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新/古モンゴロイドと蒙古ヒダの発現の強弱との関係

スーチーさんは目頭が完全に真横に切れており、 完全な二重であって蒙古ヒダがまったくありません。 ビルマ人について蒙古ヒダと人種分派の面から説明してください。 次に、 新/古モンゴロイド関係の過去の質問への応答で トルコ系の民族もモンゴロイドとしているものがありますが、 鼻根の高さからはcaukasoidとしか思えません。 この点の別の説をお願いします。

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  • suiran2
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回答No.1

モンゴロイドとコーカソイドの分岐は、7万年前と考えられています。この頃は環境の激変で人類の全人口は2000人程度と絶滅寸前でした。アフリカや中近東に小人数の集団で生活していたようで、この際に生殖的隔離が起こりモンゴロイドとコーカソイドが分離したようです。 その後環境が改善され、コーカソイドは東はインドからヨーロッパへと分布を広げていきました。一方のモンゴロイドは中央アジアへと進出し、北はシベリア(北方系古モンゴロイド)から東は東南アジア(南方系モンゴロイド)へと分布を広げたようです。この始めに分布を広げたモンゴロイドを古モンゴロイドと言います。コーカソイドから別れて間もないですからコーカソイドと形質的にはそれほど大きな差はありません。蒙古ヒダは持ちません。 この古モンゴロイドは、2.5万年前に氷河期が訪れまして海面が低下したためベーリング海峡が陸地となり、これにより南北アメリカにも古モンゴロイドは進出していったと考えられています。日本では北方系古モンゴロイドの南下してきた集団が縄文人です。 間氷期が訪れますと古モンゴロイドの集団が再び北上してシベリア等で生活を始めました。1万年以上寒冷な土地で生活したために寒冷地適応が進み、蒙古ヒダを始めとしました多くの北方系新モンゴロイドとしての形質を獲得しました。この北方系新モンゴロイドも1.2万年前の氷河期に2.5万年前に北方系古モンゴロイドがたどった道と同じ道をたどりました。日本に南下し、移住したものが弥生人です。 ですから新・古モンゴロイドは北方系モンゴロイドで寒冷地適応の度合いによって分類されたものです。より寒冷地適応したものが蒙古ヒダを持ちます北方系新モンゴロイドです。私は人種的に日本人ですが綺麗な二重まぶたで蒙古ヒダはありません。縄文人の末裔であることが一目で分かります。 ビルマは、南方系モンゴロイドで北方系新モンゴロイドではないですし、イギリス統治下で民族破壊を目的にインド人(有色コーカソイド)を意図的に移住させた地域ですから、スーチーさんの人種は知りませんが、蒙古ヒダが無くて当然と思います。 民族とは、生活習慣、言語、宗教等の文化的な側面からの分類ですから、トルコ民族は中央アジアの遊牧騎馬民族を起源としていますからアジア系でモンゴロイド系です。人種は生物的な形質による分類ですからほとんどコーカソイドです。 ○モンゴロイドについては下記を参考にして下さい。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B4%E3%83%AD%E3%82%A4%E3%83%89#.E5.8F.A4.E3.83.A2.E3.83.B3.E3.82.B4.E3.83.AD.E3.82.A4.E3.83.89

noname#200115
質問者

お礼

詳しいご解説に感謝します。 ビルマ人の民族破壊を目的に・・・ははじめて聴く話です。 この点に触れた学問的に信用できる著作があったら教えてください。

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