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凶悪な犯罪者は残飯を食わせたほうがいいと思います。
凶悪な犯罪者は残飯を食わせたほうがいいと思います。 刑務所にいる犯罪者の飯は我々の税金で食べてるんですよね?わざわざ新鮮な飯を用意するのではなく、残飯を食わせればいいと思います。環境にも優しいし、こんなマズイ飯なんか食いたくないと犯罪者も思い、犯罪者が減りますか? 違ってたらすまないです。
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死刑廃止論と同じですね。 死刑は犯罪の抑止力になるのかってのと。 残飯を食わせたら犯罪者は減るのか? 死刑を強調すれば犯罪は減るのか? 共に減りません。 計画犯は自分が捕まらない計画で人を殺すから。 怨恨犯は自分が死刑になってでもいいから人を殺すから。 逆上犯はついカーーッとなって人を殺すから死刑は考えていない。 情恨犯は相手を殺して自分も死ぬ覚悟だから。 臭い飯程度で犯罪は減りません。 また、あなたも犯罪者と隣り合わせなんです。 もしかしたら、明日あなたが犯罪者になるかもしれません。 もちろん凶悪な犯罪はおこさないと思いますが。 刑務所に入っているだけで十分堪えるんです。 土日の刑務所は地獄です。 残飯を食わせなんて言わないでください。
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- czplka001
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そのとうりです。 しかし、この国では犯罪被害者の観点より、 犯罪を犯した人間の人権が保護されているので、 刑務所に入った方が健康になります。 下手すると、サラリーマンより人権保護が行き届いています。 犯罪者の生活は生活保護や低所得サラリーマンより上です。 労働時間は守られ、飯も必ず食え、各地域の主要な場所に住めます(笑) 尖閣列島や竹島に移住させた方がいいと思います。 食事は、マックや吉野家等の入札でいいのでは? 残飯より備蓄米や、入札ですよ。 公務員も入札すればいいのに!!!!!!!!!!!!!!!!!!!(笑)
- gohara_gohara
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まず、そういうものを集めるルートの確立する、というのが大きな問題になります。 当たり前のことですが、そういうものを食べて、身体を壊してしまったりすれば、余計に費用がかかります。 と、同時に、刑務所の仕組みを理解してないからこその発想だ、というのを思います。 刑務所の生活、というのは、全て受刑者によって成り立っています。 食事を作る、掃除を行う、(病気になった受刑者の)介護などを行う。こういうのは、全て受刑者が行います。 食事の材料などは外部から購入するにしても、刑務所というのは、刑務所の中で全てが行われる自給自足の形で成り立っているのです。ですので、上に書いたような方法をとって、病人などが出るようになれば、刑務所の運営そのものが破綻してしまうのです。それでなくても、昨今は、受刑者の高齢化などが進み、刑務所の運営が苦しくなっている、という現状があります(この辺りは、浜井浩一氏の『刑務所の風景』、山本譲司氏の『獄窓記』などを読まれると、よく分かると思います) また、刑務所の運営の観点では、別の意味もあります。それは、受刑者のやる気を高める、という効果です。 刑務所の運営は、受刑者によって賄われる、と書きました。 で、その受刑者の仕事にも、一種のランク分けがあります。そして、食事を作る、とか、そういう仕事というのは、受刑者の中でも特に優れた人間の仕事として扱われています。 そういう役職を作ることで、受刑者の中のランクを作って、それになりたい、と思わせることで、受刑者のモチベーションを高める、という効果があるのです。それを廃止すれば、むしろ、刑務官の負担などが増え、刑務所の運営により金が掛かるようになります。 こう言っては何ですが、日本の刑務所というのは、他の先進国などに比べ、費用も、その再犯率なども優秀な状態を持っています。 それは、上のようなシステムが機能しているからです。 それを破壊しても、マイナスの方が大きいと思います。
- etigonotora
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この考え方は、警察や検察官、それに裁判官は決して過ちを犯さないという前提に立っているようなのだけれど、富山県の氷見警察によって無実の人を刑務所に送ったと言った事件、足利事件の菅家さん、御殿場事件での少年達はたぶん今も刑務所に入っていると思うのだけれど、勿論彼らは無罪に決まっている。御殿場事件は明らかな冤罪なのに、警察、検察、それに裁判所がグルになって、強引に有罪にしてしまった。このほかにもマスコミで取り上げられない大勢の人が無実でありながら長期間刑務所に入っているにきまっているわけで、そうした人のことを考えたことがあるのかと言いたくなる。 まだ、御殿場事件のように、家族も周辺の人々も無罪だと言うことを確信している場合はまだ良いが、そうでなく、菅家さんのように家族でさえも犯罪者だと言うことで、家族の恥だといった対応をされても、殆ど総ての場合はどうすることもできない。菅家さんは幸運にも無罪の証拠が得られたけれど、このようなことは例外中の例外で、殆どの場合は富山県の事件のように刑務所を出てきた後に、どこに何を訴えて良いかわからないままと言うことで終わってしまう。富山の場合も真犯人が出てくるという奇跡が起こったけれど、奇跡なんて滅多に起こるものではない。殆ど総てが、刑務所を出てきた後に、いくら冤罪だと叫んでも誰も相手にしてくれない。結局泣き寝入りをするしかない、というのが現実の姿なのだ。 いったいどれほど多くの人が、罪のないまま刑務所に入れられているかは見当も付かないのだけれど、富山県の事件のように、最初からあきらめてしまい、有罪と言うことで特に反論もせずに刑務所に入ってしまう人もいるので、実態は見当も付かないのだけれど、相当数いることだけは間違いない。 四国で起こった事件の裁判官のように、第三者の証言は信用できないなどと、公然という馬鹿が普通にいるのだから、第三者が、それも一人や二人ではない。大勢の人が見ているのに、そして警察の明らかな証拠の捏造がありながら、全面的に警察の言うことを受け入れるという裁判所の対応と姿勢。こんないい加減で正義感もなければ公正などと言ったことは薬にしたくもないというような輩ばかりが法衣を来てふんぞり返っているという状況では、冤罪は日常的に起こっていると考えるのが自然なのだ。 日本でもかつては裁判員のような市民が有罪無罪の判断を下すという制度があって、そのころには有罪になる確率は80%台だった。それが弁護士や検察によってつぶされ、裁判官だけが判決を下すようになったのだが、その結果有罪になる確率は99.9%以上、限りなく100%に近い有罪率になってしまった。この数字は何を物語っているかを、温かいおつむで考えてみたらいかが。 あなたの問いかけは、あまりにも子供っぽくて、現実を何も知らない幼児のような問いかけで、もう少し世の中の現実を知るべく努力をしたら!と言いたくなる。
- DESTROY11
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昔はマズイ飯を出していましたが犯罪者はいました。 それに3度食わせるとしても、それなりの残飯の安定した供給源が必要になります。 そんなのを確立するよりも普通に飯を食わせたほうが安上がりなのです。 それとも、全国から残飯を集め、腐らないうちに輸送し、刑務所に配布するシステムを確立しますか? そっちのほうが、よほど金がかかる気がします。
そうでもないと思います。 何をもって「凶悪な」が判断できるのかによります。 例えば、貴方が親御さんに長期に渡り家庭内暴力をうけ、 精神安定剤を飲んだ時に副作用で、衝動的に親御さんを 惨殺したと仮定した時、状況証拠は「凶悪な」となります が実際にはクスリのせいかもしれません。 本当の悪がわかる方法があればいいのですが。 そこが問題です。 そう言った意味ではむしろ、国産の米を食う、国産の 道具を使う、国産の服をつかうなど、国内産業の雇用を 促進できるような消費を助ける方が、多くの家族が 潤うのでいいような気がしますね。
- konata508
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食事内容についてはこちらの回答がわかりやすいと思います。http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1310585783 また、さらに追加すると社会性を持った人間に再教育するためにかなり規制がある中のため「食事」と「睡眠」が楽しみになるそうです。それまで奪えばどうなるかは追いつめられた人間がどういう行動をとるか考えればわかります。昔は奴隷と同じような扱いを受けていたようですが今は、それが間違いだったと言うことだと思いますよ。 さらに、アメリカで素人に看守と囚人役に分かれて生活してもらった実験がありましたが虐待が起きたそうです。人は環境によって理性が薄れる大変あいまいな生き物ですから、刑務所の中まで殺伐とした状況になれば判事が横行して収拾がつかないです。
へりません、犯罪者はそんな心配をしていませんから。