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昔の子育て
今と比べて昔は子供がいっぱい生まれたようです。 子供がいっぱい生まれたのはベビーブームだったからだそうな。 ん?本当にブームがあったの?結果論では? というきが。 なぜ昔の人はいっぱい子供を生んだんですか。 お国のために? 将来への不安はなかったのか? 子供がいっぱい生まれる→成功するものとそうでないものに分かれる →国力が上がる、という図式はありですか? どんな風に育てられたのですか? いまはよわよわでも大事大事に育てられますからね。
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>なぜ昔の人はいっぱい子供を生んだんですか。 お国のために? ↑日本に限って言えば、大正時代以前の昔は「避妊具(コンドーム)」が一般に普及してなかったので、妊娠率が高かったからと聞いてます。 これは、現代でも食糧難のアフリカ諸国や東南アジア諸国の後進国とされてる国の出生率が高いことからも明らかで、避妊具を買うことすら出来ない貧困層の妊娠率は高いです。 また、日本では戦時中に「産めよ殖やせよ」政策があり「妊娠中絶手術は禁止され子供を産むと配給品が増えた」と大正生まれの母親から聞いてます。 その後、日本は敗戦を迎えることになりますが、戦後間もなくのベビーブーム時代も妊娠中絶手術の禁止は続いてたことで、進駐軍の米兵との間で妊娠した遊女達(パンパン)も多かったそうですが、妊娠したら出産するしかなかった時代なので、戦後間もなくの「団塊の世代」といわれてる年代にはハーフ(当時は混血児と言われた)の人達も多く生まれることになりました。 勿論、戦後間もなくは出征してた若い兵士が帰国したり、戦争で結婚が遅れた独身者達の結婚ラッシュもあったので、妊娠率が高くなったことも大きいですが、背景には妊娠中絶が容易く出来る時代ではなかったことがあったと当事者だった母親からは聞いてます。 この、望まない妊娠で悲惨な思いをさせず母体保護の目的で「優生保護法」という法律が戦後の1948年(昭和23年)に制定されてから現代までに、恐らく何100万人に及ぶほどの人工中絶手術があったはずです。 因みに、私達5人姉弟は両親が戦前の昭和14年に結婚して、翌年に姉が生まれましたが、その翌年の昭和16年に太平洋戦争が始まりました。 しかし、父親は軍需工場の技師だったので戦時中も徴兵されることはなかったので、戦時中の昭和18年には2人目の姉が生まれました。 そして、戦後の昭和21年頃の食糧難時代に3人目の姉を妊娠した母親は流産して欲しいと願ったそうですが、中絶手術を受けられなかったそうで翌年の昭和22年には3人目の姉を出産してます。 私は、昭和25年に4人目として生まれた長男ですから、父親は大変喜んだそうですが、男の子が1人では可哀想だと3年後の昭和28年には弟を生んでます。 従って、私達男兄弟は10歳ぐらい上の姉達に子守りしてもらった記憶があるぐらいですから、母親からは子育ては比較的楽だったとも聞いてます。
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- rokometto
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子育てではない気がするけど。 シンプルにそれまでもたくさん子どもはいたけど衛生と栄養の関係で育つ前や出産時に死亡することが多かった。 あとは子殺しといって望まない子どもが産まれたら親がその手で殺していたこともある。
- hekiyu
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”ん?本当にブームがあったの?結果論では?” ↑ 戦争が終わって、ブームが始まりました。 それが今の団塊の世代です。 団塊の世代の人数が多く、彼らがお年寄りに なったため高齢化社会になりました。 ”なぜ昔の人はいっぱい子供を生んだんですか。” ↑ 戦争の為に産めよ増やせよ、ということも ありました。 しかし、それ以上に重要な要素があったのです。 昔は、医学が発達しておらず、子供が大人に なるまでに死ぬ子供が多かったのです。 だから、沢山産めば、何人かは残るだろう、と いうことで沢山産んだのです。 これは庶民だけに限りません。 公家や将軍の子供も、沢山死にました。 昔は、福祉が発達していませんでしたので、 老後の面倒は子供が診ます。 だから庶民は、子供を作らないと将来が不安になるのです。 ”子供がいっぱい生まれる→成功するものとそうでないものに分かれる →国力が上がる、という図式はありですか?” ↑ そういう図式は疑問ですが、人口が多ければ多いほど GDP,つまりその国の経済力は大きくなり、国力が 上がります。 日本政府が少子化に悩んでいる根本はそこにあります。 ”どんな風に育てられたのですか?” ↑ 庶民でいえば、長男長女などが弟妹の面倒を 診る、という育て方です。 親は長男、長女を躾ければ、弟妹の躾けも 自動的に出来る訳です。 長男、長女は弟妹を躾けることによって下への 思いやり、面倒を診ることを学びます。 弟妹は、目上の者に従うことを学びます。
兵役や戦死で結婚適齢期の男性が極端に少なかった時代です。 そういう時、女性は男性を選ぶ事は出来ませんし。時には1人の男性を複数の女性が共有することもありました。 イスラムでの一夫多妻はそういう戦争時代の名残ですね。 宗教に入ってしまっているので、平和時になってもなかなか変えられません。 危機的な状況では、生殖本能が増します。 とにかく子供を作らないと、日本が消滅する危機感があったんですね。 そして子どもたちの面倒を見るおじいちゃんおばあちゃんもいましたから、子沢山への不安は全くなかったと思います。 塾も家庭教師もない時代ですから教育費もあまり必要ありませんし、服は長子から順番に着ていたので、末子ではボロボロになってました。 みんなが貧乏な時代でしたので、-1の貧乏でも-10の貧乏でもそんなに恥ずかしくは無かったんですね。
- trajaa
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真面目な質問なのか? 第二次大戦中は青壮年男子は兵役に就いていた 当然、既婚者は子作りするような環境ではないし、未婚者は結婚すらも侭ならない 戦争終結後に帰還した兵士がブランクを埋めるように一斉に子作りした事によって ソレまでの不足分を補う以上の子供が誕生した <-これが第一次ベビーブーマー この世代が、親になる様な年代になったことによって起きたのが、第二次ベビーブーマー世代 国のためなんて考えてない 将来の不安? 家に子供がいない事の方がその家の衰退に直結するから、将来の為にも子供を作ったのだよ 君の描いている図式は見当外れ