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大学設置基準の大綱化とは
ある本に「大学設置基準の大綱化」という文章があったのですが、これってどういう意味ですか? 「大綱」を辞書で調べましたが全然分からなかったので、できるだけ噛み砕いて教えていただきたいです。
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○大学設置基準 第2条の2 大学は、学部、学科又は課程ごとに、人材の養成に関する目的その他の教育研究上の目的を学則等に定め、公表するものとする。 第19条 大学は、当該大学、学部及び学科又は課程等の教育上の目的を達成するために必要な授業科目を自ら開設し、体系的に教育課程を編成するものとする。 ・設置基準の大綱化 平成3年までは大学設置基準において、大学の開設する授業科目を 「一般教育科目」、「専門教育科目」、「外国語科目」、「保健体育科目」に区分すべきこと、 また、それぞれの科目について卒業までに修得すべき単位数などを定めていたところを、 (昔は、全大学各部学科問わず体育や外国語、一年次から必修、落とすと卒業できませんでした\(^^;)) 個々の大学が社会の要請に適切に対応しつつ、より一層特色ある教育研究を展開することができるように するため、これらの開設授業科目の区分や必修単位数などに関する規定を撤廃し、 代わりに、上記の2点を規定するのみに留めました。 これが一般に「設置基準の大綱化」と言われているものです。
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- amarini
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NO.1様の回答の背景についてのあくまで補足です。 「大綱化」という言葉がよく出てくるかもしれませんが、用語を調べてもわかりにくいでしょう。流れを大づかみに言います。 戦後の大学教育つまり人口の数パーセントの教養人を育てるための形であった大学のありかたが、平成以後の日本の社会構成にあわなくなっていました。それを米国からの規制緩和要求(日米構造改革)の一環として改善を求められていました。 その結果として、平成三年 1991年に大綱化という名前で知られるような大規模な大学改革が行われました。新たな大学設置基準には「緩和」という面があり、また、戦後の、まだ欧米化に進むことが社会のテーマだった時期の、教養人と、一般人という階層観が通じなくなっていることへの現実的な対応でもありました。 大綱化時期以後、大学進学率は現状5割を超えたと同時に、設置基準の軟化が手伝って、まず当時までの女性の大学進学に寄与し、女性の教養化を手伝う責務を担っていた短期大学が大打撃を受けて、縮小していきます。それらは、4年制大学になるケースが多く、女性の社会進出の増大の傾向を受けて、大学進学率を大きく上げることになりました。一方、短大や専門学校を飲み込む形で進んだ、「大学」の数の増大は、大学そのものの質の低下、学生の学習意欲、能力の低下を引き起こしたとも言われています。 また広い意味での教養学習、教養というイメージ自体が従来のもの(大綱化以前、さらに明治近代以降の教養というもの)とまったく別の新しいのものに生まれ変わらないといけないのですが、現実がともなわず、「教養」のない「大学」、教養訓練を受けないままの専門課程始まる、といった現象が起きています。現在はそのことへの反省が生まれ、「大綱化」以後の成果と欠点と改善への動きが、社会的にあるということになります。 現状の大学制度の難点のはじまりとして「大綱化」がやり玉にも上げられますが、ある意味では「大綱化」自体は、70年代以降、日本の知識、教養の拠点としての高等教育をどうするのかという課題に対して動きが鈍かった日本に対して、アメリカの改善要求を呑むかたちで、当時文部省がとりまとめたものといえるのではないかと思います。 今、さらにその後、「大綱化」でもたらされた教養、専門、その他の体系的な再編をどうするかが時代的に求められているわけです。とくに、高度経済成長を終えた日本の経済面での頭打ちに危機感を持つ産業界からの強い要求があり、また国際レベルで活躍できる人材が少ないのではないかという文化面からの指摘もあります。高度な資本主義社会、かつ西欧追求型を卒業してしまった日本社会が今後どういう、人材を各個別社会の現状と、新たな指導者育成の観点から育成していくか、その思想と制度の作り上げと徹底化と、実施が、緊急課題となっていると思います。
お礼
回答ありがとうございました。とても細かく解説していただいたので、とても勉強になりました。
お礼
回答ありがとうございました。とても分かりやすかったです。