- ベストアンサー
健常者にへつらわなゃならない苦しみ
- 精神障害者と認められた以上健常者に諂わなきゃ生きていけないのでしょうか?
- 障害者枠での就職や生活における苦労や健常者との関係について悩んでいます。
- 精神障害による仕事への影響や、母親からの侮辱的な言葉による心の傷を抱えながら、現状に苦しみ感じています。
- みんなの回答 (4)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
障がい者雇用で、週5で働いている者です。 『…気がして』という自分の予想より、なんとか勇気を出して、他人に相談してみるのが一番だと思います。 予想外の答えが返ってくるかも知れません。 私は、入社した日に上司にこちらから相談しました。 障がい者雇用だと、病気のことはこちらから話さないと聞いてくれません。 もしどうしてもそれができなければ、年単位で時間がかかりますが、自分なりの答えが見えてくると思います。
その他の回答 (3)
- 7ftpr
- ベストアンサー率28% (21/75)
あきらめるしかないのでしょうか? とのことですが、他人からの答えを待つまでもなく、質問者さん自身が「既にあきらめている」のではないですか? 健常者だから、とか、障害者だから、とかではなく、あなたも私もひとりの人間なので、それぞれに自分ができることを精一杯やればいいと思います。
- bari_saku
- ベストアンサー率17% (1827/10268)
単純に思ったのですが、じゃあどのような職場ならあなたは居心地がいいのですか? 「気遣い無用!」と宣言すれば、周囲はそのように対応してくれると思います。 ただそうなると、あなたが仕事についていけるかどうかどうかなのですが。
- masakadomasaka
- ベストアンサー率16% (39/230)
駅に階段があったとします。その階段の段差が一段10mだったとします。あなたも私もその階段を使って上に「移動」することはできませんね。でも世の中に巨人族がいたとします。その人たちにとってはその階段はぴったりなわけですよね。 世の中の「動線」は「五体満足」な人が動けること前提に作られています、だから車いすの人は「完全にフリーな移動・行動」ができないわけです。 会社のルールやそれを作る労働基本法も基本的には同じです。「精神的・知的に五体満足」な人間を前提に作られています。 健常者はこの点をもっと理解するべきと考えています。 車いすの人は「スロープも無い階段」を移動するには誰かに持ち上げてもらわざるを得ない」し 精神に障害のある人にはその精神的なもろさや不安定さ(失礼な表現に感じたら申し訳ありません) に考慮した職場環境や労働条件を用意すべきなのです。そして「それが当たり前なんだ」と理解 する必要があるのです。 そのうえで、その配慮を受ける側(障害を持つ側)も「その配慮をしてもらえていること」には 一定の感謝や認識を持つ、といった相互理解がなければいけません。 精神障害あるいは発達障害などは分野的に新しく、社会からは理解されにくいと思います。 ご家族も専門的知識がないのなら、つい感情論で質問者様とはなしてしまうこともあるかもしれません。
お礼
ありがとうございます。