットとデメリット
- 恋愛マニフェストは、相手を束縛するものではなく、パートナーを尊重するためのガイドラインです。
- マニフェストは、定期的な外食や旅行、コミュニケーションの重要性を強調しています。
- しかし、相手の自立や個性を損なう可能性もあるため、相談者は注意が必要です。
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質問者が選んだベストアンサー
こんにちは。法則占い師のマオと申します。 お悩みと、これまでの質問者様と回答者様のやりとりを拝見しました。 『恋愛マニフェスト』とてもユニークな考え方だと思います。 質問者様のおっしゃりたいことが、回答者様にきちんと伝わっていなくて、誤解を招いているようにお察ししました。 自分とお付き合いしてくれる女性が、男性に対して勝手にいろいろと夢見たり期待したりして、それを果たしてくれないという理由で、恋愛関係が後にこじれてしまうくらいならば、自分ができること、すべきだと思っていることをハッキリ相手に知ってもらい、その上でお付き合いをした方が誠実だし、相手にとってもメリットがあるということですよね? 「いい人だと思って付き合ったら、暴力癖のある男性だった」なんていう悲劇が起こりにくくなるでしょうし、「付き合ったら当然こうしたことはすると思っていたけれど、お互いの考え方が違って大げんか」というトラブルもなくなるように思います。 ただ、結婚に対してなら、もしかしてあり得ることかもしれなくても、恋愛というのは自分でも理屈の通らないことをしてしまう、という一面があるように感じるのです。 それからおそらく、多くの日本人は「なんとなくわかるだろう」「そのくらいわかってよ」という、空気を読むということを重視しているので、質問者様のように、物事をハッキリと具体的に決めるのが苦手のように思えます。 外国とのつながりがあり、様々な苦難を乗り越えた経験から、恋愛に「マニフェスト」が必要と思えるのは、当然とお察ししました。しかし、日本人にはあまり理解されにくいのかも知れません。 私のご意見が、少しでもお役に立てば幸いです。
その他の回答 (21)
- gouzig
- ベストアンサー率25% (536/2078)
No.21 gouzigです。 補足コメントを読みました。 このコメント内容は、あなたの気持ちを冷静に率直に書き綴ったものと感じましたよ。 民族差別の問題意識は、日本だけでなくパレスチナ、クルドをはじめとして世界中にあり、あなたと同じ気持ちで戦っていますからね。 私は66年の人生を、ただただ裕福になることだけを目的に生きてきたわけではありません。 むしろ、日本人の中で差別を含めた様々な理不尽さを感じつつ、それらを出来る範囲で指摘してきた人生です。 今でも、友人、地域での活動で差別問題に取り組んでいます。 話を戻しますが、あなた自身の考えで闘って生きていくことを妨げつつもりはありません。
お礼
コメントありがとうございます。 わたし自身は、「闘い」ながらも、どうすれば恋愛と縁ができるのか、そのための「道」を求めながら生きています。しかしながら、比較的長い年月が経ってしまったこともあって、わたし自身、もう、どうしてよいのか、わかりません。 死ぬ前に、「一度でよかったので、デートしたかった、彼女がほしかった」と言って死ぬつもりでいます。知的好奇心は、求められるまで求めていますが、それだけでは、わたし自身は満足しません。色恋も、手に入れたいと思うようになりましたが、もう、なかば無理な状況です。 ひとりでも、少しの間だけでも良かったので、彼女がいただけでも、わたしの人生は、まったく変わったものになったのだと思います。そう思うたびに、都会の繁華街で多くの人々を殺傷した若者、さらには、人気漫画家を脅迫した若者、さらには、テロリストの「心理」でさえも、スケスケになってしまうのです。 あなたには、きっと、眼がふたつあるのだとおもいます。しかしながら、あなたがほんとうにもっている「眼」は、たったのひとつ。もうひとつは、偏見や差別感情という言葉によって、あなた自身が、みずからの手で、つぶしたものです。 でも、わたしは、誰もがつぶしただろう、もうひとつの「眼」を大切にしてきました。そして、さまざまなことを学ぶことができました。 いろいろと、出来ることはありますが、それでも、色恋と縁がないということは、「周囲」の「眼」に問題があるのです。そのことに、気がつかない、それを、認めようとしない人々は、少なくありません。 あなた「も」です!
- gouzig
- ベストアンサー率25% (536/2078)
No.17 gouzigです。 補足コメントを読みました。 私は日本人の中に差別意識があることを隠そうししていません。 このサイトでも差別発言は毎日のようにあります。 私の友人に在日朝鮮人、在日韓国人、インド人などもいて、差別があることは十分に分かっていますよ。 そういう社会にあって、あなたが幸せになるために、考え方や生き方を伝えようとしているだけです。 でも、あなたの心は恨みでいっぱいなのでしょう。 恨みと怒りを日本人にぶつけることで、自らのアイデンティティーを保ちたいのでしょう。 この質問もマニュアルうんぬんではなく、恨みと怒りをぶつけるのが目的なのかもしれません。 しかし、恨と怒りのエネルギーで生きても、多分幸せはどんどん離れていくと思います。 どのような人生になっていくか想像できますが、それはあなたが望んでいるのでしょう。 私はあなたと議論することが目的ではなかったのですが、あなたがそこまで云うのであれば、私のアドバイスは必要ないのでしょう。
補足
コメントありがとうございます。 >私の友人に在日朝鮮人、在日韓国人、インド人などもいて、差別があることは十分に分かっていますよ。 そういう社会にあって、あなたが幸せになるために、考え方や生き方を伝えようとしているだけです。 では、あなたは、わたしにたいして、「差別」の問題を、ただ単に「あたりまえのもの」として、受けいれるべき、と提案したいのでしょうか。そして、こういったことがあっても、いちいち「目くじら」を立てずに、「波風」を立てずに、「ガマン」しろというのでしょうか? ここでいう「ガマン」とは、“gaman”とは似て非なるものです。つまり、「泣き寝入り」を強要するようなものです。あなたは、わたしが「ハーフだから彼氏にすることはできない、家族がそれを許さない」と言われたことにたいして、みずからの友人のケースを挙げて、わたしに「泣き寝入り」をしたほうがよい、というのが、あなたの提案なのでしょうか? >そういう社会にあって、あなたが幸せになるために、考え方や生き方を伝えようとしているだけです。 以前、このようなアドバイスをいただきましたので、リンクを付けます。 「日本を語る「立場」,「資格」」―回答番号#7 (http://okwave.jp/qa/q8185481.html) “そんな人に一人一人抗議する事より、私には素晴らしい時間を謳歌する権利のほうが、より大事でありそれが私の生きる目的である。” こういった、とても素晴らしいコメントをいただきました。 しかしながら、それからしばらく時が経ち、いまの日本社会においては、民族差別の問題が深刻化していることが、マスコミによる報道や、国連による指摘、さらには、学識経験者らによる指摘で、明らかになっています。 そういった社会事情のなかで、差別の問題とは「距離」をおいて、生きるべきなのでしょうか? >でも、あなたの心は恨みでいっぱいなのでしょう。 恨みと怒りを日本人にぶつけることで、自らのアイデンティティーを保ちたいのでしょう。この質問もマニュアルうんぬんではなく、恨みと怒りをぶつけるのが目的なのかもしれません。しかし、恨と怒りのエネルギーで生きても、多分幸せはどんどん離れていくと思います。 わたし自身は、日本人のアイデンティティも分かちあっています。そういった立場で、日本人を「恨む」ことは、とても心苦しいことです。確かに、これはとても難しいことで、表現することは難しい、さらには、心の底から恨んでいるかというと、非常に冷静なまなざして事をみているわたし自身もいるという、「不安定な立場」にあるのです。 おそらく、あなたも、そして、ほかの、大多数の日本人にとっては、わたしが単に「日本嫌い」、「反日主義者」であると理解したほうが、理解しやすいのだと思います。 「愛」と「憎しみ」、これがふたつ、両立するような状態なのですから、とても辛いのです。そして、これが、恋愛やら結婚やらで、「ハーフとはつきあいたくない」、「ハーフとは結婚したくない」などと言われると、それが一度であっても、何度も言われても、とても辛い経験なのです。外国につながりがある立場であることを理由に「否定」されること。さらには、おなじアイデンティティを分かちあっているにもかかわらず「否定」されること。これらは、ほんとうに辛いものです。 >しかし、恨と怒りのエネルギーで生きても、多分幸せはどんどん離れていくと思います。どのような人生になっていくか想像できますが、それはあなたが望んでいるのでしょう。 わたし自身は、こういった問題―結婚や恋愛にかんする、差別の問題など―については、「傍観視」する意思はまったくありません。「闘い」が必要であれば、一生闘わねばならないと、受けとめています。それは、わたしがアメリカ社会のマイノリティの歴史を学び、「闘う」人々の存在を、知っているからです。日本社会においても、「闘う」ことは必要だと思います。そして、そういうことを理由に、わたしが不幸せになる、ということではないと受けとめています。 「ハーフとはつきあいたくない」、「ハーフとは結婚したくない」というふうに、相手から言われてしまうと、これは単なる恋愛やら結婚の問題ではなく、「反差別」といった文脈のものになります。それは、こういった「悲しいこと」が、わたしの次の世代の人々に降りかかってほしくないという、わたしの「強い意思」によるものです。 わたし自身だって、幸せにはなりたいのです。でも、「ハーフだから彼氏にはできない、家族が許さない」などと、そういったことを言われた「過去」がある以上、わたし自身には「闘う」義務があるのではと痛感するのです。 あなたのように、大多数の日本人にとっては、こういった「生き抜く為の戦略」は、きわめて不自然なものだと思います。 わたしは、「過去に日本人によって傷つけられたこと」を背負いながら、それをみずからの力で「癒し」ながらも、恋愛をする「方法」を探さなければならないと受けとめています。「マニフェスト」をつくったのは、「苦渋の判断」があったのです。日本社会という、多くの人々が同質性や同調性を盲信してしまう社会のなかで、いかにして生きるべきなのか。 もしも、あなたの周囲の、すべての人が、赤い色のボールを持っているとしましょう。しかしながら、あなただけ、青い色のボールをもっています。そんなとき、あなたはどうしますか? 青い色のボールを大切にしますか? それとも、ペンキなどで、赤い色に塗りますか? きっと、多くの人々はこういったことにたいして、あまり強い関心を示さないのだと思います。なぜならば、「波風」を立てるから。でも、わたしには、それができません。それについて、とことん究明しないと、納得できるまで「勉強」しないと、わたし自身が許さないからです。それは、ある種の「知的好奇心」でもあります。 あなたからのコメントについては、真摯な態度で受けとめたいと思います。こういった問題については、非常に語りにくい問題です。しかしながら、何とかして、語らなければなりません。ここまでくると、日本人にたいする偏見だと言われかねませんが、「口下手」である日本人のアイデンティティをもっていることが、非常に恨めしくなってしまうのです。
- bari_saku
- ベストアンサー率17% (1827/10268)
>日本人が、「おまえらが全員、前田日明氏や、長州力氏のような存在になれば、日本人は誰ひとりとして、在日コリアンの人々にたいして文句など言わない!」、と在日コリアンの人々にたいして言うようなことだと思います。また、アメリカ社会を例にしたら、アフリカ系アメリカ人の人々にたいして、「お前ら全員、ブライアント選手やら、トーマス判事、あるいは、ライス元長官のような人物になれば、誰もお前らのことを差別したりはしない!」というセリフになることでしょう。 今回は意図は理解しましたが、この例はいただけないですね。 他にもっと適切な表現はなかったのですか? もしあなたが他意なくこのようなことを実社会で言っているのでしたら、周囲から敬遠されていても不思議ではないと思うのですが、いかがでしょうか。ご友人はいますか? >不運ななことに、わたしは、恋愛においては、とても非力な存在です。上に挙げた、「すごい人々」のようにはいきません。となると、非力な存在であるがため、そのための「戦略」が必要なのです。わたし自身が考えた「マニフェスト」とは、非力であるがために、「つくらざるをえなくなったもの」といった側面もあるのです。 恋愛において「すごい人」である必要は全くありません。 普通の人であればいいのです。普通の人がたくさん結婚しているんですから。 恋愛弱者→恋愛達人 まで偏差値を上げる必要はなく、恋愛弱者→平均よりちょい下 くらいまで持っていけば十分でしょう。 高嶺の花の女性以外は嫌というなら、それ相当の努力が必要でしょうが。 で、ピアノの話に戻りますが、練習といってもプロレベルまで持っていく必要はないし、曲も小さい手でも弾ける曲を選べばいいだけの話であると思います。
補足
>今回は意図は理解しましたが、この例はいただけないですね。他にもっと適切な表現はなかったのですか?もしあなたが他意なくこのようなことを実社会で言っているのでしたら、周囲から敬遠されていても不思議ではないと思うのですが、いかがでしょうか。 これが、マジョリティの日本人の「ホンネ」ではないでしょうか? わたし自身のホンネではありません。 わたし自身が、マイノリティという立場で日本社会のなかで生きていくためには、これくらいの「エネルギー」が必要なのです。ハングリー精神、そういったものがないと、生きていくことは、とても難しいのです。 >恋愛において「すごい人」である必要は全くありません。普通の人であればいいのです。普通の人がたくさん結婚しているんですから。恋愛弱者→恋愛達人 まで偏差値を上げる必要はなく、恋愛弱者→平均よりちょい下 くらいまで持っていけば十分でしょう。高嶺の花の女性以外は嫌というなら、それ相当の努力が必要でしょうが。 それは、表面的な部分のことであり、日本社会でいうところの、日本人が語るところの「タテマエ」でしかありません。そして、日本人は、誰しも、他者に「完全」、「完璧」を要求します。このことを、あなたは十分に理解していないのではないでしょうか。 おそらくは、あなたは「モテない人」の心理を、十分に理解していないのだと思います。さらには、「モテない人」にたいしては、「モテない人」に責任なり理由があるとして、「モテる側」に寄り添うことを「強要」してもいますね。そういった「まなざし」の持ち主だからこそ、 「日本人が、「おまえらが全員、前田日明氏や、長州力氏のような存在になれば、日本人は誰ひとりとして、在日コリアンの人々にたいして文句など言わない!」、と在日コリアンの人々にたいして言うようなことだと思います。また、アメリカ社会を例にしたら、アフリカ系アメリカ人の人々にたいして、「お前ら全員、ブライアント選手やら、トーマス判事、あるいは、ライス元長官のような人物になれば、誰もお前らのことを差別したりはしない!」というセリフになることでしょう。」、 とコメントしたのです。 あなたは、マジョリティのことにしか、関心がないし、理解もしない。 マイノリティのことなど、ひとつも、理解しようとしない。 表現は悪いのですが、「行動する保守」的なものの考え方に感化されたのではないでしょうか?
- onbase koubou(@onbase)
- ベストアンサー率38% (1995/5206)
●「ハーフ」であることを理由に、「拒否」されるわけです ○質問者さんが今までに出会った女性のどれだけの人からそのようなことを言われたのでしょうか。 たまたま一人の女性、あるいは外国人への差別意識の強い地域での話であれば一般化は出来ません。 ●「お兄ちゃん」よばわりされ、たいへんこまる ○質問者さんがその女性を真に同胞として助けていたならそんな思いにはならなかったはずですね。「恋愛に発展させたい」という下心があり、それをハーフであることを理由に断れたから「可愛さ余って憎さ百倍」になったのでしょう。 ●あまりにも、「無責任」極まりないコメントではないでしょうか ○質問者さんがハーフであり、そのことを理由に振られた経験があり、それを言い訳に心を閉ざしたことは最初には書いていなかったのでわからなかったことです。 その点においても質問者さんはコミュニケーション力が不足していることがわかります。 それがハーフであることに由来するのか、質問者さん個人の資質によるものなのかはわかりません。 いずれにせよ言い訳をしても現実が変わってくれるはずもありません。またハーフである人がすべて質問者さんと同じような立場になっていないのですからご自分で環境を変えていくしかないように思われます。
補足
差別の経験は、一度だけであっても、それが複数回だけであったとしても、それは「重要な経験」になりますが、あなたはこのことを、まったく理解していません。 >たまたま一人の女性、あるいは外国人への差別意識の強い地域での話であれば一般化は出来ません。 こういったコメントがでるということは、あなた自身、「日本社会には差別がない」ことを主張したいのでしょう。あるいは、日本社会における差別の問題が社会の問題ではなく、たんなる個人の問題であることを「主張」したいのでしょう。 >「恋愛に発展させたい」という下心があり、それをハーフであることを理由に断れたから「可愛さ余って憎さ百倍」になったのでしょう。 まったく違います。あなたは、わたしにたいして、いろいろとアドバイスをされていますが、この時点になっても、わたしが書いたことを理解していないようです。 >質問者さんがハーフであり、そのことを理由に振られた経験があり、それを言い訳に心を閉ざしたことは最初には書いていなかったのでわからなかったことです。その点においても質問者さんはコミュニケーション力が不足していることがわかります。 このことを最初に書くと、日本人がどのように「反応」するのか、あなたは理解していないようです。わたしなりの「対日本人戦略」があって、こういった書き方にしました。あなたは、きっと、日本人であるとは思いますが、そうであるのならば、日本人のくせに日本のこと、日本社会のことを、まったく理解していない人間になると思います。「知的水準」が問われることでしょう。 あなたは、「抑圧された人々」、「差別された人々」の心理を理解していないのだと思います。わたし自身、これまでに、日本人からは、さまざまな「悪い仕打ち」を受けてきました。日本人のことは、正直なところ、1000年間にわたって「恨みたい」ところですが、わたし自身も日本のアイデンティティを分かちあっていますので、そういった幼稚なことはしません。さらに「巧妙なこと」をやります…。 恋愛は「個人」の事情も大きく左右されますが、社会的な部分について、あなたは見落としている部分がたくさんあると思います。そこに目をつけずに、やれ個人のことだとか、コミュニケーションのことだとか、「個人」を押しつけましね。そういった人のコメントなり、アドバイスは、まったく役に立つものではありません。あなたは、いろいろとアドバイスしてくれましたが、まるで時間の無駄になってしまったような印象があります。それは、あなた自身によるものではなく、あなた自身が恋愛にたいして、個人的な部分だけに「固執」したことが原因だと思います。 あとは、「傷ついた人々」の心理を、あなたはあまり理解していませんよね。わたし自身、アメリカ社会のマイノリティの歴史の研究をやっていたこともあって、「傷ついた人々」の存在にたいしては、とても細かな注意を払い、神経を使って、向きあうようにしていますが、あなたh、こういった点については、まったくもって「無神経」だと思いますので、こういったことをわたしが説明しても、理解してくださるまでに、たくさんの時間を要することになるでしょう。
- gouzig
- ベストアンサー率25% (536/2078)
No.16 gouzigです。 補足コメントを読みました。 「あなたは、これを共感を得ることを目的に書いたのでしょうか。それともわたしが経験したことを中和させたいがために、このようなことを書いたのでしょうか」 どちらでもありませんよ。 あなたの場合も私の親友も相手の女性にとっては同じ理由だということです。 あなたは差別ととらえていますが、差別ではないのです。いろいろ考えた末に選ばなかったのです。 しかし、愛はあるが親や親戚が許さないというような理由にしたのです。 あなたはそれを差別と認識したのですが、実はあなたへの愛がそれほど強くなかったということです。 それぞれの彼女があなたと私の親友と逆に入れ替わっても多分同じ結果になったでしょう。 差別だと思ってきたことが、実は自分への愛がそれほどでもなかったというほうがあなたにとってはショックかもしれません。 しかし、恋愛、男女の愛とはいえ、いざ結婚となれば、経済力や家柄など天秤にかけるものです。 それはよくあることだと伝えたかったのです。
補足
>あなたは差別ととらえていますが、差別ではないのです。いろいろ考えた末に選ばなかったのです。 では、なぜ、「ハーフはいやだ」という発言になったのでしょうか? ほかの言葉があったはずです。あなたは、おそらくは、いわゆるマジョリティの日本人ですから、こういったことを「差別ではない」と主張したいのだと思いますが、当事者としては、これは「差別」です。あなたは、きと、「異質な他者」という立場で、日本社会のなかで生活をしたことがないのだと思います。 >差別だと思ってきたことが、実は自分への愛がそれほどでもなかったというほうがあなたにとってはショックかもしれません。 あなたは、こういったことを差別ではないと「強調」しますが、わたし自身にとっては、「差別」そのものです。あなたが言わんとすることは、「日本社会には差別は存在しない」という、ある種の、歴史修正主義者のようでもあります。あなた自身にとっては、これを「愛情」の問題であると受けとめていますが、こういったことは「差別」の問題でもあります。 きっと、あなたは日本社会のなかで生活をしていながら、同和地区につながりをもつ人々、在日コリアンなどの、在日外国人の存在を「無視」したいのではないでしょうか。あるいは、意識的に、彼ら、彼女らの存在を「黙殺」したいのだと思います。わたし自身は、外国につながりをもつ日本人です。外国につながりをもつことを理由に、日本人からはいろいろな嫌がらせを受けてきましたが、こういった嫌がらせの問題も、あなたの主張するところの「愛情」やら「人間関係」の問題になるのでしょうか? こういったことを別の言葉で表現すると、あなたは、いじめの被害者にたいして、「あなたがいじめられたことには、理由がある。いじめられたほうが悪い。」という意見をつきつけるのでしょうか? あなたは、きっと、表向きには善人なのでしょう。しかしながら、このようなコメントがあったということは、あなた自身、差別や偏見といった問題が、どれだけ社会に悪影響をもたらしているのかを、あまり理解していないのだと思います。 「愛情の問題」というカワをかぶり、その「真の姿」は差別擁護者。それが、あなたではないでしょうか。いろいろと、ありがたいコメントをしてくれたにもかかわらず、こういった発言のひとつによって、あなたのアドバイスは、「無駄なようなもの」であると思いました。
- gouzig
- ベストアンサー率25% (536/2078)
No.12 gouzigです。 補足コメントに「では、どういったやり方で恋愛を学べば良いのでしょうか。ナンパ塾やら、キャバクラ、恋愛塾のようなものがあるかどうかはわかりませんが、そういったところに足を運んで授業料を払ってください、身銭を切ってください、ということでしょうか。あるいは、合コンなどに行きなさい、ということでしょうか」 学ぶというのはそういうことではなく、経験の積み重ねだと思いますよ。 時間をかけて少しずつです。 回答14の方の最後の文章の通りでしょうね。 また、回答14へのあなたの長いコメントも読みました。 学生時代の経験、それはあなただけでなく日本人同士でもよくありますよ。 地方から出てきた貧しい男子学生が東京生まれのお嬢さん女子大生と恋仲になり、彼は結婚も真剣に考えていましたが、4年後に彼女は地方の貧しい家柄の彼と結婚する気持ちがなく別れました。 彼の落ち込みようは大変なものでした。 その彼は私の親友でした。
補足
>学生時代の経験、それはあなただけでなく日本人同士でもよくありますよ。地方から出てきた貧しい男子学生が東京生まれのお嬢さん女子大生と恋仲になり、彼は結婚も真剣に考えていましたが、4年後に彼女は地方の貧しい家柄の彼と結婚する気持ちがなく別れました。彼の落ち込みようは大変なものでした。その彼は私の親友でした。 あなたは、これを、「共感を得る」ことを目的に書いたのでしょうか。それとも、わたしが経験したことを<中和>させたいがために、このようなことを書いたのでしょうか。 「あなたが差別にあったことを認めるが、ほかの人々についても、似たようなものだ。」 このようなことを書くときには、細心の注意が必要となります。なぜならば、このような主張は、 「慰安婦のよう制度は、ほかの国にもあったのではないか。公娼制度とは関係がないのか。そして、なぜ、日本ばかりがいつも非難されるのか。」 といった主張に類似するからです。このような<主張>は、議論をするためのものというよりかは、自分自身の立場を悪くしてしまうようなもの、別の言葉で表現すると、自分自身の首を絞めてしまうようなものです。 わたし自身が実際に経験したことを<中和>させたいのならば、その「意図」は、どういったものでしょうか? 「日本社会はあなたが考えているほど悪くはない」とか、極端な考え方ではありますが、「日本社会には差別などない」という主張をしたいがために、あなたは、わたしが実際に経験したことを<中和>させたいのでしょうか。
- bari_saku
- ベストアンサー率17% (1827/10268)
>こういった指摘は、「スクリアビンのようになりなさい!」といった指摘になりかねないと思います。世の中の人、すべてがスクリアビンということではありません。左手が文字通り「跳躍」する練習曲を作曲したり、エクスタシーを交響曲にしたり、そういった「クリエイティヴィティ」をみんながみんな、もっているわけではありません。「小さい手でも弾けるようにたくさん練習をする」というアドバイスは、恋愛ができない人にたいして、やれ合コンに行きなさい、出会い系サイトに登録しなさい、そういったアドバイスになりかねないのではと思います。 「スクリアビン」という人を私は知りません。 ネットで検索しましたが簡単な経歴しかヒットしなかったので念のため聞きます。 あなたはこの人をどのような意図をもって例として出しましたか? >では、どういった「方法」で恋愛を学ぶべきなのでしょうか? ほかの回答者様のコメントにも関連しますが、「レンタル彼女」にでも頼りなさい、ということでしょうか。 「レンタル彼女」も知りませんでしたが、こちらは検索して何となく理解できました。 それも一つの方法だとは思います。 レンタル彼女と楽しいデートをするのではなく、あなたの行動一つ一つをチェックしてもらい、徹底的にダメ出しをしてもらうというのなら有効だと思います。
補足
>「スクリアビン」という人を私は知りません。 ネットで検索しましたが簡単な経歴しかヒットしなかったので念のため聞きます。 あなたはこの人をどのような意図をもって例として出しましたか? わかりにくかったことを、お詫びします。 では、こういった例にすると、わかりやすいでしょう。 日本人が、「おまえらが全員、前田日明氏や、長州力氏のような存在になれば、日本人は誰ひとりとして、在日コリアンの人々にたいして文句など言わない!」、と在日コリアンの人々にたいして言うようなことだと思います。また、アメリカ社会を例にしたら、アフリカ系アメリカ人の人々にたいして、「お前ら全員、ブライアント選手やら、トーマス判事、あるいは、ライス元長官のような人物になれば、誰もお前らのことを差別したりはしない!」というセリフになることでしょう。 不運ななことに、わたしは、恋愛においては、とても非力な存在です。上に挙げた、「すごい人々」のようにはいきません。となると、非力な存在であるがため、そのための「戦略」が必要なのです。わたし自身が考えた「マニフェスト」とは、非力であるがために、「つくらざるをえなくなったもの」といった側面もあるのです。
- onbase koubou(@onbase)
- ベストアンサー率38% (1995/5206)
●相手のほうにルサンチマンなり、劣等感があれば ○そう考えてしまうところが上から目線なのですが・・・・。 ●生きにくさが理解できるのではないでしょうか ○特殊な例を持ち出されて理解しろ、と言われても出来ません。 ●恋愛とは「夢を見せること」だからです。 ○そのとおりですね。 繰り返しになりますが真面目や堅物がもてないわけではないのです。 「真面目だけ」「堅物で面白みがない」から好かれないのです。 そして質問者さんは真面目や堅物というより感情がみえない機械的なイメージがあります。 ●わたし自身は、そのようには受けとめてません。 ○受けとめてなくてもそうなっているのです。質問者さんの恋愛マニフェストに批判的な意見を受けとめるべきでしょう。 ●彼女となってくれる人」がほしいのです。 ○それこと「恋人という形が欲しいだけ」であり、「肉なんていらない皮だけでいい」ことに他なりません。 質問者さんに必要なのはまず周囲の人々と円満な人間関係やコミュニケーションを構築することです。 それがうまくいかなければ恋愛するのは困難です。 それは相手や周囲が与えてくれるものではありません自分で切り開くものです。
補足
コメントありがとうございます。 皆様へのコメントでは触れなかったのですが、あえて、触れたいと思います。こういったことに触れると、また「日本人のことを悪く言っている!」といって、非難を受けることがあるからです。 もしも、あなたが、わたしの考えていることや、わたしがどのようにして他者に接するべきかを考えているかについて、それが「上から目線」的であると思うのであれば、それはきっと、わたし自身の「出自」や「血」にかかわることが理由になると思います。 わたしは、片親が外国出身です。そういったこともあって、恋愛事情は、「特殊」な部類にはいるものと受けとめています。 以前、わたしは、ある日本人の女性から、「あなたのような人は、お兄ちゃんのようでもあるけれど、でも、“ハーフ”だから、そういった人を彼氏にしたり、結婚相手にすることはできない。家族や親類が、それを許さない」と言われました。これは、とても悲しいことでした。女性にたいして好意をいだいたとしても、わたし自身が「ハーフ」であることを理由に、「拒否」されるわけです。人格がどうのこうの、キャラクターがどうのこうの、性格がどうのこうの、といった理由ではありません。「ハーフ」だから、こんな人は受けいれられない、ということだったのです。 「ハーフ」だから、こんな人は受けいれられない、と言われてしまった以上、わたし自身は、何をすればよいのでしょうか? 表向きには、結婚相手やら、彼氏は、どんな人でも受けいれると口ではいいながらも、そのホンネは、「異人の血」を受けついでいる人々は拒否するという、差別意識丸出しの人間だったのです。ちなみに、わたしはその人が、大学で成績があまりよくなかったので、ちゃんと単位をとって、卒業できるように「サポート」しました。いくら差別意識丸出しの日本人とはいえ、わたしと同じように、日本のアイデンティティを分かちあっています。「同胞」のような存在ですから、そういった人にたいする「社会正義」が存在するとおもい、この女性がちゃんと大学を卒業できるように、いろいろと「サポート」しました。あまり思い出したくない記憶ですが、ふたり分の卒業論文を書いたようなものです。こういうことをするから、相手から「お兄ちゃん」よばわりされ、大変困る、というわけです。 それでは、「血」がダメならば、どうすればよいのか? ひとつの「戦略」として、できるだけ「夢」を見させておいて、わたしの「出自」やら「血」について、考えさせない方法をとったほうが、いくらかはましだろうと考えました。わたしなりの「防衛戦略」です。そうでないと、わたし自身は、恋愛ができないからです。 いわゆる、100%の日本人。両親が日本生まれの日本人で、外国とのつながりがいっさいない日本人の存在は、ある意味、うらやましい存在です。「余計な血」があるわけではないので、恋愛面においても、いろいろな「特権」があるのではと思うときもあります。しかしながら、わたしは、日本人とはいえ、「異人の血」を受けついでいる立場です。「異人の血」を受けついでいる立場としての、「ふさわしい振る舞い」が、日本社会には存在すると思います。悲しいものの見方ですが、いまだに、「ハーフ」にたいする偏見や、差別意識は、存在すると思います。 >質問者さんに必要なのはまず周囲の人々と円満な人間関係やコミュニケーションを構築することです。それがうまくいかなければ恋愛するのは困難です。 こういうことについて触れると、日本人の感情を著しく害することは火を見るよりも明らかですが、わたしが「ハーフ」であることを理由に、偏見のまなざしでわたしをみたり、差別感情をもって、わたしに接した日本人は、少なくありませんでした。わたしは、それを見返さんばかりに、日本の歴史を学び、さらには、日系人の歴史にまで、勉強の関心の幅を広げました。いくら日本のことをたくさん学んでも、日本人から受けいれられるかどうかは、わたしはわかりません。これは、ある大学の先生の経験談ではありますが、在日コリアンの学生さんが、「僕が日本籍を取得して、日本の警察官になれば、日本社会における在日コリアンにたいする差別はなくなりますか?」と問うたところ、この先生は答えに窮してしまったというものがあります。あなたは、「コミュニケーション」の問題を挙げましたが、この問題においては、日本人がわたしのことを「拒絶」したにもかかわらず、わたしにたいして、「コミュニケーション」のスキルを何とかしろと言われたところで、わたしにとっては、なにをどうすればよいのか、あまりわかりません。「拒絶」した側が、「拒絶」された側に「問題」があると指摘したとことで、「拒絶」された側は、なにをどう「カイゼン」すればよいのでしょうか? あまりにも、「無責任」極まりないコメントではないでしょうか。
- bari_saku
- ベストアンサー率17% (1827/10268)
>これは、事実ではありません。こういったことを、人から聞いたことではあっても、語ったり、触れたりすることは、あなた自身の「知的水準」にかかわるものだと思います。 そうなのですか。割とよく聞く話ですが、都市伝説だったのですね。 では、先の回答からその部分を省き、「手を改造する=小さい手でも弾けるようにたくさん練習をする」とでも考えて下さい。 ※手を手術するのくだりは枝葉末節ですので、全体としては私の主張は変わりません。
補足
>小さい手でも弾けるようにたくさん練習をする こういった指摘は、「スクリアビンのようになりなさい!」といった指摘になりかねないと思います。世の中の人、すべてがスクリアビンということではありません。左手が文字通り「跳躍」する練習曲を作曲したり、エクスタシーを交響曲にしたり、そういった「クリエイティヴィティ」をみんながみんな、もっているわけではありません。「小さい手でも弾けるようにたくさん練習をする」というアドバイスは、恋愛ができない人にたいして、やれ合コンに行きなさい、出会い系サイトに登録しなさい、そういったアドバイスになりかねないのではと思います。 では、どういった「方法」で恋愛を学ぶべきなのでしょうか? ほかの回答者様のコメントにも関連しますが、「レンタル彼女」にでも頼りなさい、ということでしょうか。
- gouzig
- ベストアンサー率25% (536/2078)
No.10 gouzigです。 私はあなたに素敵な彼女がみつかるようにと願って書いています。 お礼コメントに 「では、どういった方法が適切なのでしょうか。思春期に戻りなさい、ということでしょうか。この方法さえ知っていれば、わたしは精神的にも、とても安心して、自身に満ちていたのだと思うときがあります」 他の回答者へのあなたのコメントに 「不思議なことに、彼女や彼氏ができるのは、暴走族的、ヤンキー的、レディース的、とされる人々なのです。カタブツだとされるから、わたしはモテないのです。真面目に生きることは、間違っているのだと思います。恋愛関係においては。不真面目、ツッパリ、そういったものが、恋愛関係においては、有利にはたらくのだと思います」 と書かれていますが、そこに答えがあるのですよ。 あなたが学業を一生懸命に頑張っているときに、女の子と遊んでいた男子は恋愛のノウハウを蓄積していたのです。 いま、あなたが思春期のノウハウを知る方法が簡単にあれば、勉強せずに女の子と遊んでいた男子が勉強しなかったことを取り戻す方法も簡単にあるということです。 両方とも、その方法は簡単には手にはいりませんでしょ。 つまり、人生はその時代その時代を何にエネルギーと時間を使ってきたのかなのです。 時間を使ってこなかったことが苦手なのは当然の帰結なのです。 それは、気がついたときから徐々に学んでいくことです。 あなたは各回答者からのアドバイスを受け止めることも大切な勉強ですね。 勉強は学業だけではありません。人生すべてに勉強なのですよ。
補足
コメントありがとうございます。 では、どういった「やり方」で恋愛を学べば良いのでしょうか。ナンパ塾やら、キャバクラ、恋愛塾のようなものがあるかどうかはわかりませんが、そういったところに足を運んで「授業料」を払ってください、身銭を切ってください、ということでしょうか。 あるいは、合コンなどに行きなさい、ということでしょうか。
お礼
コメントありがとうございます。 >それからおそらく、多くの日本人は「なんとなくわかるだろう」「そのくらいわかってよ」という、空気を読むということを重視しているので、質問者様のように、物事をハッキリと具体的に決めるのが苦手のように思えます。 素晴らしい指摘だと思います。わたし自身、日本人の語るところの「空気」というものにたいしては、非常に批判的です。なぜ、そういったものを必要としなければならないのか。日本人には「絶対的な価値観」は存在しないのか、いろいろな疑問がわいてくるのです。