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人間は事象に対する決断を何時していますか?

こんばんは。親愛なる哲学好きの皆様のために 考えました。 さて 人間は事象に対する決断を何時していますか? たとえば この度の衆議院選挙 「貴方はどの候補者に投票しましたか?または 投票しなかったか?」この事象に対する決断は 貴方は何時したのでしょうか? 「君は何を言っているのか 投票場所で投票した時に 誰に投票するか決断したに決まっている」とおっしゃるかもしれませんが。本当にそうだと断言できますか? 貴方が誰かに投票しようと考えたのは 選挙が告知された時ではないのですか?それなら 過去に決めていたのではないのですか?もっと 言えば 貴方の理想の世界を実現するための候補者への投票は もっと以前 この世界の理想を考えた時 子供の時決めていたのかもしれません。いやいや 生まれる前にすでに決まっていたのかもしれません。 いいや それも違うよ 貴方は頭の中で理想の世界を思い描いたのだから 「貴方の頭の中では 未来で誰に投票するか あるいは 投票しないかを決めていたのさ」 どうか皆さんのお力で「人間は事象に対する決断を何時するのか?」迷える私に ご教授ください。私は食べ物を美味しく食べたいので この問題が解決しないと とてもモヤモヤして困るんです。「美味しい食べ物が過去にあるのか?現在にあるのか?未来にあるのか?」よろしくお願いします。m(_ _)m

みんなの回答

回答No.6

事象の大きさ、複雑さによって、決断のリードタイムは異なります。 「いつ?」という問いに無理やり回答すれば、「手遅れにならないうちに」決断しているといえるでしょう。 そのタイミング以降では、決断が遅すぎた(=決断ができなかった)ということになります。

Tefu_Tefu
質問者

お礼

こんにちは。 まづは お礼が大変遅くなったことに皆様のご理解を願いたいと思います。年末は 忙しくて体調不良になり 思考がパニックになっていました。 ご回答ありがとうございました。おかげで考える時間ができました。 私は 「決断」とは?個人的利益からの決断か?社会的利益からの決断なのか?二つに分けて考えてみたいと思いました。 一つ目は 量的な決断 人間(種)としての決断です。社会的利益からの決断 二つ目は 質的な決断 個人としての決断です。   個人的利益からの決断 次に 人は過去の(人間的な潜在意識)や(個人的経験や学習)を踏まえて (個人的な未来)を考えて (社会的環境)に左右されながら 「今」決断しているのでしょう。「今」とは 事象に対して(個人的に決断)した時だと思います。 そこで問題になるのが (個人の個人的利益のためにした決断)が どのくらい(社会的利益のための環境)により損なわれたか損なわれなかったかだと思います。 (個人的利益のための決断)と(社会的利益のための決断)が一致した時 いいかえると個人の幸福と人間(種)の繁栄が一致した時 人は「私は決断した」と自信をもっていえるのではないでしょうか。 一つ目の場合は 社会的利益が優先されたので今とは過去よりである。種の保存=保守的 二つ目の場合は 個人的利益が優先されたので今とは未来よりである。種の進化=革新的 という 私の個人的考えになりました。どの回答も素晴らしいのでベストアンサーは敢えて「決断」しません。(笑) なんと正にその状態でした さすがMokuzou100nennさん。

回答No.5

昔、と言っても、私が若い頃の話し、ではありません。 古代ギリシャの民主政治の時代に、ある島で反乱が起こり。武力で制圧した後、島民は皆殺しにするべきか、許すべきか、が議題になり。殺せ、と議会は決断した後、いややっぱりそれは過酷過ぎる、許そう、となり。連絡の船を走らせた後、再び決断が変わり、また船を走らせる。というのが。2転3転どころか 4転5転した。と言うことがあったそうです。最後は助ける事になったようですが、殺していたら、 民主主義に対する評価が変わっていたかもしれませんね。 フラトンの民主政治への失望、否定、としての、哲人政治、の思想に影響を与えた事件なのかも知れません。 昔、今度は私の中学時代ですが、戦後の民主教育では、プラトンは民主主義は知らなかった、と教えられました。ギリシャ後期のプラトンが民主主義を知らない訳はないですよね。 決断とは、(迷いを)断じて、決める。であり。 決断しなければならない事象は、真理学で言う負の葛藤、の場合が多く、迷いを断じる、ことが出来ないまま、演技、嘘、を含む思惑で決めている場合が多いのでは。 知恵とは無縁の東洋の形而上学?「論語」に。 勇者は怖れず、知者は迷わず、仁者は憂えず。というのがありましたが。 知者、仁者は、解っている、知っている、故に、迷う事がないから決断の必要はない。まいった、困った、とかは思わず、最適な行動、適応を考え実行するだけ、との意味もありそうです。 決断したのは何時か?考えた事がありませんでした。 決=断 決×断=決断 という、漢字を作った者の(老子的?)知恵、言葉の意味からは、 何時、は不確定、決められない事、と思います。 しかし、決断が行動として現れると。行動を起こした時=今 となる意味があり。 行動を起こした=起こさせた、 縁、を見ると、縁は常に過去となる意味がある。 何時、が現れる事になるのかもしれません。 山中で熊に出くわした時、人間は、どう対応するかの、決断を迫られ。 目を合わせないようにして、ゆっくり後退してから逃げる。死んだふりをする?、戦う、などの行動を起こす事になります。しかしそれらは、その時決断したのではなく、前から、山中で熊にであったら、どう対応するかは、考えていた、決めていた、決断はその時したのではない意味もありそうです。 下等と言われる生命体には、驚くほどの、知恵=適応、対応能力、が備わっている。 最も進化している生命体は大腸菌ではないか。と言った微生物学者もいたようです。 人類はそういう遺伝子的に組み込まれた知恵を退化させ、脳による、判断を獲得した。 これは必ずしも進化とも言えないようです。 10年ちかい前になるのか、国連の科学委員会、とかが。 地球は人間の活動によって温暖化している。すでに11時50分である。今、決断しなければ、手遅れになるであろう。と言っていました。 温暖化が炭酸ガスの増加によるものであるなら、化石燃料の採掘を止めなければならないし、 地球全体のエントロピ-収支の問題であるなら、膨大な廃熱で海を温めている、原発は真っ先に止めなければならないのです。そういう決断が、現代人類に出来るんでしょうかね。 負債を大きくして、子や孫の代に押しつけることになるんでしょうね。 あ、選挙には行きませんでした。

Tefu_Tefu
質問者

お礼

こんにちは。 まづは お礼が大変遅くなったことに皆様のご理解を願いたいと思います。年末は 忙しくて体調不良になり 思考がパニックになっていました。 ご回答ありがとうございました。おかげで考える時間ができました。 私は 「決断」とは?個人的利益からの決断か?社会的利益からの決断なのか?二つに分けて考えてみたいと思いました。 一つ目は 量的な決断 人間(種)としての決断です。社会的利益からの決断 二つ目は 質的な決断 個人としての決断です。   個人的利益からの決断 次に 人は過去の(人間的な潜在意識)や(個人的経験や学習)を踏まえて (個人的な未来)を考えて (社会的環境)に左右されながら 「今」決断しているのでしょう。「今」とは 事象に対して(個人的に決断)した時だと思います。 そこで問題になるのが (個人の個人的利益のためにした決断)が どのくらい(社会的利益のための環境)により損なわれたか損なわれなかったかだと思います。 (個人的利益のための決断)と(社会的利益のための決断)が一致した時 いいかえると個人の幸福と人間(種)の繁栄が一致した時 人は「私は決断した」と自信をもっていえるのではないでしょうか。 一つ目の場合は 社会的利益が優先されたので今とは過去よりである。種の保存=保守的 二つ目の場合は 個人的利益が優先されたので今とは未来よりである。種の進化=革新的 という 私の個人的考えになりました。どの回答も素晴らしいのでベストアンサーは敢えて「決断」しません。(笑) hanniyagi100さんの回答は いつも分かりやすくてありがたいです。体調管理は幸せの元ですね。

  • kanto-i
  • ベストアンサー率30% (180/596)
回答No.4

事象から心象が生じた時点で判断していたのを 心証を使い判断することに切り替えていってるのですが 全政党の公約を調べなかった事実を踏まえたら、選挙においては心象で選んだ所が 強かったのかもしれません。 まだまだ詰めが甘いですね。 美味しい食べ物は、味わうときは常に今にしかないと思います。 過去の栄光の振り返りは、印象の美化や理想化により今の美味しさを曇らせるからです。 未来も想像においては空想でしかなく、実際は現在なにをしたのかで未来を作りますから 今片付けるものを片付ければ「今からの未来」そして「その時の今」に味わうことができる。 常に今味わってるものが大切かと思います。 常に片付けて、毎日美味しく食べれるのが一番です。

Tefu_Tefu
質問者

お礼

こんにちは。 まづは お礼が大変遅くなったことに皆様のご理解を願いたいと思います。年末は 忙しくて体調不良になり 思考がパニックになっていました。 ご回答ありがとうございました。おかげで考える時間ができました。 私は 「決断」とは?個人的利益からの決断か?社会的利益からの決断なのか?二つに分けて考えてみたいと思いました。 一つ目は 量的な決断 人間(種)としての決断です。社会的利益からの決断 二つ目は 質的な決断 個人としての決断です。   個人的利益からの決断 次に 人は過去の(人間的な潜在意識)や(個人的経験や学習)を踏まえて (個人的な未来)を考えて (社会的環境)に左右されながら 「今」決断しているのでしょう。「今」とは 事象に対して(個人的に決断)した時だと思います。 そこで問題になるのが (個人の個人的利益のためにした決断)が どのくらい(社会的利益のための環境)により損なわれたか損なわれなかったかだと思います。 (個人的利益のための決断)と(社会的利益のための決断)が一致した時 いいかえると個人の幸福と人間(種)の繁栄が一致した時 人は「私は決断した」と自信をもっていえるのではないでしょうか。 一つ目の場合は 社会的利益が優先されたので今とは過去よりである。種の保存=保守的 二つ目の場合は 個人的利益が優先されたので今とは未来よりである。種の進化=革新的 という 私の個人的考えになりました。どの回答も素晴らしいのでベストアンサーは敢えて「決断」しません。(笑) 「過去の栄光の振り返りは、印象の美化や理想化により今の美味しさを曇らせるからです。 未来も想像においては空想でしかなく、実際は現在なにをしたのかで未来を作りますから 今片付けるものを片付ければ「今からの未来」そして「その時の今」に味わうことができる。」 私もこんな文章が書けたらと思います。

  • DMIM
  • ベストアンサー率17% (10/56)
回答No.3

やはり、決断した時に決断したのだと思います。 でも、その決断は、その時より前の様々な決断や記憶などにも、よっていますね。 そして、質問者であるTefu_Tefuさんは、過去のどれ程かの部分が現在にも含まれているというそんな構造をどう判断したら良いかを質問しているのだと思います。 やはり、決断した時に決断したのだと思います。 自分の中に現在に既に在る過去の決断や記憶などを現在がどうか触発しているのでしょう。 過去に、ペットボトルを、蓋を開けたまま、テーブルの上に置きました。 そして、今、そのペットボトルに手が当たって、ペットボトルの中の水がこぼれてしまいました。 「なぜ蓋が開いているの!? 蓋が開いていなかったら、手が当たっても、こぼれなかったのに。」 「なぜ手が当たるの!? 手が当たらなかったら、蓋が開いていても、こぼれなかったのに。」 水がこぼれたというその事象にはその両方の原因が要ったと思います。 で、過去の決断や記憶などを現在にどう用いようと決断するかもが、それと同じなのだと思います。

Tefu_Tefu
質問者

お礼

こんにちは。 まづは お礼が大変遅くなったことに皆様のご理解を願いたいと思います。年末は 忙しくて体調不良になり 思考がパニックになっていました。 ご回答ありがとうございました。おかげで考える時間ができました。 私は 「決断」とは?個人的利益からの決断か?社会的利益からの決断なのか?二つに分けて考えてみたいと思いました。 一つ目は 量的な決断 人間(種)としての決断です。社会的利益からの決断 二つ目は 質的な決断 個人としての決断です。   個人的利益からの決断 次に 人は過去の(人間的な潜在意識)や(個人的経験や学習)を踏まえて (個人的な未来)を考えて (社会的環境)に左右されながら 「今」決断しているのでしょう。「今」とは 事象に対して(個人的に決断)した時だと思います。 そこで問題になるのが (個人の個人的利益のためにした決断)が どのくらい(社会的利益のための環境)により損なわれたか損なわれなかったかだと思います。 (個人的利益のための決断)と(社会的利益のための決断)が一致した時 いいかえると個人の幸福と人間(種)の繁栄が一致した時 人は「私は決断した」と自信をもっていえるのではないでしょうか。 一つ目の場合は 社会的利益が優先されたので今とは過去よりである。種の保存=保守的 二つ目の場合は 個人的利益が優先されたので今とは未来よりである。種の進化=革新的 という 私の個人的考えになりました。どの回答も素晴らしいのでベストアンサーは敢えて「決断」しません。(笑) 「水がこぼれたというその事象にはその両方の原因」勉強になりました。

回答No.2

実は対峙(面と向かい合った)瞬間でしょう。 自己の意識と存在の次元の問題ですね。 いろいろ理屈を考えていても、結論は対峙したときに印象と自己の観念で出しているのでしょう。 選挙では、今回は○党にしようと思ったりもしていましたが、長年の付き合いと多分ほとんどの人は投票しないだろうという党派にやはりしました。 このやはりは実は大きなファクターでしょう。 私の内部で誰かがもう決めていて、それを覆すもう少し強いファクターがなかった。 いや覆そうとしたファクターを抑えきった友人関係というのがあるようです。 実は決める主体や瞬間を自己が意識しているかどうかそれほど明確ではありません。 意識に上り、考えている時にはもう実は決めていますね。 いろいろ優柔不断、迷っている人。 そういう人はもうけっていしているけど、選択して実行することのできない何かがあるか、能力や資質を欠いているのです。

Tefu_Tefu
質問者

お礼

こんにちは。 まづは お礼が大変遅くなったことに皆様のご理解を願いたいと思います。年末は 忙しくて体調不良になり 思考がパニックになっていました。 ご回答ありがとうございました。おかげで考える時間ができました。 私は 「決断」とは?個人的利益からの決断か?社会的利益からの決断なのか?二つに分けて考えてみたいと思いました。 一つ目は 量的な決断 人間(種)としての決断です。社会的利益からの決断 二つ目は 質的な決断 個人としての決断です。   個人的利益からの決断 次に 人は過去の(人間的な潜在意識)や(個人的経験や学習)を踏まえて (個人的な未来)を考えて (社会的環境)に左右されながら 「今」決断しているのでしょう。「今」とは 事象に対して(個人的に決断)した時だと思います。 そこで問題になるのが (個人の個人的利益のためにした決断)が どのくらい(社会的利益のための環境)により損なわれたか損なわれなかったかだと思います。 (個人的利益のための決断)と(社会的利益のための決断)が一致した時 いいかえると個人の幸福と人間(種)の繁栄が一致した時 人は「私は決断した」と自信をもっていえるのではないでしょうか。 一つ目の場合は 社会的利益が優先されたので今とは過去よりである。種の保存=保守的 二つ目の場合は 個人的利益が優先されたので今とは未来よりである。種の進化=革新的 という 私の個人的考えになりました。どの回答も素晴らしいのでベストアンサーは敢えて「決断」しません。(笑) 決断に迷うのは「能力や資質」の問題かもしれませんね。

回答No.1

Tefu_Tefu
質問者

お礼

こんにちは。 まづは お礼が大変遅くなったことに皆様のご理解を願いたいと思います。年末は 忙しくて体調不良になり 思考がパニックになっていました。 ご回答ありがとうございました。おかげで考える時間ができました。 私は 「決断」とは?個人的利益からの決断か?社会的利益からの決断なのか?二つに分けて考えてみたいと思いました。 一つ目は 量的な決断 人間(種)としての決断です。社会的利益からの決断 二つ目は 質的な決断 個人としての決断です。   個人的利益からの決断 次に 人は過去の(人間的な潜在意識)や(個人的経験や学習)を踏まえて (個人的な未来)を考えて (社会的環境)に左右されながら 「今」決断しているのでしょう。「今」とは 事象に対して(個人的に決断)した時だと思います。 そこで問題になるのが (個人の個人的利益のためにした決断)が どのくらい(社会的利益のための環境)により損なわれたか損なわれなかったかだと思います。 (個人的利益のための決断)と(社会的利益のための決断)が一致した時 いいかえると個人の幸福と人間(種)の繁栄が一致した時 人は「私は決断した」と自信をもっていえるのではないでしょうか。 一つ目の場合は 社会的利益が優先されたので今とは過去よりである。種の保存=保守的 二つ目の場合は 個人的利益が優先されたので今とは未来よりである。種の進化=革新的 という 私の個人的考えになりました。どの回答も素晴らしいのでベストアンサーは敢えて「決断」しません。(笑) 「今」と自信を持っていえるようになれればと思います。