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子供のケガと腫瘍による骨折で母親は強くなりたい
- 子供がケガをし、腫瘍による骨折が見つかった
- 手術やリハビリにより運動能力が低下
- 母は強くなりたいが自分の弱さに悩んでいる
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質問者が選んだベストアンサー
子供の可能性を信じてあげることです。 思い返してみればいいのですよ。 自分自身、子供時代にどんな仲間がいたのか。 障害を持っていて頑張っていた子供がいたとして、その子の「がんばり」というのは、果たしてどうしてだったのか?と思い返してみる。 子供って、実はすごくいろいろなことを考えてますよ。 あの小さな体と頭の中は、日々変わっていく情報と、感情のうねりでいっぱいなはずです。 いじめられる子がいて、どうして自分はいじめられるのか…それは何故なのか?と考える。 そもそもイジメってなんだ?と思う子もいるでしょう。 アイツと俺の違いは何だろうか?と思い巡らしたりもするでしょうね。 イジメでなくても、好きな子とのこととか、友達とのつきあいかたとか、そういうのを様々思案しては、試しながら生きているのです。 なんという高性能でしょうか!?。 子供はまったくもって、スーパーマンなんだよなぁ、と思わされるのです。 親としての責任はわかりますが、それと「子供の歩む道」というのは、別物ですよ。 上手くいい道に乗せてあげたいと親は思いますが、子供には「それよりもっと以前からの」設計図がちゃんとある。 子供には、それぞれ一人一人が持っている「心の地図」があるのです。 それを書き換えないようにしなければ。 誤ちがあるならば指摘していいし、それが躾というものだとも思いますが…行き先や行程を知っているのは、子どもたちなのです。 親は「水先案内人」でいれば良いと思います。 船長は…何時でも彼ら、子どもたちなのだから!。 わかりますよね?…水先案内人は強くある必要はない。 私達大人は「古い水夫」であるべきです。 経験を持ちあわせてはいても、判断はキャプテンのもの。 大人は、子供の勇気を立ち上げるための「踏み台」であればいい。 踏み台の仕事こそは「動かぬこと、頑丈なこと」です。 強くあるというなら「動かぬこと」…見守れる「我慢」こそが、大人に必要な資質ではないでしょうか?。
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初めまして。 わたしは以前、子どもを失った経験がある者です。 原因などの詳細は割愛しますね。 「相手が良かれと思ってかけてくれる言葉の8割以上は、何の慰めにもならない」と、前にどこかで読んだことがあります。 わたしも実際、その通りだと思いますし、時には相手を傷つける刃にもなることを経験しました。 その当時、わたしの事情を知っている方の中で、何も言葉をかけずに黙って頭を下げて通り過ぎてくれる方がいました。また、何も言わずに背中を優しくトントンしてくれる方もいました。 そのような心ある方の対応には本当に慰められましたが、そういった方々が少ないのがこの世の中です。 ですから、相手の言葉を聞き流すこと、聞き流せるようになること、これも強くなるためには必要だと思います。 質問者さまに、わたしが励まされた言葉を紹介します。 東日本大震災の後、産経新聞に掲載された記事ですが、作家の津島祐子さん(作家・太宰治氏の長女)が書いておられました。 以下、記事原文のままです。 * * * * * * * * * * 私は30年近くも前に8歳だった息子を失っているのですが、これだけの年月がたってもその存在は薄れることがないし、悔いも消えません。それが自分に与えられた生なのだろう、といつの間にか思うようになっています。当時、母から言われた言葉が今でも私を支えてくれています。 「どんな不運に見舞われても、不幸になっちゃいけないよ。」 この言葉を聞いたとき、私は奇妙なことに、ふと気が楽になったのでした。そうか、不運と不幸はちがうんだ、人間の力の及ばない不運はいくらでも起こりうる、だからといって、その人間が必ず不幸だと決めつけることはできない、と。 ー 「不運と不幸は別もの」作家・津島祐子さん 産経新聞より) ー * * * * * * * * * * 妻であり母である女性は、どんなにつらくても一家の太陽でいなくてはなりません。 たとえ太陽でも、時には雲に遮られることもあります。 ご家族のためにも、明るく笑って、陰では泣いて…それでいいのではないでしょうか。 もっと気の利いた文章を書ければよいのですが、力量不足で申し訳なく思っています。 どうぞ、ご自愛くださいますように。
お礼
回答ありがとうございます。 ご自身の体験を語っていただきありがとうございます。 今にたどり着くまでに様々な思いを重ねてきたかと思います。 他人の思いに気持ちを寄せることが出来るのは、 自分が経験してきたことからしか出来ないことなのかもしれません。 私は強くはまだなれていない母親ですが、 人として、思いに気持ちを寄せられる人間になることができたら、 私自身の思いも辛いだけではないと思えると思います。
質問主さんはよくやれてると思いますよ。 「母親だから強くならなきゃ」 「母親の私がしっかりしなきゃ」 「母親の私があの時気付いてあげれば」 質問主さんはこうおっしゃいますが、母親だからって何でもできる訳じゃないんです。 母親だけど1人の人間です。 エスパーでもないし、スーパーマンでもないです。 今のお子さんの状態を受け入れてあげて、なおかつお子さんに出来る事を可能性を伸ばそうとしてるところ、弟さんを妬んではいけない・引きずり落としてはいけないよ。と教えてる事。 質問主さんの教え通り、お子さんは他人に優しい良い子に育ってるではないですか。 お子さんの性格もあるでしょうが、質問主さんの育て方が良かった証拠です。 「世の中にはもっと大変な人がいるよ」と言うのは、何て言ったらいいか分からない時の励ましの常套句みたいなものです。 逆に何て言って貰いたかったですか? 「大変ね」と同情するのも失礼かなと思うし、「頑張ってね」なんて、既に頑張ってる人に安易に言えないし。 同じ境遇じゃないと気持ちは分からないです。 質問主さんは既に出来る事やれてますよ。1人の時くらい泣きたいだけ泣きましょう。 今のままでいいと思います。 子供にとっては「こんな自分でも受け入れてくれて、愛してくれて、応援してくれる」 それが一番嬉しいと思いますよ。 ただ、ちょっと気になったのは下の子(弟さん)の事です。 大変な上の子にばかり気が行ってしまうのは仕方ない事ですが、下の子の事は気にかけてますか? 健康だし勉強も出来るから大丈夫と思ってませんか? 「うぬぼれないように」と言う他に選手に選ばれた事を喜んであげましたか? 「上の子の事を考えたら手放しには喜べない」上の子の手前はそうでしょう。でも本来なら手放しで喜んでいい事だと思います。 母親としては充分にやれてると思います。 とても強く愛情持って子育てしてると思います。 ただ、どちらか片方の子供にだけ気持ちが偏らないようにして行ければ、とても良いお母さんだと思います。
お礼
回答ありがとうございます。 文章の中では一部分だけなので、ひいき的に接しているように感じたかもしれませんが、 弟が希望することは、出来る限り応援しています。 しかし、健康ゆえに人を傷つけることは注意しています。 実際に、子供が大変なことになってわかることは、 人はそう簡単に相手の立場になって考えることは出来ないんだという事です。 辛いことがあって初めて、わかるのかもしれません。 実は私自身も、ケガをする前に子供が自分勝手なわがままを言ったり、親としてたしなめる状況の時、 「世の中にはもっと辛い人生の人がいるんだよ」と言っていたと思います。 でも、子供はそれを理解することはありませんでした。 見も知らない人の辛い人生を考えて、自分を正すことはなかなか難しいことです。 子供自身が療養中の病院で、通りすがりの老女に、 「可哀そうにね」と言われたことがありました。 子供はその言葉に大変傷ついていました。 また、同室の方でがん治療の方がいました。 どこにでも自由に歩けますが、定期的に放射線治療をしていたようです。 その方が子供に、「足なんて治るんだから大したことないでしょ」と言ったそうです。 自分はがんだけど、あなたはただの骨折でしょうと。 でも、好きなところに好きなようにいけない状況でベットに居続けていた小学生に、それはあまりにも酷な言い方だったと思います。 自分に比べればあなたは楽と、病人でもそれぞれの思いには考えが及ばないんだなと思いました。 私が思うのは、 言葉は人を傷つけもするし、でも励ましもすること。 退院してからも、心無い言葉を言ってくる子供は健康な子供でした。 でも、家族に大変だった人がいたり、親が思いやりある育て方をしている人は、人を思いやること事が自然にできていました。 人は、知ると知らないとでは違うんだなと 親として沢山学ぶことが出来たと思います。 でも、世の中には「可哀そうな人」を励ます自分が好きな人もいます。 驚くほどに・・・。 色んな思いを重ねて私自身親としても強くなったとは思いますが、 一人の人としてたたずむと、自分はなんて弱いのだろうと思ってしまうのです。
- felixthecat
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こんばんは、質問主様: 以下、回答します。 ★ 質問主様は、母として充分に強くしっかりとした方とお見受けします。 現状に甘んじず、より逞しく強くと願う姿勢に頭が下がります。 更なる高みを目指す質問主様に、恐らくどの閲覧者も有益なアドバイスなどは出来ないような気がしています。 私からは、原文で気になる点を1つだけ・・・ 【「世の中にはもっと大変な人がいるよ」と励ましてくれた人がいました。まったく励ましになりませんでした。】 きっと、赤の他人の不幸な話をいくら聞かされても、質問主様をとりまく環境が変わらない限り、励ましにも慰めにもならない事だと思います。 でも、どうでしょう。苦しんでいるのは、決して質問主様だけではない、と知る事。 この世の中は、寧ろ足りない事で苦しんでいる人の方が多い事。 それが分かったなら、恐らくは、強くて優しい母親になれるような気がします。
お礼
回答ありがとうございます。 それぞれの立場で、それぞれの苦しみがあるかと思います。 それを分かっているうえで、吐き出したかったのかもしれません。 また、「世の中にはもっと大変な人がいる」と厳しい口調で励ましてくれた友人ですが、 その後、自身のお子さんの不登校問題でとても苦しむことになっています。 丈夫な体をもってしても、なにがあるかわからない子育てを思うと、私自身はたとえ自分の子供の状況の方が大変だと思っても、 「あなたより大変よ」とはけして言いません。 ただ寄り添い、ただただ子供が前向きになることを信じられる親になろうよと言っています。 友人はそのたびに泣いていますが・・。 自分が苦しくなった時に初めて、苦しみとは何かを知るのかもしれません。 また、私自身も言われた言葉を忘れることはできないですが、 同じようなことをやり返すような人にはなりたくはないなと思っています。 強さは優しさだと思いながら、ここでつぶやいているのかもしれません。
- trytobe
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お子さんも旦那さんも、治る病気で治療中(しばらくして完治に向けての手術を控えている)なのですよね。 30代で急速に進行していくガンで衰弱し亡くなっていく親友や親戚を見送るしかない私よりは、ずっと希望の光が見えていると思います。 これだけの文章を書き連ねるだけのパワーがご自身には備わっている、と自信をもって過ごされることを願っています。
お礼
回答ありがとうございます。
お礼
ありがとうございました。 そういう心構えでありたいと感じました。