• 締切済み

非典型的な強迫性障害に非常に困っています。

鉄道が好きだったのですが、ある時から電車の顔を正面から見ると幅が太くてかっこわるく見えてしまうということに気づいてから、鉄道が好きなのに好きな車両が無い(全ての車両にそれがあてはまってしまった。)というジレンマが生じてしまった結果、正面から見てもおかしくないものを画像検索で捜すことが辞められなくなりました。(そんなじぶんが変態だと思って情け無いです。)普段はふつうに生活しているのですが、周期的に症状が悪化し、勉強もままならなくなってしまいます。また好きなことが楽しめなくなってしまい、勉強のモチベーション・自己報酬もおちて、能率があがりません。なにか他のやるべきことを集中してやることを妨害されます。どうしてもそれがきになってしまうのです。好きなものの対象を鉄道以外のものにしようとしてもだめなんです。外のものには興味がどうしても持てません。(興味の範囲が非常に窮屈です。これには発達障害が関連しているとあくまで推測しています。概念的な趣味として読書がありますが、それでも鉄道は魅力的であり必要です。また、読書の)場合もりかいできないところがあるとずっときになります。)どうしてだかじぶんでも分かりません。今、薬を飲んでいるのですが全く改善されません。じぶんは一生鉄道車両が好きになれないと思うと恐しいし、趣味に虐げられていると思うと悔しいのです。また、当然ですが相談しても深刻さをりかいしてもらえません。ようするに趣味からのエネルギー補給がストップされてしまっている状態です。

みんなの回答

  • -_-nazo
  • ベストアンサー率50% (22/44)
回答No.1

失礼ですが、 大変思い込みが激しい方のようにお見受けいたします。 「顔を正面から見ると幅が太くてかっこわるく見えてしまう」とおっしゃりますが、 愛嬌があってかわいいなぁ、これがいわゆるブサカワか?というように許容をもっと広くするのをお勧めします。 ご自分でも窮屈だと感じていらっしゃるようです。 そう、窮屈なのですよ!! もっと度量を大きく広げてください。 あばたもえくぼ、というように好きなものなら多少の悪いところも御愛嬌。 それでも大好きだし必要なんだ、と開き直っていらっしゃるのですから、 そのもう一歩先に進めないわけがないと思います。 鉄道のそういうちょっと自分の理想と違うところも良い、と鉄道の顔も許してください。 読書もしかりです。 理解できないのは自分の世界と違うから。 案外、時間が経てば「ああ、あれってこういう意味だったのかなぁ」となることもあります。 今必要なのは「興味の範囲が非常に窮屈です。これには発達障害が関連しているとあくまで推測しています」 というような原因追究ではなく、どう折り合いをつけるかです。 鉄道の顔は変わりません。あなたの心の幅を広げるのです。 案外かわいく見えてきませんか?

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