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ヴェルサイユ条約での戦争責任条項について
第一次世界大戦の講和条約となるヴェルサイユ条約では、ドイツに対する戦争責任条項を含んでいました。 なぜドイツに戦争を起こしたとする戦争責任が求められたのでしょうか? 直接的な原因はサラエボ事件後、オーストリア=ハンガリー帝国がセルビアへ宣戦布告したことであったと認識しています。 パリ講和会議が開かれた際には既にオーストリア=ハンガリー帝国がなかったとはいえ、どこかに責任をなすりつけ、補償をがっぽり頂きたいという連合国側の姿勢しか見えてこないのですが。
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第一にヴェルサイユ条約は対ドイツの講和条約です。 ヌイイ条約(対ブルガリア王国) サン=ジェルマン条約(対オーストリア共和国) トリアノン条約(対ハンガリー王国) セーヴル条約(対オスマン帝国)→オスマン帝国が倒れたためローザンヌ条約(対トルコ共和国) が別に結ばれています。 あと直接的な原因が何であろうと、同盟側の主力があくまでドイツだったのは間違いありません。1914年までの数年間とサラエボ事件後にドイツが慎重な外交姿勢を取っていれば世界大戦への拡大は避けられたかもしれないし、実戦でもオーストリア他の軍隊はドイツ軍の添え物程度でした。 同じ事は程度の差はあれ協商側にも多分いえるので同盟国側にだけ開戦の責任を問うのは勝手といえば勝手です。が、それまでの戦争で勝った方が負けた方から問答無用で賠償を取っていたのに比べれば「開戦に責任があるものは(責任に応じて)処罰される」という普遍化可能なルールを示した事は戦争違法化への一歩として評価しても良いのではないでしょうか。そうやって一次大戦では勝った国も明らかに不当すぎる事はやりにくい世界に段々なっていった訳ですから。論理構成の問題であってドイツに苛酷な賠償が課されたのは変わりませんが。
お礼
>第一にヴェルサイユ条約は対ドイツの講和条約です。 勉強不足でした。 >普遍化可能なルールを示した事は戦争違法化への一歩として評価しても良いのではないでしょうか。 参考になりました。 遅くなってしまってすみません。回答ありがとうございました。