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部落差別教育とは?目的と課題について
- 部落差別教育の意義や独自の工夫、考え方について教えてください。
- 部落差別教育の対策として、部落地区の子供への配慮や差別・いじめの防止、利用の防止などが取られていますか?
- 部落差別教育に関して、歴史の時間や教科書の選定、教育の役割などについて疑問があります。また、ゴールとしての状態についても触れてください。
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質問者が選んだベストアンサー
私は、昔の部落出身者ですが、都市で生活しておりますが、就職、恋愛において、一度も聞かれたことがありません。差別だ、差別だと叫んで役所へ圧力をかけて利権を得ている団体が、あることに大変悲しくなります。仮称 右翼で金を出さないと凱旋車を出すぞ脅して金を巻き上げる団体と私は同じと思っております。
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- buster21-com
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道徳教育も性教育も、聞こえの良いだけの表面的な事をしてる為、結果は逆に出て弊害が目立ってます。 特に、これ等の問題は自然的な流れを重視するべきで、当の本人である個々で対処を考えさせる方が良いと考えます。強制は別な問題発生の原因となると思います。
お礼
ありがとうございます。 >これ等の問題は自然的な流れを重視するべきで、当の本人である個々で対処を考えさせる 具体的にはどういうことでしょう?
- tauhon
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#5です。補足します。質問者は自分の意見を言っています。ここは質問者が意見を披露する場所ではありません。 >2については、対策をお聞きしているだけで、教育を否定しているわけではありません。 私は質問者が「差別教育を否定」しているように解釈しました。 >3(3)差別が残っているから教育は必要、しかし、教育があるからこそ差別心(地区の人の劣等感)が残る。そういう矛盾が生じているように思えます。教育だけではありませんが、なくすなくさないではなく、もっと違った形にすべきではないでしょうか?どう思われますか? 私は今の差別教育が必要と考えます。 「改革」は必要ですが、「撤廃」は必要ありません。 >最後に…私は世界史を勉強する限りでは、歴史的に見て日本はもっとも差別の少ない国、と認識しています。 認識の差ですね。私の解釈とは大きな開きがあります。
お礼
ありがとうございます。 >私は質問者が「差別教育を否定」しているように解釈しました。 ちゃんと読んでくださいね。 >「改革」は必要ですが、「撤廃」は必要ありません 同感です。現在「改革」の兆しは見えますか?
- tauhon
- ベストアンサー率24% (104/421)
こんにちは。一部回答します。 >(2)逆に差別やいじめをうむ これは「寝た子を起こすな論争」というものです。 では差別の実態を知ってしまったらどうなのでしょうか? 差別の現状をまったく知らない状態では、かなり危険なことになるのではありませんか?「下地」があったほうがまだ問題は大きくなりにくいのです。 今日、明日のいじめがあったとしても、1年後、10年後の理解度は差別教育があったら違うのではないのでしょうか? もちろんいじめが起こらない教育が必要なのは言うまでもありません。 また、「差別教育を止めれば解決」するものは何かあるでしょうか? >(3)本来は、教育などやめても大丈夫な状態にするのが、ゴールのはずです。まだ、その段階にはきていないのでしょうか?すくなくとも、進学率、就職率に差はなくなりました。 まだその状態にはないと考えます。 私の知っている人で結婚が取りやめになったケースがありました。差別はとても深い問題です。 先日の元ハンセン病患者に対する差別問題も、日本がいかに差別というものに対して無理解、無関心であるかを示しています。日本が「差別後進国」である以上、差別教育は必要なのです。
お礼
ありがとうございます。 2については、対策をお聞きしているだけで、教育を否定しているわけではありません。 3(3)差別が残っているから教育は必要、しかし、教育があるからこそ差別心(地区の人の劣等感)が残る。そういう矛盾が生じているように思えます。教育だけではありませんが、なくすなくさないではなく、もっと違った形にすべきではないでしょうか?どう思われますか? 最後に…私は世界史を勉強する限りでは、歴史的に見て日本はもっとも差別の少ない国、と認識しています。差別を肯定しているわけではありませんが、「後進国」ではないし、今は「後進国」という言葉は差別であるとされていると認識しています。個人的な意見としては、「後進国」というような暗いイメージよりも、差別が少ない誇りある国、でもまだ残ってますよ、と教育した方が効果的ではないかと思うのですが。
- shima-2
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すみません、再び。 「同和利権の真相」という本もあります。 これは対解放同盟です。 この視点ももっているといいと思います。 下記でレビュー見れます。
お礼
ありがとうございます。 それ持ってます。実際地元の事件もあります。2.(3)は、教育がそういう連中に悪用されている、という一面がある。ということですね。
- shima-2
- ベストアンサー率22% (115/519)
私は大阪府H市の義務教育で部落差別を含め、差別問題・戦争について教育を受けました。また、転校したため、千葉県Y市でも義務教育を受けましたが、保守的な教育の為、殆ど差別についてなどの教育は受けませんでした。 1について> 上記通り、極端な2種類の義務教育を受けました。それにより、義務教育が終わってからの価値観が大阪の友達と千葉の友達で、かなり違っていると思います。 大阪の子は割りと、差別意識を持たないように努めていますが、千葉の子は意識のある子とない子の格差が大きいと思います。(いじめも含めてです) 2について> (1)部落地区の子供がかわいそう ⇒大阪では朝鮮の子供がいたらしいのですが、日本人名を使っていて、誰がそうなのかはわかりませんでした。確かに、当人達は辛いかもしれませんね。。。 (2)逆に差別やいじめをうむ ⇒これに関しては、私は全く逆です。無意識がイジメを拡大させることは多分にあります。意識している人が「止める」役割をすることは非常に多いです。 (3)一部の人間、団体に利用されている ⇒・・・ごめんなさい。意味がわかりかねます。どう意味ですか?政治的な意図でしょうか? 3について> (1)どうして「歴史」の時間にやらないのか?「道徳」なんて「部落差別」の時間みたいでなんか「道徳」じゃないよね。 ⇒道徳と歴史は全く違う授業と認識しています。歴史は政治や国の成り立ち、道徳はもっと心の勉強・・・と認識しています。私のいた学校は、部落差別だけでなく、戦争についても多く勉強しました。 修学旅行も広島でした。 (2)どうして「解放同盟」がつくる教科書を使うのでしょうか?また、他の会社(団体)は作っていますか? ⇒「にんげん」という教科書でしょうか?私はそれだったんですけど、それは教育委員会や、教科書を選定する方たちに聞かないと、わからないのではないかと思います。 (3)本来は、教育などやめても大丈夫な状態にするのが、ゴールのはずです。まだ、その段階にはきていないのでしょうか?すくなくとも、進学率、就職率に差はなくなりました。 ⇒全く逆だと思います。千葉の学校のほうが、陰湿なイジメや登校拒否が多かったのは事実です。大阪の学校では滅多にありませんでした。(あくまで私の通った学校の話ですが)人間は歴史を繰り返してしまします。繰り返してはいけない歴史は学び、繰り返さないように本来すべきだと思います。また、進学率、就職率とは全く比例しない関係のない分野だと思います。 「本来は、教育などやめても大丈夫な状態にするのが、ゴールのはずです」それは、宗教を統一するのと同じくらい、もしくは全世界を社会主義にするのと同じくらい、ありえないことでなないでしょうか。 私は、道徳の授業は義務教育の「後」の価値観に影響を与える教育だと思っています。 問題は、受身の授業でなく、きちんと議論の場を教師が作れるか、ということではないでしょうか。 受身では宗教と同じです。
お礼
ありがとうございます。参考になりました。 大阪の方が千葉よりいじめが少ないというのは「道徳」のおかげである、というのは極論ではないですか? >進学率、就職率とは全く比例しない関係のない分野 とは言いますが、「人間らしい生活」はおくれているはずです。そもそも人間らしい生活を、ということで教育を含め数々の政策がなされてきた、と認識していましたが…「差別」だけなら数え切れない種類がありますよ。それらと同等ではないですか? ただ、教育の意義はあると思います。
- jiromeijin
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3.(1)について 私も、そう思います。きっと文科省の役人は、「差別心を無くすのは、道徳教育」と思っているんでしようね。あらゆる差別心を無くすのは「科学的な分析に基づいた教育」だと思うけど。 (2)部落差別を受けている立場から、物事を見るから。第二次大戦のとき、「アジアの為に戦った」とする日本政府の見解と「侵略された」とするアジア諸国の論戦みたいなものかな。共産党系の文献もあるし歴史学者の書いたものもあるし各地方自治体で出版しているものもあります。 (3)そのとおりです。まだ、だめですね。2ちゃんねるなんかのカキコをみても、とてもマトモな感覚で書いているとは思えないものも多数あります。
お礼
ありがとうございます。 いろいろ参考になりました。 専門家の方らしいので少しお聞きします。 2.(1)(2)についてですが、私の教室では、すごく地区の子供がみじめだったような記憶があります。休む子もいました。いじめは起きなかったですが逆に「この子は被差別者だからやさしくせないかん」というような差別心が生まれました。教育自体がいけないと言う意味ではなく、もう少し配慮を、という意味で、お聞きしたのです。また、配慮されているならどんなものがあるのか…と 3(3)についてですが、教育を含め、数々の行政、慣習などで特別扱いされることにより、それを悪用する人間が存在してしまいます。その一面のみを見てくだらないカキコしているような感じがします。差別があったから、特別扱いする、でも特別扱いするから、差別はなくならない、そういう図式ができてはいませんか?これに対しての対策は?
- jiromeijin
- ベストアンサー率18% (92/495)
1.について 「部落差別」は、日本だけに通用するものなんだけど、最近ようやく「女性の昇進・昇格の差別」が裁判で認定されたよね。差別というのは、差別をする方もそうだけど差別をされる人の自覚がないと差別じゃないわけで。つまり、自分からみると「パートやフリーターで働く人」は充分差別されていると思うんだけど、本人たちがそれで良ければ差別じゃないわけでね。部落差別でいえば、食肉産業や皮革産業は何処の国にもあるわけだけど、グッチやエルメスのバッグを作る職人が部落差別を受けたなんて聞いたことはないしね。ようは、部落差別という伝説に振りまわされている人のこころが問題で、それを払拭するには長い時間との戦いかな。 2.これも本人の自覚の問題で、可愛そうなのは差別をする人たちというか、間違った意識を植え付けられて真実の姿が見えなくなっている人のほうがかわいそうだね。例えば、自分が部落出身というのは証明書はないわけで、本人の自覚か誰かがレッテルを貼るか興信所が勝手に思い込むかというようなものでね。団体に利用されているというのは、人間であれば、何処かの団体に入っているわけで評価の分かれるところかな。来客なので、つづきはあとで。
お礼
ありがとうございます。 こういった方のご意見は本当に胸にしみます。 本当に求められていることはいったい何なのでしょうかね?