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※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:肝硬変末期の父はこんな状態でも生きないと…?)

肝硬変末期の父はこんな状態でも生きないと…?

このQ&Aのポイント
  • 父の主治医からの説明が理解できず、家族に納得させられない状況
  • 父の健康状態が悪化し、水を飲むことで苦しみ始める
  • 肝臓癌の末期状態で、腹水による苦しみを耐える父に対する思い

質問者が選んだベストアンサー

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  • papanda26
  • ベストアンサー率40% (407/1002)
回答No.4

おはようございます。再度失礼します。 毎日なんて通わなくていいんですよ~! 今のお父様の状態を考えても、毎日通ってたらこっちがもちません。 自分のできる範囲のことをやるのが大事なんです。 できる範囲というのは「ちょっと無理をすればできる事」は含まれません。 もちろん、危篤の連絡があったとか緊急時は多少の無理は必要でしょうが… 質問者さんは、持病がおありなのですから、その範囲で通えばいいのです。 朝起きてみないと、その日に行けるか分からない状態だったりすると思います。それでいいんです。 変な例えになってしまいますが、透析が必要な人が、家族が死の淵で入院中だからといって 透析もしないで通ったりしてたら「そこまでする必要ないし、自分が危ないよ!」って思いますよね? 質問者さんにとって、休日(病院に行かない日)を作ることは、透析と同じくらい重要なことだと私は思います。 休まなきゃ!と思う必要もないです。お薬ちゃんと飲んで寝てればよしっ! 逃げたっていい(私は逃げだと思ってないけれど)だって逃げれば結果的に休めることになるんだから。 うまく言葉にならないのですが、吐き出したい時はこういう所でどんどん出しちゃって下さい。

noname#215716
質問者

お礼

papanda26さん、ありがとうございます。 「人工透析」の例え話、良く解りました。理解できました。 何か、とても救われたような気持ちになりました。 本当に、ありがとうございます。 m(_ _"m) 今日は、まだ父のところに行っていません。 実は、一昨日、体型がコロコロ変わる、私は、 礼服を作りました。勿論、喪服のつもりで作りました。 それから、父に会いに行って、 心の中で、「ごめんな、父さん、ごめんな、父さん、」 って繰り返していました… それが、私の中で精神的に限界に来たんだと思います… 今日も母が1人で看ています。 papanda26さん、とても助けられています。本当に。 当分の間、ベストアンサーは決めませんので、 papanda26さんの、ご意見・お考えを私に伝えて貰えますか??? papanda26さんのご負担にならない程度で良いですので、 何回でも書き込んでください。 宜しくお願いします。

その他の回答 (3)

  • papanda26
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回答No.3

前にも回答した者です。 お父様、頑張っておいでなのですね。 まずは質問者さんが「ありがとう」と言えている事が何よりと感じました! 見守るご家族にとって、もう最後かも…という張りつめた気持ちで長くいることはしんどい事だと思います。 「いつまで続くんだろう」と自分たちの実生活との折り合いも考えなくてはなりませんし なにより苦しそうな姿に「もういいよ」と諦めの気持ちになってきたりもすると思います。 ここまで来ると、お父様に対してできることは、家族にも医師にもほとんどありません。 お父様自身にもどうすることもできないのです(諦めてそれで終われるほど命は簡単じゃないですもんね) 「もういいよ」と思うことは本当に自然な感情ですが、だからどうできる訳ではないのも事実。 お父様が自分の人生を最期の1秒まで真っ当するまでは、どんなに辛くても見守るしかないのです。 そばにいるから安心してな。でいいと思います。 苦しい…と言われ、それに毎回リアクションしていると本当に疲弊しますよね。 ただ、本人は「苦しい」と言わないと身の置き場がないのだと思うので、言わせておいてあげて下さい。 一言一言に反応しなくても、黙って見守ったり触れているだけでも大丈夫ですよ。 見ているだけでも辛くて疲れてしまうんですけどね… 腹水と水分の問題は私も本当にジレンマでした。 腹水の苦しみを和らげたいと思うと、利尿剤で補えない分は水分制限をするしかない。 けれど、かなり渇きがあるらしく、水…水…と言われると、水くらい好きなだけ飲ませてやりたいとも思ってしまう。 けれどけれど、そうするとまた腹水で苦しめることになる。。 祖母は意識のあるうちから、口や喉が渇いて張り付くようだと言っていました。 私は、水を飲ませる代わりに、清潔なガーゼを濡らして口に含ませたり、口の中を拭いたり(爪を短く切り、手をよく洗い、消毒した上で)して渇きを紛らわせるようにしていました。 医師からの説明は、こちらもかなり予習していかないと理解不能かもしれません。 お父様は肝性脳症はそれほど進行してきていないのですね。点滴で抑えられる状態なのかな。 延命措置にすぎないと思うなら、点滴を減らすこともひとつの選択だとは思います。 また、腹水穿刺(針で水を抜く)によって一時的にでも苦痛を和らげる選択もあります。 どちらの選択も、目の前の苦痛を和らげることと、命の危険とを天秤にかけるような選択なので ご家族と話し合いのうえ、医師に相談する必要があると思います。 祖母の時は、点滴を減らせば脳症により正気が失われることを既に体験済みでしたので それが怖くてできませんでした(錯乱状態でも苦痛は訴えてくるが、話が通じないので慰めることもできない) すぐに昏睡になることが確定していれば選択したかもしれませんが…それは医師にも分からないとの事でした。 針で腹水を抜くのも、祖母は高齢のためリスクが大きすぎるとのことでした。 お父様は食道の静脈瘤があるので、それが破裂するリスクが高い…かもしれません。 私達家族は、楽にしてあげたい、でも殺すような事もできない、自分たちがどうしたいのかも分からない。 できることは限りなく少ない。祖母の苦痛がどれだけ続くのか誰にも分からない。。 そんな苦悩をずっと抱えていました。 うまく言えず長々書いてしまいましたが、質問者さんは辛くても逃げずに通われてそばにいます。 こんな親孝行はないでしょう。十分にされていますよ。 きっと、今、一緒に苦しんで辛い思いをした分、悔いは残らないと思います! 何もできませんが、少しでも質問者さんの心の荷物を共有できたらと思い書きました。

noname#215716
質問者

お礼

papanda26さん、前にもお返事くれましたね。 「親父、ありとう。」って言うともう最後のようなきがして… という私の言葉に同感して頂き… こうやって、誰かに見守って頂いているのは有り難い事です… でも、でも、でも、私は毎日、父のところに行っていません! 自分が、うつ病になっているからと言い訳をしたくないですが、 昨日は、父の苦しい姿に堪らずに、 母に任せて、休んで、1日寝てしまっていました・・・・・ 食事も摂らずに、ずっと寝ていました・・・・・ 私は父からにげました… 理解できないでしょうが、私は18歳から42歳の今まで、 うつ病で、薬は欠かせません… 今の父の姿は、私には辛すぎます・・・・・ 腹水を抜けば、少し父は楽になるでしょうが、 ほんの2~3日で、元に戻ります。 むしろ、そのことで、体内の糖分や脂質や蛋白質が、 腹水となって、父の身体から抜け出し、 むしろ、父の体力を抜いてしまうことを私たちは知っています。 辛い。 看取ることがこんなに厳しいなんて・・・・・・ 私は逃げたんです。 苦しんでいる父から逃げたんです・・・・

回答No.2

 緩和ケアが一番大事ですので   腹水について 「がんのWEB相談室」で聞いてみたらどうですか。  http://2nd-opinion.fast-corp.jp/ 

noname#211293
noname#211293
回答No.1

はじめまして。 苦しみの様子が伝わってきました。 看ている方も大変ですよね。 わたしの父も肝硬変でした。 若いときからのアルコール依存でそうなりました。 ・ 食道静脈瘤 ・ 肝硬変 この症状はあったようですが、 腹水は聞いたことなかったです。 死ぬ少し前の父はかなり痩せ細って 酸素ボンベがないといけない状態でした。 相当苦しそうでした。 入院はしていませんでした。 実際面倒看ていたのは愛人で わたしたち家族ではありませんでしたが。 父は食道静脈瘤破裂である日突然亡くなりました。 いつものように愛人が行ってみたら もう亡くなっていたようです。 おそらく苦しむ間もなく亡くなったと 思われます。 多分生きているうちの方が 苦しかったかと。 また祖母が亡くなった時も 相当苦しそうでした。 人が死ぬ時というのはこんなにも 苦しいものなのだなぁと思いました。 かわいがっていた猫も亡くなりましたが、 その時も相当苦しそうでした。 病院で介護でひざに抱っこも出来ず、 一番苦しいときにひとりぼっちに させてしまって相当悲しい思いをしました。 その時も死ぬ時というのは こんなにも苦しむのかと感じました。 苦しまない死というのもあると思います。 看取る方にもエネルギーいりますよね。 >私には苦しみをいつまで父に与え続けるのかと思ってしまいます。 そう思われるお気持ちお察しいたします。 寿命は決まっていますから変えられません。 天命を待つしかできないかもしれません。 でも苦しんでいるお父様をどうぞ 最後まで見守ってあげてください。 わたしたちのように 死体になってから面会ということは 少なくともないからです。 支離滅裂、なんの答えにもなってなくて すみません。

noname#215716
質問者

お礼

お返事、ありがとうございます。m(_ _"m) 父は感染させられたC型肝炎が17前に発症して、 インターフェロンの治療を受けましたが完治しませんでした。 それでも、好きなお酒は止めませんでした。 社交的で、話すことが好きで、 行きつけのクラブで、会社の仲間とママさんと、 陽気に楽しく飲むのが好きだったんでしょう。 酒で意識が無くなって、財布を忘れるほどに飲んでいました… 私には破滅的と思えましたが… 父の父が55歳で他界されていて、 4年前から父の母が、認知症で父が介護をしていましたが、 2年前に、とうとう施設に入れました。 父は祖父が55歳と若くして他界していたので、 自分の寿命は「余分に生きている」と思っていたようです… それに、祖母の家族も分からなくなった姿、惨めですが、 毎日、施設に、会いに行っていました。 優しい父と思います。 今の、腹水で苦しい父を看る、私も母も辛いものです。 でも、「しんどい」と言うだけで、 「○なせてくれ」とは一言も言いません。 強い父と誇らしく思います。 緩和治療?として、状況が厳しくなれば、 「睡眠薬」を点滴に入れることになっています。 「その時」が意識のある父を看る最後と思います。 3日前に、施設の祖母を母が連れてきて父に会わせました。 「あんた、誰?誰?」と言っていた祖母も状況が解ったようで、 「この子誰?」 「お婆ちゃんの息子だよ」  沈黙が続き… 「この子、もうアカンの?!」  って…言いました。 祖母の顔は尋常な顔ではありませんでした。 自分の息子が、 自分より早く逝ってしまう「現実」を 突きつけられたんですから・・・・・ 苦しいですね。 人が、家族が、亡くなってしまうなんて、 辛いですね。 仕方ないことと解りながらも… でも、この「辛さ」を乗り越えないと、 私たちのために働いてくれた、頑張ってくれた父に 報いることが出来ないと思うんです。。。。 私も支離滅裂になっています。 申し訳ありません。

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