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論文て信じていいの?
論文でどうだとか言う人がいます。 論文て本当に正しいの? 論文を書いた人が間違ってたなんてことなの? その論文が正しいのか、間違いなのか、みんなどこで判断してるの? 自分で研究とかしてない人が、正しいか、間違いか、の判断ができるものなの? 教えて下さい。 お願いします。
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質問者が選んだベストアンサー
>鵜呑みにしてはいけないと感じるのは疑り深い私だけなのでしょうか・・・ >答えではなくて飽くまでアドバイスや参考程度として、こういう考え方もあるんだよということですよね このスタンスは正しいです。私は医療系の質問を覗くことが多いですが、まぁ本当にひどい回答は山ほどありますよ。本当は指摘して訂正してやりたいくらいですけど、向こうからしてみれば私も同じことですもんね。 >専門家ではなく一般の方が親切心で答えて下さるわけですから。 だからこそ気を付けなければいけない、鵜呑みにしてはいけない、ということになりますね。 そうですね。その中でも客観的な裏づけがたくさんあり、筋が通っているものを回答として選べばいいのだと思います。ただ私は回答していて思うのですが、いくら(現段階で)理論的で正しいとされる説明をしても、自分の意に沿わない回答は排除する質問者が多すぎます。 これは実際に病院の口コミでもおなじです。 「あそこの先生は本当に良い」 とよく聞くと思いますが、よくよく聞いてみると 「話をよく聞いてくれる」 「希望の薬などだしてくれる」 などが理由で、肝心の 「病を治す」 という一番重きを置かなければいけない理由ではないことが多々あります。膝痛の患者に 「痩せなさい」 という医師より 「どうぞ好きなものを食べてください」 という医師のほうが良い医師と評価されるのはなんか解せないですよね。 少し話がそれましたねすいません。これだけ情報があふれている世の中ですから、いかに正しいものだけを選択するかというのはとても大事なことです。そのための第一歩は 「まず疑う」 ではないでしょうか。(といっても今の原発問題は何が本当の情報かわからず混乱気味です) 長文、乱文失礼しました。ご参考になれば幸いです。
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- 井口 豊(@Iguchi_Y)
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昆虫専門家として,論文も書く立場として お礼の中で,ちょっと気になった点をいくつか。 まず,回答No3のお礼の中で >専門家ではなく一般の方が親切心で答えて下さるわけですから。 私の場合,例えば,以下のOK回答では,自分の研究例や論文を引用しています。 6月上旬のホタル http://okwave.jp/qa/q6731071.html また,次の回答では,自分が良く使う回帰分析の例を元に解説しています。 回帰分析:定数項ゼロのときの補正R2の値 http://okwave.jp/qa/q6757958.html だから,一概に,「専門家ではなく一般の方が親切心で答えて下さる」とは言えないし,少なくとも,そう思って欲しくない(つまり,専門家としての回答の場合)もあると考えてください。 それから,回答No7へお礼で >私はその中で間違いとまでは思わないけど、正しいとも思わない、参考程度と考える側の人間です。 私は,それで良いと思うし,自分の専門外の情報は,私自身そう思うことも多々あります。 実際,質問者の指摘は,これまでの,特に科学論文に関しては,クリティカルな問題なんですよ。 学術論文の場合は,peer review 制度というのがあり,それぞれの「いわゆる専門家」の複数意見を「参考にして」,論文が受理され発表されているのです。 その「意見を述べた人」や編集者が,これで良し,と言えば,論文になるのです。 だから,自分の論文に関しても,「ほかに認めてくれる人がいる研究」というつもりで,一般の人に情報提供しています。 ただ,気をつけてほしいのは,参考程度と言っても,判断を迫られるときがあるものです。 そのとき,参考意見は多いほど良い,と私は思っています。 一番悪いのは,その参考意見すら知らない(知らされない)ことだと思っています。 今度の東日本大震災や,かつての阪神大震災では,予想外の場所とか,予想外の規模,とか言う一般人(中には専門家も)いますが,それを地震前に指摘した論文は実際には存在するのです。 ただ,そういうのがあっても,役所や企業が言わないと,結局,学会や論文だけの,いわば内々の話で終わってしまいます。 私は,そういう役所や企業の姿勢が一番問題だと思っています。 私が研究するゲンジボタルでも,例えば,ホタルの名所として知られる長野県辰野町では,実は,県外から買ってきたり,もらってきたりして増やし,地元に元々いたゲンジボタルは,その移入行為のため絶滅してしまったことが判明しました。 しかし,町は,それを観光客に隠し,地元のホタルを保護し増やしてきたと宣伝してきました。 だから,地元ホタルが絶滅したなんて,今も役場は一言も触れません。 私は,質問者が言うように,こういう結果を「参考」にして,役場も一緒に調べたり,その情報を観光客にも明かして,関心持つ人皆で話し合ってもらったら良い,と提案しています。 しかし,辰野町役場は全く受け入れません。 朝日や毎日といった新聞の地域面に載せてもらったら,役場にジャンジャン電話がかかったそうです。 私は,役場で怒鳴られました,「なんでマスコミに言うんだ」と。 言わないほうが地域経済のためになる,なんて意見さえ聞きます。 これでは,一般の人に,参考資料さえ提供されないんですよ。 専門家が研究発表するとき,こんな例もあることを知って下さい。
- shiriustar
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追記。 昔からの論文、新しく出た論文とその時代背景や実験データ等によって論文は違ってきますし、その時は正しいと思われた事も時間と共に覆される事もあります、これは致し方ない事だと考えます。 ですが、大学の研究者等が実験しデータを集めたその論文を、その時代時代によって出た正しいと思われる論文を正しいと思わないで何をもって正しいと考えるのでしょうか? こういったことは何時の時代にもあり、これが歴史と言う物です。
お礼
>ですが、大学の研究者等が実験しデータを集めたその論文を、その時代時代によって出た正しいと思われる論文を正しいと思わないで何をもって正しいと考えるのでしょうか? これって凄く難しいですよね。 最終的には信じたいか、信じたくないかになりそう・・・ だから人それぞれ正しいと考える人、参考程度と考える人、間違いだと考える人いると思うんです。 もしみんなが正しいと思ってしまったら新しい論文もでてきませんもんね。 疑うからこそもう一度検証してみようってなるんでしょ? 私はその中で間違いとまでは思わないけど、正しいとも思わない、参考程度と考える側の人間です。
- east_end_404
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まず、通常「研究」と「それをまとめた論文」とは、大まかに「問題提起」、「仮説」、「検証方法の決定」「検証の実践(実験、調査、等)」、「結果・結論」、「考察」、「参考文献」で構成されています。 つまり、「仮説が、全て真か全て偽か。一部真か一部偽か」等を実験や検証で確認するのが「研究」で、その流れ・成果をまとめたものが「論文」です。 研究を行い、論文を作成する際、「結果の偏りをなるべく減らす」為に、被験者・対象物を一定数揃え、他の条件に影響されない様に注意を払い、主観で判断・結論づけをしない事が原則です。 又、歴史や文学関係の研究・論文なら、「一次資料」にあたるのが原則です。「Aという人物」について書かれた(Aに関する言及がある)文献を複数読み、同時代に書かれた他の文献複数にも目を通し、同時代人について書かれたものも読むのが通常です。 例えば、「幕末のある事件」について研究した(論文発表した)方は、「事件そのものについての、当時の記録」(複数)だけでなく、事件が起こった地域の庶民が書き残した日記にもあたり、それまで諸説あった当時の天候に関して「裏付けのある結論」に達しました。 なので、自分が研究していなくても・専門分野でなくても、「論文全体(問題提起から、参考文献まで)」に目を通せば、「それなりに信頼を置ける」か否かは判ります。 論文とは、「未来永劫、絶対なる真実」が書かれている訳ではありません。「その時点では真・偽だった」「それらの実験・調査からは、真・偽と証明された」というものです。 更なる検証研究・論文や、反証研究・論文が存在するものもありますし。 論文の読み方で一番危険(してはいけない)で、一番ありがちなのが「結果だけを取り上げる」というものです。 例えば、「○○を使ったら、1ヶ月で5kg痩せた」「△△は、健康に良い・悪い」といった類のものです。 以前、アメリカの煙草会社は「喫煙は健康に良い」という研究成果を発表しました。これは、被験者を「無作為抽出(アトランダム)」でなく、「作為抽出」したからこそ得られる結論です。つまり、「喫煙者で、かつ長生きしている人」「喫煙者で、かつ癌を発症していない人」「喫煙者で、かつストレスの低い人」と「非喫煙者で、かつ短命だった人」「非喫煙者で、かつ癌を発症した人」「非喫煙者で、かつストレス過多の人」を選び出し比較したのです。(交通事故死者数と喫煙による癌発症者数の割合比較もあったかも) アメリカ全土からならば(州ごとでも或いは)、「有意数」となる人数をそれぞれ「一件、不自然に見えない様に」選び出す事は可能です。 つまり、「結果は『嘘』ではないけれど、信頼するには値しない」ものという事です。 では、「ある程度、信頼出来る」と看做すにはどうすればいいのか。 例えば、「ダイエット効果」なら、被験者数が3桁、「被験者の性別・年齢・身長・体重・体脂肪率・スリーサイズ・持病/既往症歴・職業・一日の平均的な活動歴・ストレス度・飲食物の嗜好・趣味」が明らかで、「○○を使うだけで、後は従来通りの生活をする」と「○○を使い、かつ他の生活指導を実践する」「○○は使わず、かつ他の生活指導を実践する」「○○は使わず、かつ今迄通りの生活をする」の4グループ(1グループの被験者は、出来れば3桁)で比較検証されていて、結果として各グループ及び各個人の減量結果の推移・数値も記載されていて、「体重から見て、何%の減量か」という比較もされて、相関関係も検証・考察されていて、尚且つ「参考文献」「参考資料」が明示されているならば、「ある程度、信頼出来るダイエット法」と看做していいでしょう。 「論文全体」を確認出来ないのなら、「痩せるには、どうしたらいいのか(問題提起)」と「○○を使ったら痩せた(結果の一部)」だけを鵜呑みにするべきではないのです。 さて、 >論文て信じていいの? >論文でどうだとか言う人がいます。 >論文て本当に正しいの? >論文を書いた人が間違ってたなんてことなの?(なんてこと「ないの」?でしょうか) こういうのは、「今迄、論文を(大学の卒業論文レベルでさえ)書いた事も読んだ事も無い人」或いは「程度の低い、『作文』レベルの卒論しか書かなかった・書けなかった人」若しくは「教養レベルの低い人」の発言・発想です。 真剣に研究・調査した結果をまとめた論文が、発表当時は受け入れれらなかったけれど、時代を経て「正しい」と証明されて認められるものもあります。(分かりやすい例だと、「天動説に対する地動説」がありますね) 逆に、真剣に研究・調査し、発表当初は「正しい」結果・結論だったけれど、後年更に検証を進めると、誤差や当時は気付かれなかった影響等が確認出来て、「正しいとは言えない」という新しい結果・結論が出されるものもあります。例えば、「リノール酸はコレステロール値を下げる効果がある」という研究結果(論文)が過去にありました。この効果は「事実」で、リノール酸は動脈硬化の治療や予防に使われました。しかし、その後の研究で「過剰に摂取すると善玉コレステロールまで減らしてしまう」「熱に弱く150℃以上加熱すると過酸化脂質を生じ、癌の原因になる」といった弊害が明らかになりました。現在は、「リノール酸は、なるべく生の(加熱されない。加熱し過ぎない)状態で摂取するのが良い」という見解になっています。これは、「最初の研究の際には気付かれなかった事が、後の研究で明らかになった」上での「補足修正」です。 文学作品の考察や歴史上の人物の功績等の評価等の場合は、新資料の発見や時代の雰囲気・人々の考え方の変遷によって変わるものですが、だからといって「過去の論文が誤りだった」とは必ずしもなりません。「当時は、その様な見方、解釈がなされた」と受け取るべきものなのです。「最新のものが、未来永劫『正しい』解釈である」とは限らないのですから。 痩せる方法にしても、被験者数が少なければ「それで痩せられる人はいるかも知れないけれど、『誰もが』とは言えない」と考えるのが自然です。「自分により近い年齢・体型・生活習慣・持病/既往症・食の嗜好の同性」が何人中何人痩せたのか、で「それなら、自分も痩せられるかも知れない」「その方法では、私は痩せられないかも知れない」という感じに考えられるのです。 ちょっと下世話な例ですが、「初体験の年齢」のアンケートも「作為抽出」が行われています。つまり、「如何にも『ヤッテそう』な高校生」「渋谷や原宿、新宿等で遊んでいる高校生」を中心に尋ねているのだそうです。 ある雑誌で、「成績上位校の生徒(進学意欲もあり、風紀も整っている)」と「成績下位校の生徒(進学意欲が低く、服装頭髪も違反者が多い)」とで別々にアンケートをとった所、前者では「恋人がいても、性行為をするのは、高校生ではまだ早い」という考えが圧倒的に多く(9割近く)、「性経験あり」は「クラスに一人いるかいないか」位だったそうです。そして後者では、「高校生の○割が経験済み」「○歳で初体験」として世の中に出回っているものに近い数値になり、「付き合っていたら、性行為をするのが当たり前」という考えが非常に多かったそうです。 これは「アンケート」であって、「研究(論文)」ではありませんが、「作為抽出による、恣意的な結果の産出」「情報操作」という点では、無視出来ない事例です。 この場合、「都内私立高校2年・女子」というだけでは、「被験者情報」としては全く不十分なのです。「学校のレベル・服装・髪型・髪色・制服時の化粧や装飾品の有無」のみならず「家族構成・家族の職業」までが情報提供されていなければ、「広く一般的な、平均的な高校生の実態」とはならないのです。 「批判精神」とは、「正しい筈がない」「嘘に決まっている」と否定的な断言をする事ではありません。 「本当にそうだろうか。別の方法で検証出来ないかな」「そういう事もあるかも知れないが、必ずしも『絶対』ではないだろう」等の様に、物事を「自分の目で」見て「自分自身で」考え、検討する事です。 蛇足ですが、学校での基礎・基本的な学問(勉強。情報)を疎かにした人(「学校の勉強なんて、社会に出て役に立たない」等と嘯いている人)こそが、「作為抽出や偏った情報で恣意的に作り上げられた検証結果(論文、アンケート、等)に踊らされます。高校で物理や地学等をきちんと学んでいる人は、今回の放射線量や除染に関する「マスコミの煽り・偏向情報」には引っかかりません。(少なくとも、引っかかりにくい、です)
お礼
>論文を書いた人が間違ってたなんてことなの?(なんてこと「ないの」?でしょうか) お恥ずかしい、「い」が抜けてました。 やはり論文は参考程度と考えた方がいいですね。
- shiriustar
- ベストアンサー率32% (1079/3351)
回答者を気を付けると言うより、トレーニング理論や論文を元に回答してるのであれば論文自体に気を付けると言う事になるでしょうが、論文て言うのは新しい論文が出れば前の論文は覆されて間違ってると場合もあるし、効果的では無い場合、効率的で無い場合が生じる事は有り得ます。 例を言えば、信じられていた「超回復理論」も近年では間違ってると言う論文も出ております。 ですので、現在の現段階でのトレーニング理論や論文を引用してるのであれば当面は間違ってるとは言えないと考えます。 ただ言える事は、ダイエットをするには食事制限しながら運動をする事(身体を動かす事で筋肉を衰えさせない事と脂肪を取る)です。
お礼
確かに昔いわれてたことが、最近になって違ってくることってよくありますよね。 だから論文とか信用できないんですよ。 論文自体、参考程度と考えた方がいいんでしょうね。
- o120441222
- ベストアンサー率69% (3624/5206)
>論文でどうだとか言う人がいます。 論文はある事柄を専門的に研究や考察をしたものですから、それを回答や議論の引き合いに出すのは間違いではないと思います。 私は同じような論文を複数みて、自分の持っている知識と合わせて判断しています。 また検査対象や検査方法など各種条件をよくみて、そこに不備はないか主観的な要素が入っていないかも必ずチェックします。 他人に回答などするときは 「このようなものもあります」 と多少含みを残すようにしています。明らかに筋が通り正しいと(個人的に)思うものは言い切っていますけど。
お礼
o120441222さんの回答を呼んで、やはりこういったサイトの回答には気を付けないといけない、鵜呑みにしてはいけないと感じるのは疑り深い私だけなのでしょうか・・・ 答えだと思うから良くないんですよね。 答えではなくて飽くまでアドバイスや参考程度として、こういう考え方もあるんだよということですよね。 専門家ではなく一般の方が親切心で答えて下さるわけですから。 だからこそ気を付けなければいけない、鵜呑みにしてはいけない、ということになりますね。
- tiltilmitil
- ベストアンサー率22% (1871/8250)
>その論文が正しいのか、間違いなのか、みんなどこで判断してるの? 同じ分野で研究してる人が検証するんです。発表時は注目されたけど、検証の結果誰も確認できず間違いだったんだろうとなったものもたくさんあります。まあ「検証するだけ時間の無駄」とばかりに放置されるものもありますが。 そしてきっちりした場所で発表された論文なら、それについての検証も確認できるようになるはずだから。注目されるほどの論文なら世界中がチェックするということになります。
お礼
なるほど。 同じ分野で研究してる人が検証するんですね。 研究をしてない素人では、やはり判断はできないですね。
- kernel_kaz
- ベストアンサー率23% (665/2872)
論文なんて、研究成果の発表でしか無いからね 発表されてから検証がはじまる 誰も疑問を持たなかったり、反証されなければ、「その時点では」その論文が正しい「だろう」となる 論文を無条件に「正しい」と考える奴なんていないと思うよ
お礼
このサイトでも論文のURLを貼る人とかいるけど、この人は何を根拠にこの論文を信じてるんだろうってよく思ってたんです。 結局あまり疑問も持たずに鵜呑みにしてるってことなのかなぁ。 このサイトで自信を持って回答する人にも気を付けないといけませんね。
お礼
>いくら(現段階で)理論的で正しいとされる説明をしても、自分の意に沿わない回答は排除する質問者が多すぎます。 それ私もよく思います。 なんでその回答をベストアンサーにしちゃうの?他にちゃんとした回答あるじゃないって。 質問する側もある程度の知識は必要ですよね。 でも自分が正しいと思ってる知識自体もし間違いだったらと考えると・・・ なぜ自分はその知識を何を根拠に正しいと判断したのか・・・ なんか難しい・・ ホントに世の中なにが本当のことなのか分からないこと多過ぎです。 これからも私は論文などの知識は答えではなく飽くまで参考程度と捉えて生きていきます。