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葬儀後に関して
途中文章がおかしくなったりすることもありますが、最後までつき合わせてください。 葬儀後に家族葬に対し会社では忘年会の場合や年末・元旦のあいさつはどう対応したらよいでしょうか。 普通、主人や会社の先輩など相談すると思いますが、急なのでこちらに質問したく書き込みしました。申し訳ございません。 最近母親が亡くなって、無事葬式を済ませて一週間後になりますが、 私が知る限りでは当面、近所・会社の挨拶まわり(済ませました)のほか、年賀状は控える。 11月に喪中はがきの準備、元旦に神社は行かず、納骨した墓に故人の好きだった花(松は飾らない)・お参りする(絶対的ではないですが出来る範囲であれば)。 一方、お歳暮・中元は祝い事でないため、通常通りに挨拶すれば十分だと言われています。 このことについては他のサイトなど見て理解していますが、まだわからない点があります。 上記の書いたとおり、忘年会・年末年始に対する行動は初めてなのでどうしたらよろしいでしょうか。 お願いします。
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- jhayashi
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会社の従業員ですよね? 母親が会社役員で社葬ではなく家族葬にした という話ではないですよね 単に従業員であれば特にどうともないでしょう 家と会社は別(仕事は別問題) 49日どころか 忌引きで休んだ直後に忘年会、新年会参加してもいいでしょう 会社のお祝い事の参加もいいんじゃないでしょうか (新社屋建立パーティとか) ※さすがに翌日とかじゃ気分的にNGだろうけど 故人が役員でしたらまた違う考えになるでしょう お祝い事でも何度もあることでしたら控える方が多いでしょうが (正月関係、神社への参拝) なるべく避けるとは言っても お祝い事でも一生に一度しかないようなことは開催する方が多くなっていると思います 結婚式の開催、結婚式への参加、初節句など
- michael-m
- ベストアンサー率50% (2724/5433)
<回答>沖の住むようにすればよろしいです。特に決まりなど存在していません。 <解説>最近デタラメを教える者がマスメディアで多くて困ります。 実は1年の喪には何の根拠も無いのです。 1年の喪というのも医調べた方のサイトでは「戦時中に共同作業の参加をしたくないために言い出したものが戦後に全国に広まった」としています。 よく似非常識人が持ち出す明治の服忌令でも1年は有りませんし、正式に廃棄されていて慣習というものはありません。もし廃棄された法律が破棄後に慣習になったら世の中混乱するでしょ。 更に天皇崩御の際は1年ですが、日本にはお上に遠慮すると言う風習があり天皇が一年であれば当然短くするのが常識ですし、皇室典範では50日が義務で、後は公務に支障の無いように分割します。 本来喪中挨拶は元日に出すべきもの。というより年賀状は年が明けてから出すべきものなのです。しかし昔は正月三日は休みだからつくのが遅れるので年内にとなり、さらに喪中は混雑をさけてそれより先に出しましょうというのが郵政省の宣伝でした。つまり喪忠葉書を早くだすのは郵便の都合でしかないのです。 ですから常識からすれば忌中、つまり故人の冥福を祈る期間は最大50日(仏教では49日)です。また社会的には会社などで決められている忌引きを過ぎれば日常生活に戻ります。 喪というのはその人が悲しみに日常生活もままならないという期間であり、日数は決まっては居ません。ですから「喪中はしてはいけない」のではなく「喪中でする気にならない」期間なのです。つまり、旅行に行きたい、宴会に出たいと考えればそれは既に喪明けとなります。 ですから49日法要が終わり、翌々日には神道の忌も明けるので日常生活に戻ってよろしいということ。後は気分的にまだ立ち直れないのであれば宴会も年賀の挨拶も必要ありませんし。先に書いたように喪中欠礼葉書は郵便局の津堂でしかなく、出さねばならないものでもありません。それに喪中の人に年賀を出すことは失礼でないということは礼法にも有ります。(そもそも郵便で挨拶するのは正月中に会えない人だけなんです) 似非常識家は「穢れるから」といいますけど。貴方のお母さんは穢れていますか?居ませんよね。 死者を穢れだなんてとんでもない侮辱でしょ。 四十九日を過ぎれば個人は成仏していますからいくらでも好きな花を飾ってあげてください。成仏しているのに穢れというのはおかしいでしょ。 穢れの考えはイザナギ神話から生まれましたが、これも世紀の大誤解ですというか後の人が利用したに過ぎない。 イザナギはイザナミが死んだから穢れたのではありません。その証拠に息子であるホノカグツチを殺しても穢れたとは言っていません。イザナギは行きながらにして黄泉の世界に“脚を踏み入れた”から穢れたのです。だからイザナミを埋葬してもカグツチを殺しても穢れては居ないわけです。 つまり人が死んだから穢れるのではありませんし、死んだ人が穢れるわけでもないのです。 真実と慣習とは矛盾することが多い。真実や根拠の無い風習を「因習」といいますが、この喪の扱いはまさに因習でしかありません。因習を信じている人にたてついても仕方ないので、何もしないのが一番です。 貴方が悲しみの中にあって心から楽しめないのであれば、当然その期間は喪中です。ですから付き合いでも良く必要は無いし、相手はそれを強要することはできません。年賀においても同じです。別にこちらからわざわざ挨拶状を出す必要もありません。強いて言えば日頃会えない人にだけ喪中欠礼を出せば良いんです。その際に「ご挨拶ありがとうございます、お葉書を見て元気が出てきました。」とでも書けば全く問題ありません。 50日を過ぎれば神社参拝も問題ありません。神社本庁のサイトでも「忌中であってもやむをえない場合は祓を受ければよい」と書かれています。実は明治の服忌令にも「服喪の期間であっても禊を受ければ中断して構わない」という注意書きがあるのです。 ですから風呂で冷たいシャワーを浴びれば禊完了ということにもなります。
お礼
回答ありがとうございます。解説文が長い為読む時間がなかったので今自宅でゆっくり読みました。 長い文章の書き込みありがとうございます。 そうですか、こういった誤った情報もあったという話もあるのでなんともいえませんが、一年間でなく49日の法要が終わってから通常通りということなのですね。
お礼
回答ありがとうございます。なるほど、家と会社とは別な方法があるのですね。(就業規則に詳しいことも書かれてありませんでしたから)。