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昭和30年代に飲まれていたお酒は?

レポートで調べています。 昭和30年代に一般的に飲まれていたお酒を知りたいです。 三増酒と言われる今で言う合成酒が主だったようですが、そのほかにもありますか? 少し高級だとこれ。 滅多に飲めないけれどこんなお酒もあった。と言うようなものがありましたら教えて下さい。

質問者が選んだベストアンサー

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  • nantamann
  • ベストアンサー率30% (342/1138)
回答No.6

>三増酒と言われる今で言う合成酒が主だったようですが レポートにするなら酒の定義を調べるべきでしょう。 三増酒は合成酒ではありません。今の清酒の定義から外れますが合成清酒の定義にも当てはまりせん。しかも歴史的に三増酒が単独で売られた(税務署が許可しない)ことはありません。当時の酒は調合酒(三増酒と普通アルコール添加酒のブレンド)といわれるもので原料の使用比率からすれば現在の清酒の定義からも外れません。清酒に悪意を抱いていたSウイスキーの宣伝マン開高健の賤しい魂胆にによるウソに洗脳された無知な新聞記者が流したデマです。 当時は銘柄よりも級別が信頼されていました。外では1級酒、家のみは2級酒といったぐあい。 特級酒は非常に少なく主に関西で飲まれていました。東京は1級酒と2級酒半々市場、地方は2級酒市場でした。 1級酒銘柄で全国大手は月桂冠、白雪、大関、白鶴、日本盛、沢の鶴、白鹿、多門(2級が多かった)等です。白鹿は関西の料亭用の特級酒銘柄でした。剣菱(三増酒は入っていない)は東京の寿司屋の鉄板銘柄。 当時は地酒と言うものは認知されず、有名銘柄はありません。地方の大手は2級酒銘柄です。越乃寒梅(2級酒)が極一部の通の間でようやく知られるようになった。地酒の走りです。 サントリー・トリスはハイカライメージで売り出されましたが、色付き焼酎と言われ97%は添加アルコールでした。オールドは40年代ですがそれでも80%が添加アルコールでした。なお、現在は原酒率は改善されていると思います。 焼酎乙類は九州の地の酒で都会では飲まれませんでした。焼酎甲類は単に酔うだけの酒でした。 清酒とビールの消費量が逆転したのは30年代後半です。キリンが圧倒的優位を占め、銘柄はキリン、サッポロ、アサヒです。キリンは40年代にシェアーが70%に近づき営業を自粛した(独禁法で会社分割されるのを恐れたと言われている)のがアサヒに逆転される遠因になりました。

air-color
質問者

お礼

大変詳しく教えていただきありがとうございました。 参考にさせて頂きます。

その他の回答 (5)

  • ultraCS
  • ベストアンサー率44% (3956/8947)
回答No.5

街の繁華街には「トリスバー」、「ニッカバー」というスタンドバーがあり。サントリーのトリスやニッカのハイニッカが出されていました。そういえば見なくなったなあ 後は、甲類焼酎

air-color
質問者

お礼

ありがとうございました。 参考にさせて頂きます。

  • al8s99
  • ベストアンサー率25% (76/293)
回答No.4

サントリーの「トリス」「オールド(だるま、の愛称です)」 ニッカウイスキー、(知らないかな?) 父がウイスキー派でしたのでチビチビ飲んでいたのを覚えています。 子供心にも格好良かった・・・  

air-color
質問者

お礼

ありがとうございました。 参考にさせて頂きます。 トリス、オールド、今でもありますよねw

回答No.3

 多分、1位清酒、2位ビール、3位焼酎だと思う。

air-color
質問者

お礼

ありがとうございました。 参考にさせて頂きます。

air-color
質問者

補足

No.1 2 3の方ありがとうございます。 厚かましいのですが、出来たら銘柄?まで知りたいのです。 焼酎ならコレとか。

  • shintaro-2
  • ベストアンサー率36% (2266/6245)
回答No.2
air-color
質問者

お礼

ありがとうございました。 URL参考にさせて頂きます。

  • FEX2053
  • ベストアンサー率37% (7991/21371)
回答No.1

日本酒が主なことは確かですが、普通にビールも飲まれて ましたよ。「キリン・ラガー」がトップブランドでした。 あと、焼酎も、地域によっては日本酒より好まれていた場合 もありました。

air-color
質問者

お礼

ありがとうございました。 参考にさせて頂きます。

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