- ベストアンサー
力を頼まない生き方
私はよく、あれが出来たら、これが出来たら、と、無い力を欲しては自信を失ったりしています。 しかし今よりもまだ若い頃は、力を頼まない生き方というものを目指していました。当時は若く、自信に溢れていたのでその様に思えたのでしょうか。今は前述のとおりです。 何時の間にか目指した方向と反対の方に来てしまった気がします。 力を頼まない生き方とは、本当にいいものでしょうか。それは実現可能でしょうか。
- みんなの回答 (3)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
力に頼まない=力や才能を望まないということでしょうか? 僕も若い頃は、力や才能が欲しいとは思っていませんでした。 逆に言えば、心の何処かで、その気になれば何でもできると思っていました。 しかしいろんな経験をして、現実を知り、自分の無力を感じることが沢山おこって、 今は質問者さんのように、力を欲したり、自信をなくす事もあります。 生きて行くため、夢や目標を叶えるためには、何かしらの力が必要です。 それは悪い事ではないと思うし、嫌でも手に入れなければなりません。 一方なんとなく、あれができたら、これができたらと 無いものねだりをすることは、苦しくなるだけだと思います。 質問者さまはまだ若いかと思います。 これから自分がほんとにしたい事、かなえたい夢を見つけてみるといいかと思います。 そうすれば、自分に必要な力は何か、はっきり見えてくると思うし、 必要の無い力に憧れたり、目移りすることも無くなるかと思います。 夢が特に見つからなければ、自分が抱えている仕事や問題に、 一生懸命取り組んでみるといいかと思います。 そうすれば、質問者さまの人生に必要な力が、自然と身に付いてくるはずです。 お互い頑張りましょう!
その他の回答 (2)
- alterd2001
- ベストアンサー率20% (33/162)
老子に「無為にして為さざるは無し」という言葉がありますが かなり当たっているように思います。 また、ソーローに 「若者は月に届くような塔を造ろうとして材木を集めるが やがて年老いてから、その材木で一軒の掘立小屋を造る」とありますが これもまたしかりと思います。 そして、同じくソーローに 「簡素な生活、高き想い」 あるいは「求めることが少なくなれば心は豊かになる」等もあります。 要するに、現代の仙人を目指せば実現は可能だと思います。
お礼
ずばりのお答えかもしれません。 まさに仙人ですね。 そもそも力を頼まない生き方たというのが仙人ぽい考えかと思いました。そうですね、何か実現可能な気もして来ました。 ありがとうございます。
- Mokuzo100nenn
- ベストアンサー率18% (2123/11344)
「力を頼む」というのが具体的にどんなこと意味するのかよくわかりませんが、私は、自分が生きている環境を自分の思い通りにしようするのを諦めたときから、毎日、幸せを感じるようになりました。 以前は、「お客が、、」「社長が、、、」「女房が、、、」「子供が、、、」「日本政府が、、、」などと、自分以外のエンティティが自分の考えとは違う方向に動いている事が我慢ならずに、なんとか、自分から影響力を行使して、こいつらを少しでも軌道修正させたい、と考えたものです。 今は、そのようなことを望まなくなったので、毎日が幸せです。
お礼
おおよそ近いです。 力を頼むとは、影響力を行使すると言ってもいいかもしれません。力を見せることで、人から重宝されたいとか、一目置かれたいとか、そんな浅はかな願望が私にはあります。 おっしゃる様に、環境に気持ちを左右されず、もっと自由に生きたいと思えました。
お礼
共感して頂けて嬉しいです。うなづきながら拝読させて頂きました。 自分が今抱えている事に一生懸命になる、そっかあ、と思えました。何も遠くばかり見る必要はないのですね。 わかりました。お互い頑張りましょう!