地方と都会で全く違いますね。
私の父は大阪市内の小学校で、学童集団疎開を経験しました。
都市以外の小学生はそういうことはありませんでしたし、そんなに食べ物に困ることはなかったみたいです。
疎開も、先ほど上げた集団疎開と、田舎の親戚を頼る縁故疎開がありました。
集団疎開は文字通り一日中一緒に過ごすために、それこそめちゃきついいじめも多かったと聞きます。
それが何ヶ月も続くんです。大変だったと思います。
縁故疎開は食べ物こそ困りませんが、都会の人間が田舎の小学校に通うことで、これもいろいろな差別があったみたいです。もちろん都会のこどもに対するあこがれも多かったとも聞きます。
また本当に厳しかったのは1944年~45年の時期なので、ほんの数歳の違いで、集団疎開を味わった世代(尋常小学校)と、学徒動員された世代(高等小学校以上)があるみたいですね