- ベストアンサー
占星術・星占いと数学。
占星術・星占いと数学。 占星術・星占いと数学との繋がりを詳しく知りたいのですが、 資料が全く見つかりません…。 数学からどのようにして占星術が生まれたか等が書かれている本やサイトなどがありましたら教えて下さい!!
- みんなの回答 (1)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
昔、私自身のブログで、その類の研究を行ったことがあります。 先ず、占星術と数学を結び付けるにはちょっと無理があるかと思います。そもそも「数学」から占星術が生 まれたと言う発想はちょっと順序が逆なのではないか、と。 例えば、歴史上、最も早く「分数」の発想が生まれたのは「エジプト」。ナイルの灌漑用水を行ううえで、 発達した技術が「分数」。 分数の考え方がメジャーであったエジプトでは、「60進法」が主に用いられていました。なぜ60なのか。 これは、60の約数を考えてみるとよく分かります。10の約数より、圧倒的に多いんですよね。 で、この60進法の約数の中に、「12」という数字が登場します。 歴史上、最も早く「太陽暦」が生まれたのはエジプトで、エジプトでは「シリウス暦」と呼ばれていまし た。シリウスという、天体でも最も明るい恒星が、「黄道=太陽の通り道」を通過するため、このシリウ スの観測により、太陽暦と同じ形式の暦が誕生したのです。恐らく、一年を12ヶ月としたのも、このエジ プトの60進法に基づく考えなのではないか、と私は想像しています。 また一方、古代バビロニアでは大規模な天体観測が行われ、「獣帯=黄道」が発見されます。獣帯を 「黄線」によって12等分し、黄線と黄線に挟まれたエリアを「宮」とします。それぞれに位置する星 に神の名前を与え、それぞれの宮をその神の名で呼ぶようになります。 ちなみに、バビロニアで黄道が12等分されたのは、エジプトの60進法よりも、「太陰暦の1ヶ月」つま り、新月が再び新月になる前の日数が約30日であったことの方が関係していると思われます。 12ヶ月で約一年が経過することから、黄道を12等分したものと思われます。黄道は、元々暦法に用いる為 に観測されたものですから。 ちなみに30日を12倍すると360日。何の数字でしょう。円の内角=360度のことですね。円の角度が360度 であることも、ここに由来します。 古代バビロニアで開発された「獣帯(黄道)」はアレクサンダーによってギリシャに持ち込まれ、ギリ シャ神話に組み込まれて「黄道十二宮」と呼ばれるようになります。(ホロスコープはギリシャで生まれ ます) 一方、中国もどこかでバビロニアと接触したらしく、中国にも「十二次」と呼ばれる黄道十二宮に相当す るものが存在します。中国でもこのそれぞれのエリアに象徴となる星の名前を与え、この十二次と同じ起 動を運行する「木星」によって年数を特定する方法が生まれます。 後に、このエリアにはそれぞれ「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥」の名が与えられます。 例えば、木星が「寅」の位置にあれば、今年は「寅年」というように。 ちなみに、この十二支や「十干」に代表される「陰陽五行説」。そのうち「五行思想」の元になったと考 えられるのが「ヴァーストゥ・シャーストラ」。インド占星術の原型です。 後にインドにギリシャから「ギリシャ占星術」の考え方が輸入されて、「インド占星術」となります。 インド占星術にホロスコープが用いられるようになるんですね。 ヴァーストゥ・シャーストラはインドの土着の宗教なのですが、これとは別に、インドには「アーリア 人」たちが持ち込んだ「ヴェーダ」という聖典があります。俗に言う、「インド式数学」はこの「ヴェー ダ」に記されています。 アーリア人はアフガニスタンから東西に別れ、西へ向かった連中は「イラン」を作ります。 イランの別名は「ペルシア」。ヨーロッパの歴史にも登場する大国ですね。 私のブログのカテゴリーから、 「陰陽五行説~のんきの占い道場~(4)」「陰陽五行説~そのルーツを探る(4)」「12ヶ月の謎(6)」 「のんきの宗教観~総集編(14)」をそれぞれ参照してみてください。 もっと色んな「数字と占い」を見ることが出来ると思いますよ。
お礼
ご回答ありがとうございます! 占星術については知識が全くなかったので、こんなにも沢山の種類があるとは知りませんでした^^; サイトの方も参考にさせていただきます。