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参議院を良識の府にする事
近頃参議院無用論が出ています。それは”良識の府”という意味が不明確なためでしょう。 衆議院は国民の総意を国政に反映させるために存在するという前提で、国としての最終決定は論理的にできるだけ正しいと思われる主張が反映される必要があります。しかし当然の事ながら自分の身近な事には高度な判断能力があっても、それ以外のことは高校生、中学生以下の知識の人(高級公務員も含めて)が殆どだと言って良いでしょう。その彼らが同等に発言するとマジョリティが基本的に無知である事からくるいい加減な結果になるのは当然で、それが現在の政治の現状でしょう。 そこで提案ですが、良識の府、参議院は部門分類と適当な議員数は別に決めるとして、全国民は自分でそのどれかの分野の1つを選んで所属し。投票できる事とする。その上でそれぞれの専門分野集団の中から選挙により代議士を選出し、衆議院からの法案を専門的な立場で、自分の知識を生かしてチェックし議論する代議士を選挙する。その彼らが参議院の中で理解しあった結論によって承認、あるいは否決、差し戻しをする機能を持つ議院として参議院とする事はいかがかというのが、私の質問です。もちろんこのシステムは複雑ですがコンピューターによる整理が十分可能で、現在では簡単にクリアーできると思います。
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- issaku
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面白い方法だと思いますし、技術的にもクリアは可能でしょう。 その上で難癖をつけるのですが、まず制度設計の面で大きな懸念があります。 ひとつ。部門分類と議員数の設定によってかなり恣意的な運用が可能であろうと思われます。 審査するそれぞれの議案に対する専門分野は、かなり千差万別と言って良いほどですが、あらゆる法案に対応するカテゴライズとクロスオーバーの組み合わせにどのような基準を設けるべきか、また、それぞれの議員定数をどのように決定するか、きわめて難しいのです。(たとえば定例的で定型的な税制改正法案であっても、その対象や使途設定においてほぼ全ての分野を網羅しますので、法案に応じて対応する専門部(委員会?)の組み合わせが必要です) 選挙を実施する以上、定数は当然として、基準についても任期中に柔軟に変更するというわけにも行きませんから、時宜に即した制度設計をあらかじめ行い、また随時修正する必要があるのですが、逆に考えると、そこに「見えない手」が入り、恣意的に一部のグループに決定権が集中するように誘導することも可能なわけです。 なにしろ、専門化した代議士に審査権を委ねるからには、参議院全体での採決という手法の優先度を比較的低く設定する必要があるので(分野間での審査意見の対立は必ず生じますが、そこで軒並み数の論理で押し切られると制度の意義が大きく削がれます)ケースによっては少数の代議士、つまり有権者比率ではごく少数の国民の支持の下に決定権が左右されてしまいます。 よって、おのずと審査基準と分野別定数の規定は憲法まで踏み込むこととなり、おそらくは衆議院に委ねられることになるのでしょうが、そこでの議論は(その迂遠さを想像するだけでも胸やけがしそうですが)具体性に乏しく、そもそも国民にとっては非常にわかりにくい内容になる懸念がありますし、そこで矢張り官僚組織的な操作を受ける危険が生じるように思われます。 ふたつ。衆愚政治的な弊害を避けるため専門的代議士を民主的に選出するという手法において制度的矛盾は無いだろうか、ということ。 専門家を顧問的立場のナントカ委員として任命するのでなくあくまで選挙民の意思によって代議士として選出するということで、すなわち衆議院と同等の民主的な議決機関としての地位を与えようということになるのでしょうが、その一方で、選挙民が自由に分野を選択するということは、或る分野の政策に関する決定権を有する議員の選出基盤を狭くするということに繋がるわけで、そのことが逆に非民主的な結果を惹起することにならないか、という懸念です。 たとえば、専門分野の区分割を仮に10分野まで絞ったとして、何らかの重点的な政治目標を持った団体が組織的に介入した場合、単純平均すれば衆議院の10倍の影響力を持つことが可能となるわけです。 もちろん、国論を二分するような分野には所属したい国民が集中するでしょうが、その手続き方法の如何によってはこれまた恣意的な罠(手続上のタイムラグなどを利用した)を仕掛けることも可能です。 参議院をいわゆる良識の府として機能させるのであれば政党・政府官僚の影響力を極力排除しなければならないともいわれますが、むしろ暗然とした影響力を受けやすくなってしまう懸念があるわけです。 また、そもそも論として、参議院に関しては選挙民が特定の分野にしか参画できないという仕組みについて参政権に対する原則的是非を問われることはないのか、といった意見もあるでしょう。 次に実行面での課題想定としてひとつ。 投開票システムの技術面は何とかなるでしょうが、制度設計上の理念を反映させるためにコスト増を招く懸念があります。 たとえば多くの選挙民にとっては特定の専門分野の候補者グループについて特段の知識は無く、それ以前に関心のある政策分野をはっきりと特定できる人々も限られていますから、おのずと所属先決定まで含めた投票行動全体において不公平な偏りが生じやすくなり、(候補者名簿の上位・最左右翼列に偏るとか、知名度優先になるとか)これを選挙公報等の公的手続きや啓発活動等で抑止するのは相当に手間と費用がかかりそうです。 また候補者にとっても全国一本の極大選挙区制度と同じ構造ですから、政党の看板が使える比例代表制とは比較にならないような莫大な選挙対策費用が必要でしょう。インターネット運動くらいではマスコミに露出した候補などには太刀打ちできませんので、結局は資金力がモノをいうことになるように思われます。 つまり、制度理念に適う国民の投票行動、選挙運動における公平性といった建前を重視すればするほど、選管も候補者も労力費用面で過酷なのでは、ということです。 他にも気になる点がありますが、長くなったので、以上です。
- xx x(@hateha2_goo)
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それにより、洗練されたより深い回答・解決案が創られそうですね。何よりも数多有る問題に対して、対応する能力の無い議員が選出されていること、膨大な浪費ですね。