裁判員制度について
ディベートで反対意見を言うことになり、分からないことがあり、意見やアドバイスが欲しかったので質問しました。
すこし急いでいるのですぐに回答いただけるとうれしいです。
法の知識がない一般の人の意見を反映したくてこの制度を導入したのですよね?
それで、誤審を減らすということですが、逆に法の知識がないために誤審になるってことはないのですか?
その知識のカバーに裁判官のサポートがあるため大丈夫とも聞きますが、それでは裁判官の言うことにしたがって決めたりして、裁判員の意見を反映しきれないこともあると思うんですけど…どうなんでしょうか
それに一般の人を連れてきて裁判を行うほど、裁判官は一般常識がないのですか?
確かに裁判官ってだけで堅苦しそうなイメージはありますけど、裁判官だって人間であり、ほかの人と変わらないような人生を歩んできているのではないでしょうか?テレビだって一切見ないなんてことはないと思います。音楽だって聞く時があると思います。そこまでして一般の人を採用する必要はあったのでしょうか…
日本の警察・検察は優秀だと聞きましたが、それなら有罪の可能性も高いと思うのですが、この制度で裁判員の意見をいれる必要はあったのでしょうか?
人の人生を左右するような判決を出すわけですから、精神的な負担もあるのではないでしょうか。それに仕事を休んだりしなくてはいけないのでそういう負担もあると思いますが、国民に負担をかけてまでやる必要はあるのですかね…
守秘義務とか持ちたくないですし、証拠の写真なども見せられたらショックも受けると思うのですが
裁判官は司法試験や実施試験なので勉強や訓練してますが、普通の人はしてません。
それゆえ、被告人に感情移入などしてしまい、刑が軽くなるなど誤った審判を下すこともあると思うのですが…
そのような事例などあったら教えていただけないでしょうか
国民と司法を近づけるということも聞きますが、それなら刑事裁判だけでなく民事裁判もやったほうがいいのではないでしょうか?
民事の方が近い存在だと思うのですが…
陪審制のアメリカでは誤審も多いと聞きますが、それは問題点にならなかったのでしょうか?
同じような制度で問題が起きているのに採用するのって大丈夫なのでしょうか…
裁判員が寝てしまうということもあったみたいですが、このような問題を残したままこの制度を続けていくつもりなのでしょうか…
裁判員が寝てしまうとか問題だと思うのですが…
長々と書いてしまってすみません
長文なうえに読みにくいところもあると思いますがご了承ください
それでは回答待ってます
よろしくお願いします。
お礼
ありがとうございます。 >のであるから,裁判員となるのはこの努力を放棄していることにならないか? 投票の棄権と違うのでしょうか? しかし、素人が人を裁くと 量刑のバランスは度外視するし、被告の見た目の印象など 罪状以外の要素が左右してくるし、問題点も否定できないでしょう。