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小学生の子育て・どちらがいいのかご指導ください。 (長いです)
小学生の子育て・どちらがいいのかご指導ください。 (長いです) 母は、姉の子どもたちの面倒を見ています。 母は真面目な性格なので、子どもたちが将来ちゃんとした社会人になれるようにと親身になっています。 はたから見る私には、母が姉の子どもたちに色々言うことは間違っていないように思うし、子どものときに正しい知識を教えてもらうと、将来絶対に役立つと思うのです。 が、せっかく母がためになることを子どもたちに指導しても、姉が正しくないことを言い出し、子どもは姉が親なので姉の意見を信じ、結果、子どもは、正しくないことをそれで良いんだと思ってしまいます。 で、悩みました。 1.将来子どもが苦労しないようちゃんと教えるのがいいのか 2.子どもの好きにさせてやらせてみて(ほっといて)子どもが大きくなったとき(つまり将来)苦労するのがいいのか。 私自身は、子ども時代適当に生きてきたので今大変苦労していて、子ども時代色々教わりたかったとよく思うため、前者がいいなと思うのですが、実際どっちがいいのでしょうか? また、母は、孫の宿題にも真剣になってしまいます。孫(小3男児、小5女児)が自分で宿題をしたあと、母があっているか等点検し、間違っているところなどを指導する形です。 が、姉は、こどもが宿題を適当にして提出し、先生に叱られたらいいんやから、真剣にこどもの宿題に向き合わなくていいと姉は言います。 さて、どちらがいいんでしょうか。 3.宿題を適当にし先生に叱られて気がつく。(先生受けが悪くなる) 4.おばあちゃんに叱られつつ宿題をきっちり仕上げる。 計算が間違っててもいいじゃない、先生になおされたらいいじゃないと姉は言います。 2つの質問についてご指導お願いします。 私には子どもがいないので、よく分かりません。 姉は正社員として働いており、母に子どもの世話をお願いしています。 母は無償で世話しています。母に無償でお願いしておきながら、姉が母に色々文句を言うので疑問を感じました。 母がとても悩んでおります。
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こんばんは。 まだ子供はいないのですが、自分の子供時代と大人になってから考えたことなどから回答させていただきます。 結論としては、しっかり宿題をみてくれる大人と、適当でいいやん、という大人と両方がいてくれて、 見てもらった宿題はすんなりとおり、適当にしたら駄目なこともある、という二通りの経験をできることこそが貴重な体験なのではないかと私は思います。 子供が小学生ともなれば、無理に周りの大人が一つの方向へ態度を統一せずとも、いえ、統一しないほうがいいこともあるのではないでしょうか。 様々な経験をすること、様々な考え方に触れることの中から、「自分はどうおもうか」「自分はなにが正しいとおもうか」ということをぼんやりとながら考え始めるのだとおもいます。 正しいことが一つしかないとおもっている人は弱いです。 世の中に、正しいことは必ずしも一つでなく、ケースや考え方によりそれは変化するのだということに気づくことはとても大切です。その機会とおもえば、多少、まわりの大人の足並みがそろってなくてもかまわないのではないでしょうか。 あと、先生受けが、きちんとした宿題で必ずしもよくなるとは限りません。 「親にたよって宿題をしているな(親に宿題してもらってるな)」とみなされることもあるからです。 間違ってしまっても、適当になってしまっても、「自分ひとりで」することを評価する先生もいらっしゃるでしょう。 それに、あんまりきちんと宿題をみてもらうことで、「見てもらったときに直してもらえるからいいや」という依存心を芽生えさせてしまうこともありますし、子供自身の自分で考える力、新鮮な発想力を阻害してしまうこともあるかとおもいます。 それこそ、みててもらわないとなにもできない、みててもらわないと不安でしょうがない子になってしまっては本末転倒です。 ただし、自分のために一生懸命宿題をみてくれようとしている大人がいることは、愛されている実感を感じられるとてもよい瞬間でもあるかもしれません。 一方、適当にであっても、自分でやりなさい、というふうにする方法では、 子供は、「自分の責任の上でなにかをする」ということを意識することができるかもしれませんし、 「自分は信頼されている」という自信をもつことができるかもしれません。 それに、お姉さまのお考えの通り、まるっきり放置されるわけでなく、最終的にはきちんと先生により評価や指導がなされるのですから、本当に適当にしてそれでおわりというわけではありません。 時に、間違ったり、適当にしたことをしかられる体験も大切であるともいえます。 …いつも、叱られる前から守ってくれる、チェックしてくれる存在がいるとはかぎらないのですから。 お母様のやりかたも、お姉さまのやりかたも、それなりに、どちらもよいところ、悪いところがあります。 それらを互いに補完しあう、という意味で、二つのやりかたが混在している現状は悪くないのではないでしょうか。
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- marun_2008
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指導ではなく自分の考えをかきます 1と2 は 1です。 なぜなら世の中には色々な考え方があり、双方の考えを受け取り どちらが本当に正しいかは子供は学び理解するからです。 3と4は考え方によりますが 4のならばおばあちゃんとの心のアタッチメントが作成されます。 3の場合は先生との心のアタッチメントができるでしょうが 1対1ではないので形成が薄いように感じます。 先生からの評価が悪いことは問題ではなく、 宿題をやっていかないことで親が叱ってくれないことは すこしかわいそうですね。 おばあちゃんが孫と心のつながりを持ちたいなら4がいいですよ。 塾の講師をやっている友人が2人いますが、 最近お姉さんのような方が本当に多くなってきたそうで 「教育機関に子育てを押し付けてカネを払ってやってるみたいな 偉そうな態度の親が多い」とよくグチをもらしてます。 お姉さんの例に例えると、 「おばあちゃんに子育てを押し付けて 孫と過ごさせてやっているのだから偉そうな態度」と なるのでしょうね 子供を叱る能力がないんですよね、多分 将来お姉さんが親としてちゃんと子供から見てもらえるかは 正直疑問ですが、親と「社会」が子供を育てるのでそれでいいです。 おばあちゃんは社会の一部分です。 おばあちゃんは孫と一緒にいたいので「じゃあうちに預けるな」とは 言えないのでしょう。将来おばあちゃんの面倒を見るのはお姉さんなら 力関係はお姉さんが上です。 おばあちゃんがいつか亡くなるとき、 孫達が心から悲しんでくれるなら、それでいいんじゃないかなぁ・・・ あなたが今できることはおばあちゃん(お母さん)のグチに付き合って おばあちゃんの味方をしてあげることじゃないかな。 私も親が共働きでほとんど祖母に育てられ、祖母は大好きです。 母親が死んでも泣きませんが祖母が死んだら泣くでしょう。 たかがそれだけの立場ですが参考になれば。
はじめまして! 三人の男の子の母です(中学 小学4 4歳) 子供にとったら良い環境ですね・・ しっかりしている祖母に逃げ場を作っている母。 ただ・・私の育児での経験では・・ あまりにも子供の教育に口を出すと・・自分で考える力がなくなる。 学校で叱られることも大事な経験だと思ってます。 叱られたら自分で気がつき次はしないって考える力が出来ますからね・・ もちろんきちんと宿題をさせる教育も大事です。 私は子供達に宿題をさせるけど自分から答え見せろって言いません。 子供達が答えが合っているか不安な時やわからない時に自分たちで聞きにきます。 学校で間違って恥をかいたのか?先生に叱られたのかわからないですが、、、、 でも自分で気がつきマズイって経験したら前もって子供達自身で対策しようって思って私に答え合ってるのか聞きにくるんだと思います。 ただ・・これね・・ 子供の性格にもよるのよ・・ 間違って先生に怒られても気にしない子は本当に気にしないですから・・ 気にする子は気にします。 我が家の長男は気にしないタイプでした・・小学校の時はね・・ でも自分が中学に上がりこのままではダメなんだって気がついたのか 勉強を聞きにきますよ。 やはり自分たちが気がつかないとダメって思うんですよね・・ 特に中学になると小学校気分ではダメですからね・・ 本当に提出物とか五月蝿くなる。。。ダイレクトに成績に響きますからね・・ だからいくらのんびりな我が家の長男もやっとこ気がつきましたよw 叱られるのも 褒められるのも 逃げるのも 戦うのもすべて子供にとって良い経験だとおもうんだけどね・・ 叱られない為に きちんとしよう・・ 叱られない為にって身内が守っちゃうと他人に叱られる機会を失って、社会に出て上司に叱られたらショックで会社行かなくなるよwって大袈裟ですが・・ でも 他人に叱られなれてない子は他人に叱られると本当に弱いですよ・・ 今は叱られるのもすべて子供の糧になるんだな・・って考えてはどうかな?って思いますよ。 ですから 私の育児とお姉さんの育児は似てるかな?w 自分で経験して自分で考える、その力をつけないと何も出来ない大人になっちゃうよ。。。 困るのは自分なんだよ!困らない為にどうする?それも経験だよね・・
- LTCM1998
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塾講師の立場から後半についてコメントします。 結論を先に言うと,お姉さんの立場(3)のほうが好ましいといえます。 単純な計算ならともかく,小5にもなると「考え方」が大事な問題が出てきます。 そのときに,「自分で考えたかどうか」は,「正誤」よりも重要です。 また,一般に年齢が高くなると,考え方についても一種類しか認めなくなりやすいのも注意点です。 どういうことかというと,有名な問題がありまして, 「1人あたりみかん5個を7人に配るとき,必要なみかんの数はいくつか」に対して, これを「5×7」と式を立てるのだけが正解で,「7×5」は答えは合っていてもダメだ,と指導をする人がプロの教師・講師にもいます。 しかし,みかんの配り方が,まとめて5個ずつ7人に配るのもあれば,ひとりに1個ずつ配って5周することもあるわけです。後者を「トランプのカード式配り」と呼んでいます。 ですから,後者も正解としなければならず,後者を誤りとする指導法は間違いです。 これは後に交換法則(掛け算は順番を変えても同じ答えになる)を説明する上で大事なことなのですが,テキストの模範解答だけを見てその通りかどうかにこだわると,つい見落としてしまいがちです。 学校の教師が,どういう意図で宿題を出しているか?も考える必要があります。 途中式まで書いたら解けなくてもいいぞ,ということもあります。 塾でも,宿題がまるっきり白紙で「分からなかった」と言う生徒さんもいれば,逆に答えだけ書いてきて正答している生徒さんもいますが,どちらにも「分かっても分からなくても途中式だけは書きなさい」と指導します。 正答しているならいいかと見過ごしていると,考え方を要する問題でとたんに手が出なくなりやすいからです。 また,まったく分からない場合でも,間違った式であってもとにかく自力で考えたことが,その後に効いてきます。 ここは教える側が,どこまで将来の学習内容を含めた展望をもっているか?にも関わってきます。 親御さんなどが,とりつくろって正答を書き込ませても,学習上は意味がありません。 子どもの「なんで?」に対しても,全部きちんと答えられるならいいのですが,「答えがこうなっているから!こうやるものなの!」としてしまうと,子どもの将来性や学習意欲を奪ってしまうことさえあります。 塾でも,簡単な計算ドリルのみ,親御さんの了承を得てご家庭で丸付けをしてもらうことはあります。それでも,応用力を要する問題が突然出てくることがたまにあります。 そのときに,付箋がついていて「分からん!母より」と書いてあることがあります。こういうときこそ考えたことが大事なので,「そうか,お母さんと一生懸命考えたんだね,えらいね。素直に分からないと言えるのは大変なんだけど,立派だね」と誉めますし,実際に考え方を教える前の準備ができていることになります。 これが正答集だけ見てこうやれ,では後の学習に生きてきませんし,子どもの学習意欲としても「面白くない」となってしまいます。 それに,子どもって,大人をへこますのが楽しかったりもします。 講師が「あれ?間違えた?」という場面を喜ぶこともあります。教える側としては恥ずかしく思いやすいところですが,そこで「どこが間違ってるか見つけてみて!先に見つけたら宿題減らそう!」と言えれば,子どものプライド(「先生に勝ちたい」)を大事にして興味を向かせることになります。 さまざまな要因に対して,さまざまな方法を使って子どもの意欲と能力を高めるのがプロの役割ですから,単に宿題が正答ならそれでいい,というわけにはいきません。
- maddertale
- ベストアンサー率31% (73/232)
お姉さんはお母さんに任せたのですから、任せた以上、お母さんを信じるべきかな、と思います。 これが、お姉さんがお母さんの面倒を見ていて、その代わりに子供のことを見てもらっているのなら、お姉さんの教育方針が先に立ってもいいかもしれませんが、ま、この辺はケースバイケースなので、お母さんとお姉さんがちゃんと話し合って納得するようにすべきだと思います。 さて、私自身は少し似た環境で育ちました。 母がフルタイムだったので、祖母がわたしの面倒を見ました。祖母は仕事を辞めていたので、両親が建てた家に同居していました。そのようなこともあり、一応基本方針の決定権は母、もしくは父にあったようですが、結果として母と祖母は勝手に自分の教育方針でやってたように思います。ついでに言えば父も含めて教育方針はばっらばらだった気がします。矛盾はしていなかったので、放置されていましたが。 宿題なんかは最たるもので、母は「あんたの分からない問題は私にも分からない」と開き直り、祖母は頑張って一緒に考えようとし、父はせっせと教えてあげようとしていました。 弟などはさらに酷くて、これに私が加わりました。カオスですね。 ちなみに私は最終的に自力でどうにかしていました。聞くよりは自分でやった方が早かったので。 弟は、たまに父や私を頼っていました。 なにはともあれ、それぞれがそれぞれの方針で接した結果、何とかまともっぽい人間が2人育っていますので、どの方針が最適か?なんて、余り考えなくて言いと思います。 大事なことは、押し付けすぎないこと。 どんな方針も一長一短であると、他の回答者様もおっしゃっている通りだと思います。
- spbaba
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宿題は、正しい答えを100%、で出す物では、ありません。 答えが、分かっても、分からなくても、やれば問題ないと思います。 問題なのは、やらない事です。 宿題が間違っているかいないか、見るのは、先生の仕事です。 敷かれた線路で進むのか、自分で線路を敷きながら進むのか、 どちらが良いなんてありません。 どちらにも、良し悪しがあります。 あるときには、敷かれた線路を、あるときには、突き放し、自分で線路を敷きなさいと。 その時、状況、などで臨機応変でいいのでは
- 8ry0ox8
- ベストアンサー率11% (38/332)
こんちゃ! お母さんはおかあさんなりに お姉さんはおねえさんなりに それぞれの信念に従って子供と接するのがいいと思います。 統一する必要なし。です。 どっちがいいかは子供が選ぶんじゃないですか? どっちでもいいんじゃないかとわたしは思いました。 ちなみに子供二人育ててます。
お礼
皆様、ご丁寧にありがとうございます。 色々考えてくださり、感謝いたします。 皆様のご意見をすべて母に見せ、話し合います。 一番ひかれた回答を選ばせていただきました。 正しいことが一つしかない、、、、は、そうかもしれないと思いました。 皆様のご意見はどれも勉強になりました。