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卒論の内容について指導教員にどの程度意見すべき?
今春、某大学の機械系の学科で熱流体系の研究室に配属された者です。 指導教員から提示された私の研究テーマは、身元がばれない程度に誤魔化して書くと 「あるありふれた化学溶液の特性を、研究室で自作した計測システムを応用して評価する」 というものです。 卒論執筆に先立って2週間ほど、過去の論文や専門書、企業のレポートなどを読み漁ったのですが、正直、自分の研究テーマはこれから1年かけてやるほどの価値があるものなのかどうか疑問に感じてしまいます。 その理由としては 1、今回私たちが使う手法はすでにある程度確立された手法であること 2、この手法を用いて化学溶液の特性を評価する装置がすでに実用化されていること の2点が挙げられます。 最初に不安を感じた時点で、現状実用化されている装置より高精度なものを作るのが目的なのか、と尋ねてみたところ、そうなれば嬉しいのだが、今回はそれは目的にはしない、というような回答でした。 その後、化学溶液の特性をどの程度調べられるか、という観点から改良した自作の計測システムの性能評価をしたい、という話であればかなり卒業研究らしいかな、と思い、それも質問してみたのですが、どうやらそういうわけでもないようなのです。 (それに、もし性能評価がしたいのであれば、その化学溶液の特性を評価するよりもっとほかにいい方法があるはずだ、と思います) 現在指導教員はこの研究内容についてかなり自信満々なようです。 指導教員は私の在籍する大学よりずいぶん頭の良い大学を卒業されていますし、経歴も華々しい方なので、何だかんだで心配することはないのかな、と思いはするのですが、指導教員の若さとキャラクターも相まって、正直不安しか感じていません。 ですが、いろいろ意見・質問しすぎて嫌われてしまって、指導を受けられない、というのも困ってしまいますし、何より、出会って2週間ほどの年長者に向かって未熟な大学4年生が、あまりズバズバと意見・質問してしまうのもどうなんだろう、と思ってしまう自分がいます。 そこで質問なのですが・・・ 大学4年生はどの程度、研究室の指導教員に対してはっきり意見してしまってよいものだと皆さんは思われますか? 同じような経験をお持ちの方に答えて頂けると嬉しいです。 よろしくお願いします。
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- yt_inoue
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経験の少ない学部生なので、あなたの専門知識や研究の仕方にあまり期待していないのだと思います。 確立された技術で確実に論文としてまとまる形を目指しているのではないでしょうか。 論文がとん挫したり、指導教員と関係が悪くなるリスク承知でどうしても意見したいなら、 意見すればよいと思います。 意見するなら 「あなたの実力が評価できるような何らかの条件を出してみて、それをクリアできたら自分の意見を聞いてほしい」 という形で意見するのがよいと思います。
- fukurou-san
- ベストアンサー率37% (3/8)
表題がおもしろそうだったので除きました。 質問者が教授で指導教員である准教授にどの体程度の意見するべきか不明なら、教授として駄目じゃんと思ったり、質問者が学生なら、不遜な学生だなぁ、意見しちゃまずいだろと思ったからです。 内容には関係ないですが、「意見する」に対する私のイメージは、日本語だと「諫める」とか「忠告する」、「advise」、「admonish」といった感じです。 ついでに過去の質問で気になったところ。 「おられる」→ ✕ 「いらっしゃる」→ ◯ 気にする人は気にするので気をつけましょう。 教える立場の皆さんからたくさん回答が寄せられていますので、私は教わる側から。 質問に対する回答は、 指導教員に意見してはいけない。 質問はしてかまわないと思います。 分からないことについて教えを請うことは学生として当然ですよね。 疑問を感じているなら素直に、この研究の目的は何でしょうか?と聞いてみたらどうでしょうか。 そう聞いたら教えてくれるんじゃないでしょうか。 質問は常にYesかNoの二択で回答できる質問でなければならないということはないでしょうし。 「何のためにこの卒業研究をするのか」の「何のために」が分からないと、盲目的に実験しても論文が書けないんじゃないですか? 指導教員はライバルじゃないのだし、対等の立場に立って喧嘩売る必要は全くないと思いますよ。 教員も万能ではないでしょうが、あなたがいくら優秀でもあなただって万能ではないでしょ?
No.5でTANUHACHI先生から問いをいただきましたので。ただし,休日で脳味噌がオフになっており,同僚の文系人間とはややこしい議論をしない行動様式が身に染みついていますから,かんたんな記述になります。 No.1のお答えを拝見して,「すげえ『かいかぶり』だなあ」とぼくは思いました。質問者の分野は工学系らしいので,理系馬鹿・実験馬鹿の巣窟でしょう。そんなところで(とくに学部学生が)研究の意義を問うことそのものが,無益無意味な行動じゃないかとぼくには思えます。プロが書いた論文(と本人や掲載誌の目次は主張している)でも,その底の浅さは感じます。基礎科学でフィロソフィを問う理学部とは,根本的にちがいます。ぼくの先の回答は「馬鹿になりなよ」ということです;差別用語をつかって記述すれば。 いっぽう,指導教員が有名大学出身だとか,意見すると嫌われるとかいう質問者の卑屈さは,ぼくも気になりました。No.1は,その点についてエンカレッジされているようにも読めました。No.5では,指導教員を「高慢ちきな若手」ふうにとらえられてもいるようで,ぼくも質問文にニヤリとしましたが,若手には鼻っ柱が強い傾向はあると思います。ただし,文系的なそれとはちがい,単純に体力があるんだろうと思います。あるいは,自信満々(”Father Knows Best”)を「演じ」ないと,学生指導がうまくいかないのかもしれない。白髪や顔の皺という表面的な威厳は,まだありませんから。あるいは,学生指導にまだ自信がないので,空いばりしているのかもしれない。ぼくにはよくわからなかったので,指導教員の問題にはしなかったのです。
- TANUHACHI
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確かに卒論なり卒研には「習作」との側面もあります。この点はP先生およびpさんの仰る通りですが、若手の教員がそこまでの見識を持っているかは僕の目から観て少しばかり疑問符も付くというのが本音です。 文系であっても社会科学殊に経済学領域のマクロ経済学あたりの若手研究者の発言などを観てもいますと、本当に危なっかしいものも散見されます。 派手なアドバルーンを挙げたはよいものの、実際に論文の中味を観ていけば過去の焼き直しと変わらず、それでは卒論と変わらないレベルですらあるといっても過言ではないでしょう。別な意味でこの質問が提起してくれたものが、図らずも規制緩和の問題と結び付いている印象も僕にはあります。 国際社会の中での競争力を高めるとも目標を掲げたはよいが、それがもたらしたものが図らずも日本の学会とやらの持つ狭い村意識を逆に強化することにもつながり、権威の強化に相当の寄与もしたのではあるまいか。 何れの領域にもそれなりの権威者なる存在(ボスやドン)がいて、彼等に一睨みでもされようものならその世界で生きていくことは困難にもなるとのまことにおかしな現実を前にすると、学問の世界が持つ本来的な特性である「全員が全くのゼロベースで臨む」との拠り所を自らが放棄することにはなるまいかと案じてしまいます。 そして若手がそうしたボスの顔色をうかがうヒラメと化していることの方がよほど深刻な問題ではなかろうかとも憂慮してもしまいます。本当ならば、学者の世界には派閥や出世などは縁遠いはずですが、それが実際には結構なウェイトを占めてもいる。 無論、卒論で傲慢な天狗の鼻をへし折ることは大切な仕事ですが、へし折ったならその後をどう治療するかも含めねばイジメと代わり映えもしないのではあるまいかとも逡巡してもしまいます。 指導教員側からすれば、配属された学生は自らを写し出す鏡の役割も帯びているというのが僕の理解ですが、見識ある理系のお二方からすれば、如何でしょうか。 学生に勘違いがあるなと感じた時に、僕は「その問題ならば、この論文を読んでみてください。けれどもその視点を掘り下げていくことも必要ですね」と一言だけアドバイスします。殆どが自身で気付いてくれたとの拙い経験からの話ですが。洟垂れ小僧からの青臭い見解をどう思われますか?
No.2の方のお答えに,ほぼ同意。 「机上で理解していることを,実際の装置で実現してみろ。入門者にはいい練習になるよ」。指導教員はその意味で自信満々なんだろうと思いますね。 計測装置が市販されているとしても,分解してみればノウハウのてんこ盛りだと思います。どんな特性を測るのかわかりませんが,センサの設置方法や校正だけでなく,溶液を恒温かつ均質に保つ技術,反応性の高い溶液なら容器の保護技術,電源の安定化技術,データの収集・分析技術・・・それぞれ片付けていたら1年はゆうにかかると思いますよ。 たぶん,数ヶ月間はろくなデータがとれない。小賢しく先走って「どんな意義があるのか」などと反論しないほうがいいと思いますね。
指導教官の目指す最終形はどのようなシステムなのかをおうかがいするのもいいと思います。 その最終形にたどり着くまでの、いまはどの地点なのかがわかれば納得かもしれませんね。 たとえば、なぜ市販品ではなくオリジナル評価装置を使うのかが理解できるとか。 とりあえず、世の中に出回っている評価装置と何が違うのか、スペック比較表を作ってみてはいかがですか?測定器の大きさ、重さ、精度、S/N比、測定範囲、サンプリング時間、長時間測定におけるドリフト特性などなど。 そして、教官との関係ですが、あなたの研究テーマの妥当性を教官に問うより、先にもっと大きな研究目的・目標を把握することから真摯に取り組まれたらいいと思います。頭が良すぎると嫌われますよ(笑)。 社会に出てからの仕事も同じで、まずは信頼関係が大事。言われたことはすぐに「ハイ」と返事をして行動を示すように心がけるといいかもしれませんね。
お礼
そうですね、もっと、今後のことについて話をしていくことが大切ですね。 もう少し素直にやろうと思います。 ありがとうございました。
- potatorooms
- ベストアンサー率28% (3506/12498)
学部生が専攻課程を学ぶのは実質2年です。まして、これから4年生なら、実質1年です。 どんなに頑張ったところで、知識は付いても、スキルは伴っていません。 子供の喧嘩に例えると、知恵は対等になれても、体力は幼稚園児と小学生高学年くらいの差がある。 学部の卒論は、幼稚園児にお絵書きをさせるのと同じ。何を期待していると思いますか? きちんとトレーニングを積んで、この1年で、戦力になることを期待されています。 自分の考えを伝えることは大事ですが、求められていることを取り違えないように。
お礼
そうですね、やはり経験の差は大きいですね。 今後も素直に、指導教員について行こうと思います。 ありがとうございました。
- TANUHACHI
- ベストアンサー率31% (791/2549)
こんばんは夜分に失礼します。 質問者様は随分と思慮のある方であると存じます。むしろ指導教員よりも器量としては上かもしれません。実際に卒研としても、先行研究と現在の到達点を既に整理も終え、新たな視点を提起しようと試みている部分も王道を行くスタイルです。 そして提示された実験方法で何が解るのかとの基礎的な問題とそれを扱うことで得ることのできる成果を何に応用できるかとの実用化の問題にまで視野を広げているとの印象もあり、目的のはっきりしない実験を繰り返す事への異論をお持ちになるのも当然です。 けれども嫌な言い方かもしれませんが、質問者様が大人であるならここはグッと我慢し「清濁併せ呑む」との便法で対応してはいかがでしょう。経歴やステータスといった表層的な部分では相手の方が一枚も二枚も上です。それによって、正面から正論を口にされる質問者様に被害が及ばないとも限りません。 殊に理系の教員はプライドの高いことでも知られています。中には節度を弁えている教員もおりますが、どちらかといえば少数派にもなり、自分の実験や専門領域のこと以外には全く関心も示さないとの無邪気な子供と変わらない方々もいらっしゃるほどで、僕ら文系の人間としてもどうしたものかいなと苦慮することもあります。 お気持ちは解りますが、正論と雖も表だって意見してしまいますと報復もされかねません。僕は文系の人間ですが、卒論で先行研究の整理をしていた時に似たような経験をし、大学院は別の大学を受験しました。その時の恩師からいただいた言葉は今でも座右の銘としていますので紹介させていただきます。 「事実は真実の敵であるとのドン・キホーテの言葉は、ここぞとの時に切り札として使ってこそ意味がある」。
お礼
指導教員については、そんなに人格が破綻した方ではないのでは、という印象は持っています。 ですが、今後もあまり出しゃばりすぎないように努めていきたいと思います。 ご回答ありがとうございました。
お礼
おっしゃる通り、私は実験を甘く見過ぎていたかもしれません。 とりあえずこれからの1年は指導教員について行こうと思います。 貴重なアドバイス、ありがとうございました。