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恥と権力

恥が権力から生まれると小耳にはさんだのですがメカニズム的にどんな感じなんでしょうか? 封建主義のときのやんごとなき人はみんなに囲まれて生きているので恥がないってのは何となくわかるのですが、下々はどのように恥を内面化するのでしょうか?

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noname#194996
noname#194996
回答No.4

例えば身分制度は権力がつくったものです。 単純化しますが士農工商の4段階を作って、一番偉い士は誇りを最高度に持てます。順々に階層が下がるにつれて誇りが減り、反対に卑しさが増えていきます。上に対して存在するだけで恥ずかしいという気分を持たせるのです。最低の身分のひとは同じ階級のひとだけにものがあたりまえに言え、対等に行動と交渉ができるということになります。 おっしゃるように、最高位の人間は誰に対しても自由に行動ができ、それに関して恥ずべき意識は持たないのです(今の霞が関の住民のようにです。)権力が、彼ら自身がなんでも自由にできるようにそういうような文化を作ったのです。これは社会が安定するうまい方策です。 >下々はどのように恥を内面化するのでしょうか? 要は教育だと思います。論語などを彼らに都合がいいように解釈して下々に押し付けたのです。

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  • ok9608
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回答No.3

No.2です 『恥が構造主義がいう構造なのか、権力なのかってどう判断するんでしょうか?』とお尋ねですが、残念ながら構造主義についてよくは知りません。印象から 思考対象を構造体として理解し その構造体の背景、意味などを明確にしていくモノとおもいます。 恥が何かの構造主義の構成体とかんがえれば 構造とおもいます。権力は構造主義の構成体と理解するより 構造体の総体とか、背景とか、意味とか に対応しているように思われます。したがって 恥を権力の一つと理解するなら 恥文化とか準法規としての恥律とか の総体的意味のようにおもわれます。 以上参考になれば。 

  • ok9608
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回答No.2

大雑把には権力が恥構造を創ると思います。権力者にとって 法権力を行使しないで 目的が達せられるシステムを創ることができれば 一つの上策と思われます。恥は文化とみなされ 個人の行動を縛るもの と思われます。恥ずかしい言動は 意識或いは無意識を問わず 抑制されるのです。個人の言動を抑制する手段としては 法よりも効率がよい場合もあります。 恥文化を創りあげれば 権力者は 楽して目的が達成できる と思います。例えば、大日本帝国は 明治から第2次大戦の敗戦まで 大和魂、八紘一宇の大精神、天皇の赤子のもと 生きて虜囚となるなかれと 恥文化をよし としたのです。 そして 結果として数百万人の死者をつくったのです。その文化創り手段は 学校教育、家庭教育、隣組、マスコミなどあらゆるものが 動員されたと思います。 以上 参考までに

nanashinanashi
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 恥が構造主義がいう構造なのか、権力なのかってどう判断するんでしょうか?

  • hekiyu
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回答No.1

恥が権力から生まれるのですか? 権力が恥から生まれるのではないですか? そうだとすれば ディシプリンによって、内面化するのだと 思います。 つまり、躾、規律、訓練、調教、懲罰などを 繰り返すことによって内面化する。 フーコーの監獄の誕生が有名です。 恥を内面化するのは、日本ではないですか。

nanashinanashi
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 権力から恥が生まれると思っていたのですが。 恥から権力が生まれるとはどういうことでしょうか。 >>つまり、躾、規律、訓練、調教、懲罰などを 繰り返すことによって内面化する。 わかりました。感謝します。