※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:7つの習慣の疑問?)
7つの習慣の疑問?成功者の人格にフォーカスするべきか
このQ&Aのポイント
「7つの習慣」は建国150年間の人格向上の教えを復活させたものであり、成功するためには人格を磨く必要があると唱えています。
しかし、成功者として知られる偉人たちの人格を見ると、部分的には否定的な側面もあります。
そのため、成功者の人格にフォーカスするのではなく、成し遂げた功績や行動を評価するべきではないかという疑問が浮かびます。
jスキナー氏は7つの習慣で「米国の本をひも解くと昨今50年間は、テクニックに走っていた。しかし、建国して150年間は人格を向上させよ。と教えていたということをコビー博士は図書館で膨大な本を調べて発見した。」そして「7つの習慣」が作られた。
つまり、成功したければ人格を磨け!人格主義の復活を唱えています。確かに、これは素晴らしいですし、私もそうありたいと思います。しかし、実はそうではないケースはたくさんあるように思います。成功者=人格者ならば、多分、世の中、成功者の数はとてつもなく少ないのではないでしょうか?
歴史上の偉人を例に出すと、
Tエジソン:ひどいユダヤ人差別主義者で部下の功績の横どりやライバルに対する嫌がらせが激しかった。
Fルーズベルト:醜い日本人差別主義者
野口英世:女好きで留学費用を芸者遊びで使ってしまい、詐欺で訴えられそうになる。
Aリンカーン:奴隷解放をしたが、実は奴隷制を支持しており、別の形での奴隷制を実施しようとしていた。
などなど、書ききれませんが、たくさん出てきます。偉人たちは、自伝を残しますが、ほとんどは良いことだけ書いて負の部分は削り取られています。後世の人たちが、図書館で良いとこ取りをした自伝を読めば、「成功者=人格者」と思いこんでしまいます。コビー博士もそうだったのでは?と感じてしまいます。
決して、屁理屈を言っているのではなくて、「成功者の人格にフィーカスするのではなくて、成し遂げた功績や行動にフォーカスする」のが正しい見方のように感じてしまいます。
もちろん、人格が伴っているのが最高の理想ですが、こういう超有名な諺がありますよね。
「バカと天才紙一重」成功者とはクレイジーな人たちが多いと言います。自己啓発セミナーなどではoutstandingとかキチガイになれ。とか教えられます。常識で物を見るな。考えるな。行動するな。と。
つまり、成功者とは常識人たちから見れば異常な人たちですよ。どう考えても、このような人たちを見て世間は人格者とは認めないと思います。
しかし、「成功者=人格者」というレッテル貼りが行われているように思います。
成功者=変態でも構わないと思いますが、世間が認めないのでしょうか?
これらについて、皆さんの意見をお聞かせください。
お礼
ご回答ありがとうございます。 >過去の成功者を、常識を盲信している人達によって、常識的に受け入れやすい形に歪曲されて評価されているのだと思います。 私もそうだと思います。会社の採用などは過去にその人と全く面識がないので履歴書に書かれている学歴や職歴で勝手に判断していますよね。一流大学、一流企業に勤めていたから仕事が出来る人。性格も多分素直で真面目だと思う。と。一方、中卒、高卒、中退者などは、多分、能力も低いし、続かないのでは?と勝手に判断されます。 成功者の自伝が履歴書なれば、これだけの功績を残した人はさぞかし人格が優れていたのでしょう。と思いたくなります。 >私の考えでは、不良でも犯罪歴があっても性格が曲がっていても、常識にとらわれず自分が思うことを貫き通した結果、偉人 と呼ばれるようになったと思います。 仰る通りだと思います。成功してから皆に評価され期待された。だから、それに見合う人格や振る舞いをしようと悟ったというのが正しい見方ではないでしょうか?そして、実績に見合う人格を磨こうと行動した。 しかし、成功哲学では順序が逆になっています。人格を磨き続けたから成功した。と。