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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:指導教員について)

【相談】指導教員の問題で悩んでいます。どうすればいいでしょうか?

このQ&Aのポイント
  • 私は指導教員の問題で悩んでいます。状況がひどくなり、うつの症状も出てしまいました。発表の準備をしていた今日、教員から厳しい言葉を受け、さらに疲れてしまいました。自分に甘えていると思い、教員に伝えるのをやめたら、ますます苦しい状況になりました。
  • 今の大学で類似の内容をやっている教員に変えて修士を出るか、元の大学に入り直すか、入学時期を変えるかの選択をしています。経験のある方からのアドバイスをお待ちしています。
  • 指導教員の問題で人生が台無しだと感じています。逃げずに状況を乗り越えるために、選択肢を考えています。経験者のアドバイスをお願いします。

みんなの回答

noname#187985
noname#187985
回答No.6

 はじめまして。。私も某介護養成校で教員の傍若無人な言動に苦しめられた人間です。最初にkagakusenとの回答者、kirin-beerとの回答者の意見は失礼ながら困っている方々に負担を与えて上から見下す言動以外の何者でなく受け取れるので、それらの回答など気にせず希望を捨てず取り組まれて下さい。  また123については私も推奨しますが、ご質問内容の教員は実に聞き分けなく融通が利かないように見受けられるので法務局や弁護士に出向かれて査定を求められた方がいいですよ。

  • komo7220
  • ベストアンサー率55% (721/1294)
回答No.5

以前のご相談内容も読ませて頂きました。  理系(実験系)研究室にスタッフとして勤務経験のある者として回答させて頂きます。 以前の指導教官への連絡・相談はなさっていらっしゃいますか? 他の回答者の方々が書かれているように、研究に適した能力を持つ方は、本当に僅かです。 過去の研究を後追いして理解すればよい学部レベルと、新奇性のある発展をしていく能力を求められる「研究者の卵」としての大学院レベルとは、とてつもなく大きな隔たりがあります。  (実験系であれば、多少の能力の不足は体力勝負で目をつぶり実験結果の公表で修士レベルを終了することは国立大学の第一線のゼミでも可能なのですが・・・・・・。) shin-mさんの能力が「理論研究者」としてやっていける可能性のあるレベルなのかどうか?を、元の学校の指導教官に尋ねて下さい。 shin-mさんご自身の能力に不足は無いと、お墨付きを頂けた時には1~3のどの道でもOKです。 もしも、研究者レベルに相当する能力を持っている僅かの人々の仲間なら半年や1年の遅れは心配ありません。 能力を持っていること、そのものが稀少で貴重なのですから。  しかし、圧倒的に多数の方々は、研究者というレベルの能力は無いはずです。 とすれば、今の時期にそのことに気がついた事は不幸中の幸いだと受けとめるべきです。  毎年、何人もの学生と接していると研究者としての能力の有無というものは案外正確に見えてくるものなのです。 今の指導教官の乱暴な言葉遣いは、能力に期待しての発憤することを願っての指導の可能性もあり得ます。 指導教官によっては全く期待しない人間を「無視」し、「期待する人間にだけ」イジメとしか感じられない表現で「期待表明」をするタイプの教員もいるのですから。 まずは、客観的な能力評価が今後を考える上での出発点です。 仮に、研究者としては大成する能力に不足していると納得ができ、教育関係に興味があるのなら、1~3のどの道も止めた方が良いと思います。 現在の理論研究を中断し、教育に関しての研究に進路変更を行うことは逃げではないと思います。  教育関係に進むと進路変更をするからには、以前所属されていた大学を再受験なさるよりも、上越教育大学大学院などのように教育学の分野に転進なさる方が良いと思います。 今回の体験は「教育者」となっていくときには、教わる側にとっての「指導者の言動の重み」を実感する上で貴重な体験だったとも言えます。 是非、弱者の痛みのわかる良い先生になって下さい。

shin-m
質問者

お礼

 ご回答ありがとうございました。自分も1か月前に最初の死刑判決を受けた際にもともと考えていた博士課程に進むことはとっくにあきらめました。確かにそれで自分が本当に何をやりたいのかというのを考えるきっかけになったというのは確かなので、その点では自分への収穫は大きかったのだと思います。(逆にあのままダラダラと半分自分が将来に出ることへのモラトリアムとでもして博士になっていた時のことを考えると恐ろしくも思えます。)  ところで、上越教育大学大学院は専攻内容を見てみましたが、行こうと思うところは今の大学と同じような理論系が中心なので、それだったら修士はまだ元の大学などで残った方がいいように思えました。(ついでに新潟に知り合いがいるわけでもないため、それこそとんでもない負担を両親に強いることになるため。)そして、2年で頑張って専修免許を取り、修士課程を修了した方が自分のためではないかと思いました。(できればですが・・・)  いずれにせよ指導教員を変えること以外はすぐに決断せねばならないことではありませんので、もう少し関係者に相談をしてみて、話し合いを重ねて決めていきたいと思います。(おそらく1.が妥当なのでしょう。)  今回はご回答ありがとうございました。今回のことはカウンセラーの存在等いろいろなことが「弱者の痛みを知る」という点ではよかったのかもしれないと思います。

shin-m
質問者

補足

 これに書き込みをしてくださった方に,その後どうなったかをお知らせしたいと想います。  あの後,この書き込みが原因で新指導教員の話は一気にパァになり,振り出しに戻りました。あとで聞いた話によると,どうもそのS准教授は自分に社会の厳しさを教えてやるなどという非人道的なことを考えていたそうです。後述しますが  夏休みも後半に勉強をしようとしたのですが,指導教員のUがあまりに怖いため,全然手がつけられませんでした。それで掛かりつけの医師の判断で診断書が出て,大学の保健管理センターから事情を話しても,翌週研究室に呼ばれ,叱責をされて,今後のセミナーはやらせないという最悪の事態が起こってしまいました。それで,診断書を持って行っても,自分の確率論の講義に出ろなどと,こっちは呼び出されたことで吐き気が止まらなかったのに,向こうは自分に責任があるなどという気を全く出さないで,僕は病魔と闘いながら,もうこれ以上指導教員に何を言っても無駄だとあきらめて,研究室から逃げました。なお,別の同期はセミナーを休んでも何もとがめられることがなかったようです。  そして,そのちょっと前に専攻長にも面談がありましたが,向こうは僕の存在が悪いとか運の悪いということばで片付けて,あとは加害者である指導教員を正当化する一方でした。  それで,副指導教員のSが3回もエゴで僕の受け入れを拒否したので,もうこっちがチビチビと戦っているのは無理だと思い,翌日,大学側にアカデミックハラスメントとして訴え出ました。  その後は今までとは圧倒的な早さで,数理・計算科学専攻(数学専攻よりもより幅広いことをやっている専攻)から先生を呼んで,その先生の下でお世話になることになりました。(指導教員は指導クビ,副指導教員もクビになりました。)  ところが,このような戦いを1年近くやってきたからか,2年で修了することはかなわず,3年目にやっと修了できました。ただし,修了したものはよかったものの,その後の仕事は見つからず,現在は自宅療養をしています。また,借金や奨学金の満期を迎えたことなどから,金銭面でも非常に困っています。(余談ですが,9~10月の約1ヶ月で3カ所からクビを言い渡されました。)

  • kagakusen
  • ベストアンサー率31% (5/16)
回答No.4

回答者kirin_beer様と全く同意見です。 ただ、大学院は定員を超えない限り受け入れ拒否ができないシステムであり、昔に比べて非常に多くの学生が進学するので、仕方の無いことかもしれません。即ち、現大学院生の半数以上が、全大学を考えたらもっとかもしれませんが、研究能力がないというか研究活動に向いていない学生であることは事実です。そのため、ほとんどの大学院(東大ですら)でこの手の問題が発生しています。 この種の人たちには共通の二つの問題点が基本的にあります。第一に研究室に入るまで「考えること」を全く学ぶ機会がなかったので、先生の話していることが分からなく、どうしてよいか分からなく困っているということです。第二は「自分の非や分かっていないことを認めることができない人格が20年で形成されてしまったこと」です。この二つを乗り越えられれば、少々成績が悪くても、飛躍的な成長を遂げることができるでしょう。 これから研究者、技術者として人生を生きてゆくには、これらを乗り越えることが重要ですが、そのためには「自分の素直か気持ち」を表現したり、「分からない」ということを先生をはじめとして相手に真摯に(へりくだって)伝えることのできる力が必要です。(自分では気がつかないことが多いですが)これまでのプライドをもとに、対応してはいけません。それはこのような問題を抱えた本人にとっては、とてもつらいことでしょう。また、(人にもよりますが)自分のだらしない性格を直そうとすることも大事です。しかし「考えること」が分かってくるるとこれほど面白いことはありません。分野が違ってもいろいろな面への応用もできますし、苦しみが楽しみに変わります。 一般に先生は、ある程度(最低限)考えること自体が分かっている人を対象に対応しています。しかし、半数以上のこのような(不適応:このような表現をしてすいません。分かりやすくするためです。)学生がいる以上、「考える」ことができるようになって欲しいと本心から期待しています。私の経験では、それなりに満足できるようになるのは、大学院なら修士2年からが多いでしょう。卒論のときからできる人もいるかもしれませんが、残念ながら修士修了してもできない人が半数です。その場合は、よい経験を2年間させていただき、自分がそのようなことにな向いていないことが分かったのでありがたいと思うべきです。そしてあなたには、それ以外にもっとハッピーになる他の道があるということなのです。そしてそれはそのときからでも遅くは無いのです。しかし残念ながら、そういうひとたちの多くは、就職活動になると有名企業の研究職を受け続ける傾向があります(もちろん内定には行きませんが)。 ですから、修士は自分の可能性を求めて努力し続ければよいのです。そこで分かったことに感謝できるくらいの力を持つことを期待します。ものは考えようですよ。言葉の勢いで先生も人間性まで否定する言葉を出してしまう可能性はありますが(もちろん良くないことです)、そのときは真摯に向き合って「何がいけなかったのか」を自分が分かるまで話すことです。それがまた、「理解する技術」につながります。逃げるのではなく、前に進みましょう。学生ならどの道にも失敗は無いのです。学生は発展途上なのですから。 あなたの未来が開けることを祈念します。

shin-m
質問者

お礼

 ご回答ありがとうございました。とりあえずいろいろに話を聞くだけは聞いてみて、それを元に大学そのものを変えることはしたいとは思っておりますが、指導教員は変えたいと思います。(その先生ならやっていけそうだと大きな好感を持てたことや健康状態などの様々な理由で。)  いずれにせよ今回のことはいい意味でも悪い意味でも自分の人生を考えるきっかけにはなったのは確かなので、病院送りにさせたような指導教員に強い憎しみや侮蔑の念を感じていることは変わりませんが、恨み嘆くだけというわけではありません。(嘆いていた時に読んでいた心理学の本にも「人生には自分がいなくとも世の中は回るという楽天主義が時に必要となる」という言葉があったくらいです。)  ひとまずは今の大学で指導教員は変えることは何としてもしようと思ってますが(繰り返しますが、健康問題でもあるため!)、そこで心機一転して頑張るという風に前向きに考えたいと思います。(その方が少なくともおびえながら生活していた昔よりは発展できるのではないかと思ってます。)

  • cha-suki
  • ベストアンサー率43% (88/201)
回答No.3

文系修士修了です。 (1) 指導教授を変えることは可能でしょう。しかし、変えたからといっていい結果が出るとも限りません。 (2.3) 10月と4月入学とでは「何かと」、という根拠が不明瞭ですが、何れも可能でしょう。同じくですが、変えたからといっていい結果が出るとも限りません。 大学院は、別に命までとられて行くものでもないので、shin-mさんが「駄目だな」と思ったら辞めるという選択肢もアリです。今いろいろ考えられないのならば、とりあえず休学して、思考中断するというのも選択肢としてありますよ。

shin-m
質問者

お礼

 ご回答ありがとうございました。別の方のところでも書かせていただいたのですが、少なくとも今の状況では相性や健康問題等メリットがないに等しいので、指導教員は変えようと思います。  その上で2.や3.については引き続き様子を見ながら関係者と相談を重ねたいと思います。(ひとまず前の指導教員にアドバイスをいただくことはしたいと思います。)

noname#116453
noname#116453
回答No.2

>1.今の大学で類似の内容をやってる教員に変えて修士を出るか これは事実上無理でしょう。それを引き受けてくれる人がいるとも思えませんし、あなたの指導教員が認めるかどうかも疑問です。侮辱されたように感じるかも知れません。 >2.今の大学を辞めて10月から元の大学に入り直すか(入試に受かった前提でお考え下さい。) 3.10月入学だと何かと大変だから、2010年4月から元の大学に入り直すかというのを考えています。 選択肢としては可能です。 今の大学院を修了できるかどうかはわかりません。厳しいことをいいながらも修了させる教員は少なからず存在しますが、あなたの場合がどうかを判定することは出来ません。 つまり、あなたの言い分は言い分としても、客観的事実が分かりません。現在では大学院が入りやすくなったために、力の無い人が合格して来たりします。しかしそれは定員の都合でそうなっているだけで、先方が力の劣る人を受け入れるつもりであるとは限りません。仮にあなたの学力が先方の水準を満たしているのであれば、いじめあるいはアカハラということになるでしょう。しかし、仮にあなたの学力が先方の基準と比べて著しく劣るということであれば、学位を出さないという選択肢は極めて正当なものだと思います。 たしかにあなたの人格を否定するような対応が事実であれば重大な問題ですが、あなただけの言い分からそう決めつけることは出来ません。 いずれにせよ、あなたの述べたことが、少なくともあなたの気持ちの中では真実であるということであれば他大学院に行くのが良いでしょう。ただし、現在の精神状態のままで、新しい環境になじめるかどうかはわかりませんので、病院とも相談して、少し時間を置くのが良いかもしれません。

shin-m
質問者

補足

 ご回答ありがとうございました。rad-cost様のご回答にはいくつか現実と異なっている点がありますので、捕捉させていただきたいと思います。  まず、 >>1.今の大学で類似の内容をやってる教員に変えて修士を出るか >これは事実上無理でしょう。それを引き受けてくれる人がいるとも思えませんし、あなたの指導教員が認めるかどうかも疑問です。侮辱されたように感じるかも知れません。 ですが、今の大学には副指導教員がいて、万が一こういった場合に備えてあるため、問題ありません。実際に、その先生に相談をしに行ったところ、自分は受け入れるという回答が得られました。(今の指導教員は素直に「あんなできそこないのバカはこっちだってお断りだ。どこにでも行ってくれ!」などと許可してもらえるか、「僕のところですら無理なのだから他でも無理に決まっている。」などと拒否をされるのかどうなるのかはわかりませんが。)  また、後半に関してなのですが、自分も少なからず学部時代の勉強が足りなかったため、当時の指導教員に「学部卒業したら1~2年勉強をゆっくりとしなおして大学に行こうと思っているのですが、どうですか?」という話もしたことがありました。その時、「その必要ない」というのが回答だったので、現在大学院に通っているに至っているわけです。  もちろん学部時代の指導教員は問題なしと判断したものの、今の大学の指導教員にしたら「能力不足」なのかもしれませんし、それは当然その教員の主観によるところが少なからずあるでしょう。  いずれにせよ今のままでは健康問題もあるためにそれこそ本当に修了が大幅に遅れる事態も出てきてもおかしくはありませんので、指導教員は変えようと思ってます。そして、まずはその先生のもとで心機一転してできる限りのことをやりたいと思ってます。その上で大学を変わるかどうかは決めたいと思っております。勝手な独りよがりと思われるかもしれませんが、少なくとも今のように怯えて生活をして十分にパフォーマンスを発揮できないよりは、少しでもやりやすい環境に移る方がパフォーマンスは向上でき、自分のためではないかと思います。(また、合わせて学部時代の指導教員の先生にももしものことを考えて相談はしてみたいと思っております。)

回答No.1

まず。貴方の身に起きている話は、この世界ではよくある話です。大学は小中学校の様にカリキュラムが各校横一線でそろっている訳では無いので、他大学の院へ進むと、どうしても、その学校で学んできた人と、知識のズレが出てしまいます。別に世界で貴方だけが苦しんでいる訳ではないので、どうか、気持ちは楽に持ってください。 質問者様の提示している選択肢ですが、1で済むのなら良いと思いますが、研究以前のゼミでの文献紹介で躓いているなら、どこでも同じような文献紹介はやっていますから、もしかしたら指導教官を変えても、貴方にとって「言葉の丁寧さ」が変わるぐらいしか変化が無いかもしれません。(言葉の丁寧さが事の本質なら、1も有りかもかもしれませんが、言葉が乱暴な人は社会に出たら沢山いますから、今のうちに貴方も耐性をつけておいた方が良いと思います。) ちなみにウチでも、たぶん他の研究室でもそうだと思いますが、研究が軌道に乗る前は、海外のテキストや論文を読み込んで紹介するといった事をやります。読んだ内容をそのまま説明するのは、ただの音読です。研究室は小学校の図書の時間と違って、「読む」事が重要なのではなく、「理解」する事が重要です。もちろん「理解」出来ない項目もあるでしょうが、その箇所を理解しないままに、ゼミに望みませんでしたか?教員には質問しにいきましたか?論文紹介は1人で10本の論文は読めないけど、10人で10本の論文を読むことはできるから、それで発表しあって10本分の知識を得ようという場であって、貴方の分からなかった箇所を教員がフォローしてくれる場ではありません。もし思い当たる節があるのなら、そこを改善しないと、どこの大学院・研究室に行っても、同じ苦労をしてしまうと思います。 2ですが、これだと九月卒業になりますよね。早期終了制度があれば、半年早めて3月卒業にできるかもしれませんが、研究で顕著な成果をあげるとか条件があると思うので、これも今の状況では厳しいと思います。それに半年早めたとしても、履歴書には「他大院へ進み半年で出戻った」というのはどっちみち書かなくてはいけないので、それなら3でも、一留というだけで、たいして変わらないかもしれません。 >正直この教員のせいで人生が台無しだと言ってもいいくらいです。 中央大学の事件の犯人と同じ台詞ですヨ。それは言い過ぎかと。世の中に出れば、その程度の暴言を吐く上司はゴロゴロ居ますし、自分と合わないからといって、それは貴方のせいでも無ければ、相手のせいでもありません。研究をバリバリやっている研究室の教員は、総じて貴方の言っている指導教員と同じような体育会系のノリの人が多いですよ。彼らにとってみたら、ダメなものをダメと言っただけという感覚です。研究者は彼ら自身が「研究するか、しからずんば死を!」な世界に住んでいて、それがアタリマエだと思っています。大学院は少なくとも研究をする場所ですから、その教員の発言は、表現が乱暴な事をのぞけば、至極当然です。 >いくら合わないとはいえ指導教員を変えようと思うのは逃げなのでしょうか? 逃げても良いじゃないですか。これが就職だったら、しかも家庭を持ってしまった後なら、合う合わないってだけで、なかなか逃げられませんけど、まだ大学院のしかも修士課程なんですから、「逃げる」と考えないで「進路変更」だと思えば良いと思いますよ。指導教官のせいでも無ければ、ましてや貴方のせいでもない。ただ単にその大学院のゼミで文献を紹介するという事が貴方に合わなかった、それ故の進路変更というだけです。(就活用の言い訳は別に考えた方がいいですが・・・) 指導教官や図書館や研究設備のせいにする事が最大の逃げだと思います。そうしないと「自分のせい」だと思ってしまうから、そうしているのだとは思いますが、当然「貴方のせい」でもありません。そもそも犯人なんて居ないんですから、犯人捜しからは何も生まれません。

shin-m
質問者

お礼

 たびたびのご回答の方、ありがとうございました。  私の中では「言葉の丁寧さ」というのは少なからずあるようで、今日移ろうと思っていた研究室のセミナーでは元の研究室では一発で強制終了や死刑宣告されてもおかしくもないような状況だったのですが、先生がそれを見守ってくださっていて、そういった先生の人柄にも好感が持て、今まででは考えられなかったくらいに心の持ちようが軽くなったように思えました。これが甘えだという評価もあるかもしれませんし、そうだとしてもそれを完全に否定することはできないと思いますが、その評価は各人にお任せいたします。  ちなみに、指導教員のことが理由であるのは(相性云々の問題だけでなく、何よりも健康問題にも発展してしまったため)確かですし、カウンセラーや両親(片方が大学の教員)等の複数の人間が変えるべきだと言っていたため、まず間違いなく変えますが、設備の話はあくまで参考程度の話で、大きな理由ではありません。一応お伝えしておきます。  いずれにせよ心機一転して新しい先生のところで1から気を持ち直して頑張ってやり直すといったくらいの気持ちでやっていきたいと思います。その上で大学を移るかどうかという話は、前の大学の指導教員にひとまず相談はしてみるものの、必要だったら考える程度にしたいと思います。

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